2
体育館の中にはとても大きなプロジェクターがある。
あまりにも大きすぎる。上から下まで全部一枚のプロジェクターだ。
そこには怖い顔をした鬼のような何かが映って暴れている。
見ているうちにだんだん怖くなるのに、そこに物がぶつかるような音や、机を叩くような音が体育館中に響く。
――……なんだこの点数は。オマエって本当にバカだな!
男の人が怒鳴っている。
あまりの声にぼくは縮み上がる。
胃がキュッとなって、鼻の奥がツンとする。
――……塾に行った金を返してくれよ。なあ? だって無駄だろ? こんなに出来ないんじゃ
だけど、見えるのは映像に映る鬼だけで、他は何もない。
涙が出そうになるけれど、鼻や目が痛いだけで何にもならない。
じいちゃんやばあちゃん、おかあさん、誰も助けに来てくれない。
――……くすくす。
それどころか、暗闇から聞こえるのは女子の笑い声だ。
こうなるのが怖い。そんな気持ちになる。
――……そんなくだらないことで
と、また言い捨てるような冷たい男の人の声が聞こえる。
絶え間なく聞こえる嫌な声が、更にぼくを不安にさせる。
あまりの怖さにシャロの手を掴もうとしたけれど、隣にいたはずのシャロはいない。
「哀れな少年。お母さんやお父さんの期待に添えず、友達は離れて、そうして独りぼっちになるのでした」
クラの声がする。
「誰からも嫌われる」
――……そう、誰からも嫌われるんだ。
「だって、君はひとり」
――……そう、ぼくはひとりだ。
「だって、当然だ。君は友人を突き放した」
――……とうぜんなんだ。
「これがキミの招いた結果」
――……そうなの?
「そうだよ。じゃあ、見てご覧」
クラの声が終わり、目をあけるとぼくは教室にいた。
机の中には磯原大貴と書かれたテスト用紙がグチャグチャになって入っている。どれも八十点とか九十点とか良い点数なのに、まるで見せたくないようだった。
机に開かれていたノートを見ると、漢字の練習でびっしりと埋まっている。
何度もエンピツが折れたようになっているのは、きっと緊張して力が入っているんだ。
そう分かるのはぼくが時々先生に見られてそうなるからだ。
――……大貴は、がんばって勉強している。
そう思った。
逆光で顔の見えないクラスメイトがぼくから距離をとりコソコソと話をしてる。なんてイジワルなんだろうと、ぼくは思う。
そして、そのイジワルの中には、陸君と、ぼくがいた。
陸君とぼくは、とても冷たい目をしてぼくを一度見ると、誰が見ても分かるくらいオオゲサにイヤそうな顔をして目をそらした。
「これこそ、タイキクンが心の奥深くで怖いと思っていることだよ。今起きたのは、現実でも無ければ君に起きたコトじゃない。だから、泣かないで」
いつの間にかぼくの隣の席に、シャロが座っていた。
身長の高いシャロに小学生の使うイスは小さいらしく、彼は机に腰かけている。
そんなシャロを見て僕は安心したと同時に、涙が溢れたのを感じた。
――……とても怖かった。
――……とても胸が苦しかった。
「その痛みも、恐怖も、キミのモノではないけど、泣くほど感情移入したのならボクのキャクホンは浮かばれたってことかな」
と、ぼくのもう隣にいるクラが言う。
クラもシャロと同じように机に腰掛け、真剣にノートを見ていた。
「あーあ。あれだけ書き込んだ台本が台無し。で、使われたのがソッキョウの台本だよ? ねぇ、シャロ。もう少し時間をくれたならもっと悲劇的に出来たんだよ?」
「彼はこんなに心を動かされたんだ。これ以上やれば刺激が強すぎて途中退席してしまうよ。クラ」
シャロがそう言うと、クラは「ふふふ」ときげんがよさそうに笑った。
「それは困るなあ。……ねえ、キミ。キミが大人になって悲劇に酔いたくなったら絶対ボクを呼んでね。ボクはこれからこの台本の反省点と改善点を見つけなくちゃいけないから
――……。また、いつかね」
そう言ってクラは、煙のように音も泣く消えた。と、同時に景色は教室からマリが創った夢の世界に変化している。
ピンク色の空とお菓子ばかりの世界、最初は女の子みたいでイヤだと思ったけれど、今はすごくありがたいものに思えた。
「ワタクシの可愛い夢主を泣かせるだなんて信じられない!」
そこには腰に手を当てて怒るマリと、ぼんやりと立っているシャロがいる。
「マリ。大貴の夢には、ぼくが行くって言ったんだよ。それに、マリのおかげで落ちつけたからもう大丈夫」
ぼくがそう言うと、マリは腰に手をあてて怒るのをやめた。
「……そう、それは良かったわ。それで、何か得られたかしら?」
「大貴は怖い夢を見てるってこと。しかも、自分が悪いって知ってるし、泣いてるし、怒ってもいた。どうしてかはまだ、分からないけど。あの映っていた鬼のせいだと思う」
「まだ分からない? 大丈夫、君は分かるはずさ。何故なら――……」
ピピピ!!!
そんな音がしてぼくは目が覚めた。