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準備は良いかね、ルーフレッド君?




「目が覚めたか?」


「………。」


ルーフレッドの目にヴェロニカの顔が飛び込んで来た。


嫌な臭いがする。

背中には、嫌な感触。

辺りは、真っ暗で青白い月が輝いている。


どうやら元の沼沢地に戻ってきたらしい。


「夢を見てたよ。」


ルーフレッドがそういうとヴェロニカは、自分の耳を指で撫でながら答える。


「知ってる。」


「ルディック湿原に、帰ってきたんだね?」


「分かってるなら起きろ。」


ヴェロニカに言われ、ルーフレッドは、身体を起こした。


様子がおかしい。

さっきまでの湿原じゃない。


どういう訳か沼地の上に村が出来ているのだ。

風車や穀物庫、家畜の納屋のような物がある。


「こんなところだっけ?」


ルーフレッドは、何かにかされたような気がして来た。

これは、まだ夢の続きなのか?


いや、例え何があろうとも

───狩人とは、そうしたものである。


次の瞬間。


「獣は、何処?」


ルーフレッドは、ヴェロニカに質問していた。

まるで何も訝しむことは、最初からなかったかのように。


「気が急く奴だな。」


ヴェロニカは、そう言って泥だらけの銃に水銀弾を装填する。

彼女は、血塗ちみどろの顔をあげ、ルーフレッドを見た。


「まずどれだけやれるのか見せて貰おう。」


そういって彼女が顎で指す。

その方向には、大勢の人影があった。


「ううっ!!」


ルーフレッドは、背筋が凍り付いた。


恐らく墜落した飛行機の乗客だろう。

あるいは、突然姿を表した村の住民か。

ざっと15人程度は、ルーフレッドとヴェロニカを囲んでいる。


指先が冷たくなるような、ゾッとする光景。

それは、彼らの顔にうごめく寄生虫の姿だった。

虫は、顔の表面を這い回っているのではない。


リーガン顎口虫がっこうちゅうだ。


顎口虫。

ヒトの体内に入り込んで皮膚爬行症を引き起こす。

つまり皮膚の下を這い回る寄生虫だ。

虫が食い破って動き回った後に真っ赤な筋ができる。


厳密には、雌雄同体の吸虫と呼ばれる生物。

ヒトの体内で繁殖する。


これをモータシーンあるいは、モルタシン病という。

古く民間伝承で水妖フーアの呪いと信じられていた。


「うげええっ!」


ルーフレッドは、目を背ける。

だが敵は、少年を見逃したりはしない。


やはり皮膚の下に虫が這い回る手で襲い掛かって来る。

その手に廃材や武器になる物を持っていた。


「───!」


一瞬、ルーフレッドの身体は、風のように敵の攻撃を逃れた。


狩人の動きは、さながら狼である。

密集する木々の間を雪原であっても滑らかに疾走できる。

息一つ切らすことなく、まるで氷上を滑るごとくに。


「どうやら動きだけは、使えるらしいな。

 まだまだ覚束ない千鳥足だが。」


ヴェロニカが隣で声をかける。

知らぬ間にルーフレッドの真横に彼女がいた。


ルーフレッドが青褪めた顔で抗議する。


「ちょっと!

