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黒い髪の少女




「ええ……ああ、待って。」


青年は、電話を片手に手帳を確認した。

電話機と手帳は、最上の黒檀で作られた書斎机の上にある。

青年の身なりも部屋の調度品に見合う品の良いものだ。


だがこの部屋の随所に、その調和を崩すものがあった。


机には、解剖学、魔術、考古学などの発禁、稀覯本が積まれている。

ガラス棚には、眼球が詰まったガラス瓶、生物の標本、奇妙な生物のミイラ。

壁には、鋸歯状のギザ刃が並んだ様々な武器。


狩人の私室だ。

普通は、こういう部屋を狩人は持たない。

しかし狩人の夢の家の外、目覚めの世界で過ごすこともある。


「ミイラ島ですか。

 ……いや、ごめんなさい。

 僕は今、ある依頼を待っているんです。」


青年がそう話すと電話の相手が訝しげに訊ねる。


「ほお。

 依頼を待っているとは、何か意味深ですな。

 教えて貰えますか、ルーフレッド?」


「笑わないで下さいよ。」


とだけ答えてルーフレッドは、苦笑いする。

しかしどこか楽しそうだ。


ここは、彼の自宅兼事務所である。

騎士団オーダーを介さず、直接、依頼を受けている。

商売は、彼の暮らしぶりを見ての通り、上々だ。


「何ですか、楽しそうに笑ったりして。

 答えになってないじゃないですか。」


「いえね。

 今日、来るんですよ。

 僕の師匠が…。」


ルーフレッドが電話していると彼の事務所を訪ねる者がやってきた。


「あの…。

 狩人様は、こちらにいらっしゃいますか?」


黒い髪の少女が戸口に立っていた。

齢は、13歳ぐらいだろうか。

大人になれば、とびっきりの美人になるだろう。


「ああ、待って!

 はい、それじゃあ…。

 依頼は、この次に…はい。」


ルーフレッドは、電話を切る。

急いで女の子の方に駆け寄った。


「こんにちわ。

 …懐かしいなあ。」


「はい?」


女の子は、ルーフレッドを見つめて首を傾げる。

にっこりと笑ってルーフレッドは、右手を差し出す。


「僕がルーフレッド・アンズワースです。

 …小さな依頼人だね。」


「ヴェロニカ・ダヴィーン……です。

 あの、どこかでお会いしましたか?」


小さなヴェロニカは、握手に応じながらそう言った。

彼女の中で奇妙な感覚が芽生え、混乱しているようだ。


それは、そうだろう。

かつてルーフレッドがそうだったように彼女も覚えているのだ。


「そうか。

 ……狩人って、こういう経験をするものなんですね。」


ヴェロニカは、指で自分の耳を撫でながら呟く。

そう言えば、これが彼女の癖だった。


「じゃあ、早速だけど依頼を聞かせて貰えるかな?」


「分かってるんでしょう?

 私を弟子にして狩人のことを教えて欲しいの。」


ヴェロニカは、大人に物怖じせずそう答えた。

ルーフレッドは、全てを見透かしたように微笑む。


「そうだね。

 また一から始めることになるな。」




数日後。

狩り装束が似合う少女と品の良い紳士服の似合う青年が波止場に現れた。

周囲は、水夫たちが慌ただしく荷物を積み込んでいる最中だ。


「何だが気乗りしないわ、ルーフレッド。」


すっかり一端の狩人を気取るヴェロニカ。

ポケットに手を突っ込み、胸を反らして肩で風を切る。

時々、狩人の踏み出し(ステップ)で人混みをすり抜けた。


「オイオイ。

 この前までは、輸血液を自分で打つのも怖かったくせに。」


「あ、あれは、覚悟が出来てなかっただけだからっ。」


眉を吊り上げ、恥ずかしそうにヴェロニカは、牙鳴がなった。

ルーフレッドは、ちょっと意地悪そうに笑っている。


「ああ。

 ルーフレッド、来てくれたか。

 良かった。」


若いが金持ちそうな男が両手を広げる。

左手には、シルクハットを持っていた。

ルーフレッドは、彼に気付いて手を振る。


「リヌオン、少し太ったな。」


ルーフレッドがそういって男と抱き合う。

腕をほどいて離れると男は、首を横に振る。


「いや?

 身も凍る体験で、すっかりと瘠せてしまったぐらいだ。」


「ああ、話は聞いてる。

 ……災難だったな。」


ルーフレッドと話している男。

彼は、リヌオン・ライル・ラルー・カルコマーシュ。

若き経済界のプリンスと呼ばれる実業家だ。


「ええっと。

 このお嬢さんは、君の妹?」


リヌオンがヴェロニカに向き直る。

仏頂面の少女は、右手を差し出す。


「師匠よ。

 今は、弟子になってるけどね。

 ”ソーベリックの人喰い鬼”、ヴェロニカよ。」


「あはははっ。

 狩人は、本当に個性的な人が多いんだね。

 私も投資してみようかな。」


リヌオンは、そういってヴェロニカの手の甲にキスする。


「さあ。

 今回の探検隊を紹介しよう。

 来てくれ。」


ヴェロニカは、呆れたように溜め息をついた。


「信じられないわ。

 獣ばかりの孤島に向かうなんて。

 バカのオリンピックで金銀銅メダルを独占ね。」


「でも自信があるから反対しなかった。

 そうでしょ、ヴェロニカ?」


ルーフレッドがそういって腕組みする。

ヴェロニカは、耳を撫でながらルーフレッドを見上げる。


「ふふっ。

 貴方には、まだ教えることがありそうね。」




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