狂った
カーテンを切り裂く藤堂に、立ちはだかる者の正体とは意外な人物であった。
ケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ。ケ。ケケケ。
藤堂は楽しくて楽しくて仕方無かった。
獲物を滅多刺しにする喜びに。
カーテンごと切り裂くその快感に。
その全てに「生」を見いだすかのように、彼は満喫していた。
目は充血し、高らかに笑う口元からはヨダレが降った。
右手の裁ち鋏は、意識を持ったようにカーテンを垂直に滑り
まるで芸術品を作り上げるかの如く慎重に、丁寧に太刀筋は流れた。
時折見えるカーテンの向こう側の布片は、真っ赤で、藤堂はもっともっと真っ赤にしたいと思った。
真っ赤であり真っ赤で真っ赤なことが真っ赤であることを真っ赤だと真っ赤にできる真っ赤は真っ赤であれと真っ赤に叫ぶ藤堂は、本来の彼であった。
とにかく刻みたい。
切り刻みたい。
切って切って切って切り抜きたい。
そして相手の身体で切り絵を作るんだ。
真っ赤な真っ赤な切り絵を作るんだ。
それを羽織って街へと出かけ、真っ赤な真っ赤な街にするんだ。
真っ赤な街で過ごすなら、みんな真っ赤な方が良い。
真っ赤で真っ赤な真っ赤がいい。
赤赤赤。
藤堂はそう考えながら、自分はなんて良いことを思いついているのだろうと顔がニヤけた。
自画自賛すると、自分に照れる。
そんな自分の照れ隠しに、刻むスピードは遙かに上がった。
さぁ最期の仕上げだと言わんばかりに振り上げた裁ち鋏は、藤堂の胸中察してか、その刃が笑っていた。
藤堂は裁ち鋏の刃を開けて、カーテンの真ん中ここだと一気に切り裂いた。
次の瞬間藤堂が見たものは、自分へと高速でぶつかるステンレス製のトレッチャーであった。
藤堂は頭で理解することが出来ない。
自分はカーテンと共に、隠れたアカマントを切り裂いていたハズだ。
なのに自分の前にはトレッチャーがあり、自分の身体にめり込んでいる。
傷が開いて血が吹き出る。
彼が吹っ飛ばされるまでの0.3秒の間に、彼はこう結論を下した。
「やられた」
病室の入り口から勢い良く突っ込んできたトレッチャーは、藤堂の身体をベッドの金具フレームと挟み込む。
その上に、いつの間にか真っ赤な服を着た人がしゃがんでこちらを見ている。
虚ろに光る双眸で、顔は闇に塗りつぶされたように真っ黒。
その右手にはナイフが握られている。
ボソボソ呟く口の中は真っ赤で、早く刺したいと、そう語る。
トレッチャーに挟まれた藤堂と、その上に乗るアカマント。
アカマント
「真ッ赤ニナリタイ?」
しかしこの状況で尚藤堂は薄ら笑った。
目の前に切り損ねた相手が居る。
すかさず藤堂「真ッ赤ニシタイ」と鋏を刺した。
「真ッ赤ニシタイ」と鋏を刺して
「真ッ赤ニシタイ」と鋏で裂いた
切り裂かれているアカマントは藤堂の手を止めることなく、彼もまたナイフで藤堂に斬りかかる。
鋏で刺して、ナイフで斬られる。
藤堂が切れば、マントは喜び
マントが斬れば、藤堂は笑った。
しかしそれも、藤堂の鋏がアカマントの腸を腹から引きずり出すと、藤堂の肩をえぐったナイフも止まる。
いつしかアカマントの身体は沈黙していた。
だが藤堂は腸を切り裂き、臓物をブチ撒き、周囲を真っ赤に染め変えた。
藤堂は喜ぶ。
これで全てが真っ赤に染まる。
真っ赤に真っ赤に真っ赤に染まる。
はははと笑い、藤堂は喜んだ。
その姿はトレッチャーに未だ挟まれた状態で、肩はえぐれている。
もう左肩は暫く上がらない。
それでも彼は喜んだ。
真っ赤だ真っ赤とはしゃいでいた。
豊島区病院入院棟5階午前2時現在
諸岡は不審な音で目を覚ました。
本来ならば、合コンで捕まえた男と野獣になっていたはずの時間だ。
だが彼女は、藤堂の動向が気になって、今夜自ら夜勤に加わった。
藤堂が心配だというだけが理由ではない。
