欲しがりな姫の話
とある世界のとある時代、いくつかの国からなる大陸がありました。
時折小競り合いなどはあるものの、それぞれの国は互いの名産などを輸出入してうまく折り合いをつけていました。
それが崩れたのは数年前。
一人の姫が治める国を、周りの国が手を組んで襲撃したのです。
しかし当の国はもぬけの殻。
財宝や姫を狙っていた諸国は当てが外れて亀裂が生じました。
責任を擦り付け始めたのです。
いつ争いが起きてもおかしくない緊迫した情勢の中、大陸の外れにある小さな村はいつもと変わらずのんびりとした穏やかな空気が流れていたのでした。
村の中央にある広場では若い女性が子どもたちを集めて勉強を教えていました。
最近村にやってきたその女性はどこか少し影があるものの、おっとりとした雰囲気が村に合っており、子どもたちもすぐに懐いてしまいました。
「「先生!お話してー」」
子どもたちはキラキラした目で女性の周りに集まります。
無邪気な子どもたちの様子に女性の頬も緩み、静かにうなずきました。
欲しがりな姫の話
とある国に二人の姫がおりました。
大人しい姉と活発な妹。
二人はとても仲良しでした。
ある日おやつの時間に、ふと妹姫がこう言ったのです。
「お姉さまのお菓子をちょうだい?」と。
姉姫は驚きました。
これまでそんなワガママを言ったことなど無かったのですから。
ですが妹姫が大好きな姉姫は快くおやつを渡しました。
「えっあげちゃったの?」
「私なら…半分こするかなぁ」
その日から妹姫は毎日のように姉姫におねだりを始めました。
「お姉さまの服が欲しい」
「そのアクセサリーも欲しいわ」
姉姫は妹姫に次々といろんな物を譲りました。
「えー」
「他の人は叱らなかったの?」
「うちなら母さんにげんこつされるよ」
周りの人間は誰も何も言いませんでした。
姫の持ち物はどんどん減っていきます。
そうしてとうとう姫の持ち物が数枚の服だけになった頃、妹姫はこう言ったのです。
「お姉さま、この国をちょうだい?」
姉姫は数枚の服だけを持って国から出されたのです。
「そんなっ!」
「仲良しだったのに…なんで…」
「妹姫は悪い姫だ」
国から出た姫は自分の荷物の中に妹姫からの手紙を見つけました。
そこにはこう書かれていました。
『お姉さま、生きて』
「どういうこと?」
「妹姫は悪い姫じゃなかったの?」
首を傾げる子どもたちに女性は寂しそうに語ります。
「妹姫は知っていたのです…周りの国から責められるのは小さな自分の国だと。だからせめて姉姫だけでも逃がそうとしたのです」
「妹姫は良い姫だった…」
「ごめんなさい、妹姫」
子どもたちはしょんぼりしながら、遠くの国の妹姫に謝ります。
女性は子どもたちの頭を撫でながら、
「一つの面だけを見て考えてはいけません。いろんな角度から物事を見るのですよ」
すると一人の子どもがこう言いました。
「じゃあ、逃げ出した姉姫が悪い姫?」
その言葉にみんなハッとして頭を上げました。
女性は首をゆっくりと横に振ります。
「いいえ…確かに姉姫は妹姫が自分を逃がそうとしていること事に気が付いていました。だから逆に妹姫を逃がそうとしたのです。でも騎士たちもみんな妹姫の味方でした」
「そっか…妹姫は無事だといいな」
「そうですね…」
少ししんみりしたところで別の若い女性が広場にやって来ました。
腕には赤ちゃんを抱いています。
「みんな、お昼の時間よ」
そう言うと、子どもたちはわっと自分たちの家に走り出しました。
「先生ー!お話ありがとー!」
「また明日ねー」
子どもたちが去っていくと、残ったのは若い女性が二人と後から来た女性の子どもだけ。
子どもは赤ちゃんの顔を眺めながら、先ほど聞いた話を聞かせようとします。
「お話はご飯の後よ。早く帰って手を洗いなさい」
「はーい」
最後の一人も広場からいなくなると、器用に片手で赤ちゃんを抱きながら手紙を取り出し…新しく来た女性に渡しました。
懐かしい故郷からの手紙。
女性はそれを読んで静かに泣き崩れました。
『お姉さま大好き』
それが妹の最期の言葉でした。