油断は禁物。ピンチは突然訪れる――
「お、お前は!」
「女勇者!」
虚ろな目をした女勇者が玉座の間に立っていた。瞬間移動の魔法で来たのだろうが、普段と目つきが違う。星の入っていない……一色塗りの虚ろな目になっている。
「様子が変だわ」
魔王妃も女勇者の異変に気付いたのだろう。嫌な予感がする。また、「勇者の使命は魔王討伐だ!」と言い出すのではあるまいな。
女勇者はゆっくりと口を開いた。
「魔王様は……どこ」
「今、魔王様は取り込み中だ」
トイレで大だ。とは言わない。
「いったいどうしたのだ」
「うるさい」
「――!」
いつもとキャラまで違う――! まるで悪魔にでも心を奪われたような目だ。魔族ながらヒヤヒヤしてしまう。味方なん、敵なん。
敵であれば……、剣に手をかけていつでも抜けるよう準備をする。
「前回のデュラハンが酷い対応をしたせいじゃないの」
……嫌なことをおっしゃる。
「前回とか言わないでください」
読み返す人とかいそうで恥ずかしいですから。
「ああー全部出たぞよ」
ハンカチで手を拭きながら玉座の間に戻ってきた魔王様。全部って……。
「まるで野球の『押し出し』ね」
「……」
大丈夫かこのご夫妻は。
魔王様を見つけると女勇者はユラユラと近づいていく。咄嗟に魔王様の前に立ちはだかり、女勇者の動向に睨みを利かす。
「魔王様、わたしの小屋に……エアコンを……」
そこまで言い切ると、ドテっと前のめりに顔から床に倒れた。
「大丈夫か!」
モロに鼻を打ったぞ。
「あああ……またこのパターンか」
女勇者の体温は40℃近くあったが、流行り病ではなさそうだ……。
女勇者に回復魔法をかけながらうちわで扇ぐ。呪われたのかとも思ったが、ただの熱中症だった。
「あの大草原の小さな小屋にエアコンは無理でしょう」
そもそも電気が来ていない。
女勇者はお城から遠く離れたポツンと一軒家に住んでいる。夏は城下町の宿屋で寝泊まりしているはずなのだが……小屋を放ったらかしにもできないのだろう。
近くには山賊もいるからなあ……。盗賊ドンゴロスとか……冷や汗が出る、懐かし過ぎて。
女勇者が回復すると玉座の間で緊急対策会議が開かれた。
魔王様、電力の逼迫に対してもこれくらい真剣になってほしいのに……。女勇者は本来、魔族の敵なんよ。
「なにか対策はないものか」
魔王様が質問をすると、みんな黙る。会議ってそういうものだ。
「はい!」
沈黙に耐えきれず手を挙げた。
「はい、デュラハン」
「はっ! 女勇者は瞬間移動の魔法が使えるで、それをもっと活用すればよいと思います」
「活用?」
こんなところ来るよりも、もっと行くべきところが他にもあるだろうと言いたい。
「こんなところって……追い出すぞよ」
魔王様が細い目をされると、思わずキュンとしてしまうぞ。
「んも、も、申し訳ございません。つまり、せっかくの瞬間移動の魔法が使えるのですから、涼しいところへ移動するとか、水辺へ移動して水を持ち帰るとか、女勇者はもっと対策を考えるべきなのです」
テヘペロっと小さく舌を出す。
「可愛くテヘペロしても駄目。熱中症は命に関わるのだ。頭は生きているうちに使ってこそなのだ」
「いいこと言うじゃない。首から上は無いのに」
「……」
腹立つわあ、魔王妃は。
「でも、瞬間移動の魔法は一度行ったことがあるところにしか行けないわ。それに、わたしには一日に二回使うのがやっとだから、他には何も魔法が使えなくなってしまう」
「……」
他の魔法を使っているところを見たことがないが……今は聞かないでおこう。二回使えれば十分だ。
「では、予が真夏でも氷が漂う南の大陸へと連れていってやろう」
「え、真夏に氷がある場所があるの」
山の上の氷も溶けているのですよ。南の島って温かいイメージですよ。
「うむ。世界は広いぞよ」
大丈夫なのだろうか。飲酒運転にならないのだろうか、瞬間移動は。
「ぜひ連れていって! 夏の間はずっとそこに住みたいわ」
「ホッホッホ、では陽が落ちる前に皆で行くとしよう。『瞬間移動!』」
――! 目の前がグニャリと歪む~!
「さむ!」
見渡す限りの氷と極寒の地に降り立つと、猛烈な吹雪が突然襲い掛かる――。
「うペペぺ。寒いというより、痛い!」
「気温マイナス四〇℃ぞよ」
マイナス四〇℃――!
こんな薄着でこんなところに連れてくるな――下手すりゃ全滅する気温ですぞ――! 軽はずみな瞬間移動でこんなところに来たら、即死してしまう――!