大学時代顔を出していたゼミに、同じ様な臨床実験が行われていたのを思い出したからだ。
そういえばあの担当教官はなんという名前だったか。
そんなことを考えながら、音のあった方に向かう。
懐中電灯で廊下を照らすと、その先にカーテンの無い部屋が見えた。
藤堂の部屋だ。
諸岡は駆けた。
嫌な予感とは当たるものなのだ、と頭で思い、入り口に立つ。そして懐中電灯を向けた。
そこに浮かび上がったのは、トレッチャーの上に乗る先輩中年看護士である。
生肉の匂いが立ちこもり、真っ赤な部屋に、真っ赤な同僚。
諸岡が動転して駆け寄ると、同僚の腹から臓物が出ているのに気付いた。
思わず夕食が喉を逆流する。
粘膜が焼かれる痛みと共に、冷たい恐怖が諸岡を襲う。
悲鳴を出そうとしても、上手く声が出ない。
諸岡は泣きながら這ってナースセンターへ向かおうとする。
あそこなら助けが求められる。
そう決めた諸岡の手は、藤堂に掴まれた。
トレッチャーに挟まれているのに今気付く。
今度こそ怒濤のような死の濁流にのみこまれる諸岡は、とっさに懐中電灯を廊下へ投げた。
ガシャンと言う派手な音が廊下に響き渡る。
その時諸岡は、自分の手が千切れそうなほど強く握られていることに気付いた。
後ろを見ると、ケタケタ藤堂が笑っている。
右手に鋏を握る藤堂を見て、ゼミの臨床実験を思い出す。
そういえば被験者は自殺したんだっけと回想した。
諸岡は恐怖で呆けていた。
翌日、病院はいつも通りの朝を迎えられはしなかった。
諸岡は院内に溢れる警察官を見て、これまでのことをおもいだした。
あの後駆けつけてくれた看護士達が藤堂から自分を引き離し、警察を呼んでくれた。
そして倒れるように眠ったあと、午前5時より警察の事情聴取が始まる。
それが今終わったところだった。
現在は午前8時。
コーヒーを飲んだら気分も少しは落ち着いた。
藤堂はどうしているだろう、と考える余裕も出てきた。
あの時諸岡はパニックに陥っていた。
なのでこれは他の看護士に聞いた話だが、藤堂は諸岡の手を掴んで泣いていたそうだ。
藤堂は必死に「助けて、助けて」と弱々しく泣いていたらしい。
今は肩の怪我もあり、衰弱して寝込んでいる。
病室には両親が付き添っているはずだ。
諸岡は先ほど藤堂の父親に挨拶をされた。
母親は顔を濡らして藤堂を抱きしめて泣いていたらしい。
現在藤堂の病室は、警察が現場検証をしている。
コーヒーを飲みながら、時計を見やる。
まるでさっきまでのことが、夢であったのではなかろうかと思いたくなる。
とても6時間前のこととは思えない。
そこへ、若い看護婦がやってきて「具合は大丈夫?」といたわってくれた。
彼女は諸岡の横に座ると、肩を抱いて事件のあらましを説明してくれた。
彼女が警察に聞いたことによるとこうだ。
先ず夜中、同僚の中年看護士(大久保)が、しびん用トレッチャーを引いて藤堂の病室へと入ろうとした。
しかし藤堂はカーテンの前に立つ人影を警戒して鋏を持って待った。
藤堂が事件後のパニックに陥り、カーテンを切り裂くと、トレッチャーが藤堂を襲う。
そこで大久保に(動機はわからないが)刺されながらも対抗して、めったやたらに鋏を振り回した。
大久保が藤堂の攻撃で事切れた頃に、諸岡が出てきたので、藤堂は助けを求めた。
大まかに説明すると、こんなところだったらしい。
諸岡はパニックで藤堂から逃げようとした自分を反省した。
そして今一度、藤堂の身を案じた。
こんな短期間に2度も命を狙われて傷つけられたのだ。
同僚
「藤堂君・・・怖かったろうね」
その言葉に、せきを切ったように諸岡は泣き出した。
その諸岡を肩で支えながら、同僚もまた泣き出した。
二人の嗚咽は、ナースセンターを包み込んだ。
身近かったです。久々の更新です。
次はもっと展開させたいと思います。