 僕一人にやらせるつもり!?」


「そのつもりだった。」


とヴェロニカが呟く。

次の瞬間には、暴力の旋風となって虫着き共を引き裂いて行った。

ルーフレッドは、目を丸くして驚く。


「だが、まだ15人も一度という訳にはいかない。

 半分は、減らしてやる。」


倒れた虫着きは、8人。

残りは、ルーフレッドに任せるということだ。


「見てろよ。」


ルーフレッドも、その気になる。


なんだろう。

気持ち悪い連中を見ていると残酷なことをしてやりたくなってきた。

あの虫着き共を痛めつけてやりたい。


もともと暴力的な素養が彼の中にあったのか。

いや、眠っていたのは、血。

狩人の血か。


処刑鎌は、慄然として月に煌めく。

その先には、血の荒野を開く。


「うっぷ!」


返り血がルーフレッドの口に入った。

だが虫着き共は、まだまだ生きている。

逡巡する時ではない。


一人、また一人と虫着きを殺す。

人間を殺す。


ルーフレッドは、次第に暴力に順応する。

彼自身、狩人になり切っていく。


人間が正真、獣のように見えてくる。

人を殺しているという感覚が薄れる。

地上を浄化する快楽だけが脳を蕩かす。


「はあ…はあ…はあ…。」


ルーフレッドは、胸を弾ませ虫着きを追った。

両手を上げ、命乞いする虫だらけの敵に冷たい刃を叩きつける。

虫と血と肉と骨が飛び散った。


ばん、と銃声。


最後の虫着きが泥の上に倒れる。

ヴェロニカは、ルーフレッドの尻を蹴った。


「あっぐ…!?」


驚いたルーフレッドは、振り返ってヴェロニカの顔を見上げる。

彼女は、家庭教師のように小言を漏らした。


「初心者の癖にいっちょまえに銃でとどめを刺すんじゃない。

 獣狩りの銃は、獣の動きを止めるために使う。」


「ご、ごめんなさい。」


ルーフレッドは、素直に謝った。


「ねえ?」


「なんだ?」


ヴェロニカが見るとルーフレッドは、目が泳いでいた。

物凄く不安そうに口を開く。


「あの…ねえ。

 こ、この寄生虫は…。」


そこまで言いかけた所でヴェロニカは、微笑んだ。


「心配するな。

 大丈夫だ。

 この程度の寄生虫は、狩人には、着かない。」


ルーフレッドは、それを聞いて安心したようだった。

ちょっとだけ子供らしい笑みを浮かべる。


しかし静かに呟いた。


「………ママとパパと殺したよね。

 今、僕。」


ヴェロニカも静かに答える。


「それは、分からない。

 ここにお前の家族がいたのも夢だったのかも知れない。

 どっちにしろ、見つけられないだろう。」


そういって湿地に転がる死体を顎で指した。


虫がびっしりと這い回る死体の顔は、判別がつかない。

宿主が死んで顎口虫たちは、我先と沼に飛び出していく。

その様子は、地獄そのものだった。




「標的は?」


小1時間ほどたっぷりと虫着き共を料理したルーフレッドがヴェロニカに訊ねる。

もう一端の狩人のつもりだ。


水妖フーア

 そう呼ばれた獣だ。」


ヴェロニカは、死体に刺さった斧を引き抜いて答える。

ルーフレッドは、次の質問を重ねた。


「そいつを狩れば寄生虫の繁殖は、収まるのかな?」


「さあ?

 専門家じゃないから分からないな。

 だが、そいつが移動すると面倒だ。」


「なるほど。」


そういってルーフレッドは、素早くヴェロニカと合流する。

二人は、そろって敵に襲い掛かる。

まるで姉弟の狼だった。


獲物にこぞって喰らい着き、引き裂き、地に倒す。

不思議と二人の連携は、何年も訓練した動きに見えた。

あるいは、本当に二人は、何年も一緒に居たのかも知れない。


例え100年の夢も目が覚めれば忘れてしまう。

だが血は、どれほど遠く過ぎ去った出来事も伝え残しているものだ。

もしくは、一滴の血が遠い祖先から共に受け継がれているのかも知れない。


兄弟か、夫婦か、あるいは同一人物。

血は、奇しく狩人を結ぶ。


「引っ張って…。」


そう言ってルーフレッドが右手を上げた。

ヴェロニカが上から彼を引っ張り上げる。


二人は、馬小屋の屋根に登って村を見渡した。


水妖フーアに飲まれたルディック村。

湿原になったこの村で住民がどうやって生きているのかは、分からない。

こういった現実と悪夢の狭間のような狩りの場もあるのだ。


「あそこじゃない?