「っていうか、デュラハンはいつでも真っ裸……」
「早く氷を切るんだ!」
無視して差し上げた。今は魔王妃の相手をしている場合ではない。
カキ―ン!
女勇者の振る剣は甲高い音を立てて弾かれた。
「硬くて寒くて剣で切れない! 素手ではもう剣を握っていられない!」
さっきまで流れていた額の汗が氷ついている。
「やれやれだ。剣の腕をもっと磨くがいい。下がっていろ」
白金の剣を抜いた。平和ボケしているから久しぶりに抜いた。関節の節々からギギギと軋む音が聞こえるが、まだ動ける。鍛え方が違うのだ。
「究極奥義! デュラハン・ブレッドーー!」
氷の山を一瞬にして可愛いドラ☆もんサイズの雪だるまの形に切ると、パチパチと拍手が巻き起こった。
「さあ、氷を手にしたのだから早く帰りましょう魔王様!」
一秒でも早く。
「ムニャムニャ、もう食べられないぞよ……」
「「――!」」
魔王様はにこやかにお眠りになられている。この寒さで。
「――魔王様!」
「寝ちゃダメ!」
いや、むしろ永遠に眠って貰おうか――! 両頬をパンパンと魔王妃が叩くのが……なんか見ていてスカッとするぞ。もっとぶって。魔王妃もニヤニヤしながらぶっているのがエモ怖い。
「魔王様が眠ったら、帰れないわよ!」
「「――!」」
それ、大ピンチじゃん!
やっぱり酔っ払った勢いで来るところじゃなかったのだ――。
「グーで! 魔王妃よ、グーで!」
「手が冷たくてこれ以上は無理だわ」
ビンタのし過ぎで魔王妃の手の平は魔王様の頬よりも赤い。いや、どっちもどっちで赤い。
「あ、そうだった。帰りはわたしの瞬間移動で帰れるわ」
「その手があった!」
――助かった。一瞬だが、本当に全滅してしまうかと覚悟した。本当に頼れるのは魔王様より女勇者なのかもしれない。
「予は満腹ぞよ。ゲップ……」
「寝言でゲップまでしないでください」
ゲップからバーベキューのかぐわしい匂いがした。
「『瞬間移動――』」
「あっつ!」
急に灼熱が空から降り注ぐ。キンキンに冷えた体が急にチンチンに熱される。ここは……女勇者の住む小屋の前だ。時差があるからまだ日が高く直射日光が降り注ぐ。辺りには木陰一つない。灼熱の荒れた荒野なのだが……。
「いや、ちょうどいいわ。暖かくて」
「そうよね。死ぬかと思ったわ」
「金属は無駄に比熱が小さいから面倒くさいのよ。温まりやすく冷めやすいってヤツ」
「……」
なんか、悪口を言われているのだけは確かなようだ。温まりやすく冷めやすいって褒め言葉ではないのだろう。面倒くさい奴みたいで嫌だ。
「寒暖差が激し過ぎるわ」
「逆に体を悪くしそうだぞよ」
「……」
魔王様、さっきは本当に寝ていたのだろうか。
大きな氷の雪だるまを小屋の中へ置いた。床板が割れないか心配だ。薄そうなべニア板だから。
「すぐに解けないように布などを巻いておくといい」
雪だるまにマフラーの発想だ。
「クーラーボックスに入れとけば」
「クーラーボックスって……おやめください。世界観が壊れますから」
「エアコンも一緒じゃない」
……その通りだぞ。この暑さで世界観も少し壊れているぞ。
「ありがとう魔王様。これから暑くなれば氷を取りに行って過ごします」
女勇者が深く頭を下げた。
「礼には及ばぬぞよ。熱中症とかき氷の食べ過ぎには十分注意するのだぞよ」
「食べ過ぎると頭が痛くなりますからね。私には首から上は無いですが」
先に言ってみた。
「そうよねー。食べ過ぎるとお腹も痛くなって下痢するでしょ。真夏は汗かくとトイレットペーパーが尻汗で濡れて張り付いてボロボロ取れて嫌になっちゃうのよねー。汗なんだか下痢便なんだか」
「おやめなさいっ!」
高貴なイメージが崩壊寸前ですから。
「トイレにもクーラー付けて欲しいわ。でも、それより先に洋式とウォシュレットかなあ……」
「お黙りなさい」
魔王城のトイレは換気扇だけでクーラーが効いていない。さらには和式だけしかないことを……人間にバラさないでください。
「……」
いや、スライムや人型以外のモンスターにはやっぱり和式が最適なのです。魔王城内には人型のモンスターの方が圧倒的に少ないからです。
っていうか、これほど暑いのなら、瞬間移動で真夏は涼しいところへ移動して過ごせばいいのに……と皆が思った。
「え、在宅勤務、できないじゃん」
「……」
すな。こんなクソ暑い危険な小屋で。……剣と魔法の世界で――。
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