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夢の内容は、はっきりと思い出せる。
だけど、シャロの言葉は一々難しくて分からない。
「ねえ、じいちゃん。タンキューシンってなに? どういう意味?」
朝ご飯を食べながらじいちゃんに聞いてみると、じいちゃんは持っていた新聞紙をちょっとだけ下げてぼくを見た。
「辞書、引け」
「えー」
「ゲンジョウダハには、いいだろう」
「なにそれ」
「それも調べなさい」
めんどうくさいなあ。聞いて損した。
だけど、シャロの言葉がひっかかってどうにも頭から離れない。
教室に行くと、大貴がいた。
当然だ。学校だもん。
話かけれないように……。そう思いながら机に向かう。そして、ロッカーから国語の辞書を取り出すと、ペラペラとめくった。
「お、ようやくアッシーが勉強する気になったかあ! これで先生に怒られないぞ!」
と、大貴の大きな声がした。
それにつられて女子がクスクス笑っている。陸君は俯いたままぼくと目を合わせないようにしている。
それ以上、大貴の話を聞かないように無視をしながらシャロの言葉を探す。
……あった!
――探求心。
物事を深く究明しようとする心のことです。 知識を深めたり、原因の解明に当たったり、しつこく粘り強く追究する姿勢。
だけど、今度は「究明」の意味が分からない。仕方がないので、またページを開く。
今夜、シャロに会ってもいいように沢山調べておく必要がある。
国語の授業、算数の授業、大貴のことを考えないようにする。
「”彼”について考えることは、夢の中だけでいい。メリハリがつかなくなってしまう」
今は夢の中じゃないのに、シャロの声が聞こえたように思えた。
昼休み。
「はい、特別サービス」
給食当番の大貴は、ぼくの深皿にニンジンをわざと多めに入れた。元トモダチだったからキライな物が分かってるんだ。
(これがマリの世界ならこのニンジンはゼリーに代わってるはずなのに……)
だけど、シチューに浮かぶオレンジ色のゼリーを想像したらそっちの方がマズそうに思えた。
残すと先生に怒られるから飲むようにシチューをかきこむ。
できるだけ味が分からないように、勢いよく飲み込む。
「うわ、アイツ。デブの食べ方してる!」
すかさず大貴がからかってきて顔が赤くなる。
それを聞いた女子がまたクスクスと笑った。
「大貴君。食事中は、おしずかに」
ようやく先生が注意する。
給食中じゃなくても大貴のことをもっと「おしずかに」って注意してくれればいいのに。
(早くマリの世界に行きたいなあ)
気分は落ち込んだままだ。
(大貴がぼくをイジメる理由なんて無いのかもしれない。夢の中だけで考えるって言っても意味なんてなかったらどうしよう)
もし、本当に大貴がぼくらのことを嫌いであんなことをするなら――……。
「知らなくてもいいのかもしれない」
「それよりも、あんな事をする理由なんてないのかもしれない」
「どうでもいいや」
学校から帰る時には、すっかりそんな気持ちになっていた。
「どうしたの?」
お母さんが、晩ご飯の時に聞いてくれたけれど、答えるのもイヤだった。
「べつに」
ぼくはそれだけ答えると、すばやく食器をさげて布団にもぐりこんだ。