 ほら、教会がある。」


そういってルーフレッドが東を指差した。


それは、地平から姿を隠した奇妙な教会堂だった。

大きく窪んだ場所に立っていて周囲から見えない。

半分近くが水没している。


「なるほど…。

 気付かなかったな。

 確かに、それっぽい建物だ。」


ヴェロニカも頷く。


二人は、馬小屋を降りる。

村の往還では、松明を掲げ、武装した虫着きたちが巡回している。


「全員、ブチ殺そうよ。」


ルーフレッドが息まく。

しかしヴェロニカは、面倒くさそうに答えた。


「お前一人でやれるならやればいい。

 私に作業分担を求めるな。」


それだけ言うとヴェロニカは、物陰を選んで進む。

ルーフレッドは、先輩狩人に黙って従う。


「ちぇ。」


しばらくして急にヴェロニカが素早く、激しく動き始めた。

ルーフレッドは、薄暗闇に目を凝らす。


「………あっ。」


巨大な蚊だ。

勿論、蚊である以上、目を凝らさねば見えない。

しかしこの距離でハッキリと蚊と視認できる大きさだ。


スズメほどの大きさでルーフレッドやヴェロニカを襲う。


「くう…!」


ルーフレッドは、一匹を大鎌で叩き落した。

幾ら大きいと言っても素早い蚊を斬る彼の技量、侮りがたいものがある。

しかしすぐにも新手が湧いてくる。


先を行くヴェロニカが振り返った。


「ルーフレッド。

 構うな、進め。」


短くそれだけ言うと、どんどん加速して遠ざかっていった。

ルーフレッドは、置いて行かれまいと後を追う。


次の関門は、橋だ。

二人の前に川があり、橋を虫着きたちが封鎖している。

またかなり大型の犬まで連れていた。


この犬もリーガン顎口虫が寄生している。

毛皮で隠れて分からないが目や耳には、虫が動いていた。

特に口腔は、ビッシリと虫が這い回っている。


「ついて来い。」


ヴェロニカは、躊躇わずに前に出る。

すぐさま犬たちがヴェロニカに殺到した。

けたたましく吠え、牙を向いて飛び掛かる。


ヴェロニカの持っていた武器が変形する。


もともと、彼女の武器は異様な形状をしていた。

剣でもなく、斧でもない。

それが本性を現した。


「あっ!」


ルーフレッドは、驚いて声を上げた。


腕だ。

奇怪な武器の正体は、大きな怪物の腕だった。

強いて言えば細長い昆虫の肢に似ている。


ノコギリ刃に見えた細かな先端が爪を生やした指になって別れた。

関節が幾つもあって複雑に折れ曲がっている。

いったいどんな宇宙悪夢的な生物の一部だったのか。


いや、そもそも生物の一部なのか?

だがこれが職人の手になる品だとするとそれは、どんな人間だったのか。

ルーフレッドは、身震いした。


「キャインキャイン!」


ヴェロニカの仕掛け武器が犬たちを細切れにする。

無数の細かな指が掴み、爪を立って引き千切った。


犬たちを片付けると武器は、もとの大きな塊に戻る。

ヴェロニカは、それで虫着きたちも殴殺し始めた。

ここでルーフレッドも戦いに参加する。


大鎌を短く畳んで敵の懐に飛び込む。

縦横に暴れ回り、敵を橋から落し、惨殺する。


「死ねええ、狩人ハンターァ!!」


がたいの良い虫着きが突進してくる。

両手で何か農機具のような物を持っていた。

ルーフレッドとヴェロニカを轢き潰すつもりだ。


今度こそ。

そう思ったルーフレッドは、小銃を構える。

敵の膝を狙撃し、動きを止めた。


「がううッ!?」


巨体が、がくりと倒れ込む。

そこにルーフレッドは、飛び掛かって大鎌を突き立てる。

手首まで埋まり、血塗ちみどろの刃が背中から突き出した。


「ああ…ッ!

 お゛………ぐう。」


虫着きの大男は、倒れた。

裂けた腹から大量のリーガン顎口虫が湧き出す。

ゾッとする場面だ。


「上手くできたな。」


ルーフレッドの後ろからヴェロニカがいった。

褒められてルーフレッドは、嬉しくなって振り返る。


「だが時間をかけ過ぎたか。

 急ぐぞ、他の連中が集まってくる。」


そういってヴェロニカは、走り出す。

ルーフレッドもすぐに気持ちを切り替えた。


ヴェロニカは、ルーフレッドを庇って戦っている。

しかし敵は、そんな事情などお構いなしだ。

それどころか逆にそこに漬け込んでくる。


「逃げるぞッ!!」


ヴェロニカが怒鳴った。

ハッとしたようにルーフレッドは、振り向く。


「逃げるって!?」


ヴェロニカは、疾風のように身を翻し、四方に素早く移動する。

その間にも敵を斬り倒し、なおかつ自分とルーフレッドを守っていた。


「全ての敵を相手取るなッ。

 ……上手に逃げるのも狩人の腕の内だッ!」


「えっ!?

 ………あうっ!」


そう言われて簡単に逃げ出せるものではない。

ヴェロニカの言うように逃げるのも立派な狩人の腕だ。

言われてはい、そうですか、とはできない。


「行くしか…!!

 くそッ!!」


意を決し、ルーフレッドも踏み出し(ステップ)で敵を翻弄する。

敵を惹き付けておいて反対側へ跳ぶ。

もちろん逃げるだけでなく敵を確実に仕留めていく。


「朝だぞッ!」


急にヴェロニカが叫ぶ。

ルーフレッドは、咄嗟に走るのを速めた。


今のは、火炎瓶を投げる合図だ。

ルーフレッドが安全な場所に到着すると炎が虫着きたちを包んだ。

悲鳴が上がり、追っ手を完全に撒くことに成功する。




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