真夏は屋上バーベキュー!
「暑い時には暑さを楽しめばよいのです」
夏を満喫するのです。
「よくいるわ、そういうやつ」
「……。いまさら何言ってんのコイツって目はやめてほしいです」
「よくいるわ」で片付けないで、腹立つわ。こっちは必死に節電方法を考えているのでございます。
「暑い時に激辛カレーを食べても、寒い時には激冷カキ氷は食べないぞよ」
「御意」
今は暑いので寒い時の話をされても……あんまり実感が沸かないが。
「暑い時に激辛カレーを食べても、寒い時には激冷カキ氷は食べないぞよ」
「――!」
なぜ二回言った――! 魔王様、ひょっとして暑さで脳内が湯豆腐状態か――! 真夏に湯豆腐なんて想像したくないぞ――! グツグツ土鍋と昆布とお豆腐! キャー!
「城内でクーラーをガンガンにかけるから電力が逼迫するのです。であれば、魔王城を出れば節電になりましょう。すなわち、魔王様の無限の魔力はもはや不要」
もう無限の魔力を電力に変えてもらう必要はありません。頭下げなくてもいいのです。首から上は無いのだが、頭下げるのは頭下げても嫌いな気質なのですテヘペロリ。
「……」
「デュラハンって、物事を頼むのが意地悪ばあさん級に下手くそね」
「お褒め頂き恐縮です」
意地悪ばあさんって、なんだ。冷や汗が出るぞ、古過ぎて。
「とは申しましたが、なぜ故に魔王城の屋上でバーベキューなのですか」
それも、たった3人で。せめて四天王を全員呼ぶとか発想にはいきつかなかったのだろうか。
「うん」
「あいつら集まると面倒くさいわ。サイクロールは肉ばっかり食べそうだし、サッキュバスは飲むと絡んでくるから面倒くさいし、ソーサラモナーはくさいし」
「……」
四天王を面倒くさいもの扱いするんじゃないと言いたい。ただでさえ出番が少なくて可哀そうだというのに……。うち一人は名前すら省略されているし……。
ある意味、魔王妃だ。逆立ちしても女神ではない。
空にはポップコーンのような小さな入道雲かポツポツと浮いていて、今日は雨の心配もないだろう。魔王城の屋上は平らでなにもない。この暑さだと日光浴するモンスターも皆無だ。
絶好のバーベキュー日和っちゃあ……日和だ。
「ですが、バーベキューをするのならコンロがなくてはなりません」
片付けるのは面倒くさいですが、網とか鉄板も必要です。炭もありません。
「あるではないか」
「どこにですか」
魔王様に言われて屋上の周辺を見渡すが、食材の入ったクーラーボックス以外には何も見当たらない。魔王様と魔王妃はイチャイチャとキャンプ用の折り畳み椅子を並べて組み立てる。
「卿の背中に」
振り向くがそれらしい物はどこにも見当たらない。リュックに入れて背負っていたりはしない。
「ま、まさか魔王様」
何か私に落ち度があったでしょうか。
「そうぞよ。屋上の床はアッチンチンだから、熱くなった金属で肉が焼けるぞよ」
熱くなった……金属――!
「節電でエコだわ」
「ですが、どこにそのような熱くなった金属がございましょう」
鉄板など見当たらない。背負ってない。何度でも言う。
「早く四つん這いになりなさいよ」
「予は空腹だぞよ」
……やっぱりね。うふふ。
いったい、これは誰の発想なのだろうか。なぜ故に四天王最強の騎士である私が四つん這いになって背中で肉を焼くためのコンロ扱いされてしまうのだろうか。
渋々四つん這いになった。美味しいなんて思ってもいない。
「焦げそうだからサラダ油を塗りましょう」
「……」
ああーなんか、ヌルヌルだぞ背中が。変な気分だぞ。
――サンオイルを塗って日光浴的な感じでは断じてないぞ――。
ジュ―……。
「あら? あまり焼けないわね」
「ジュ―って音がしたのは最初だけぞよ」
「仕方ないですよ。っていうか、生肉乗せすぎ」
背中だけならともかく、肩やらお尻にまで乗せないで欲しいぞ。焼いて殺菌されるとはいえ、お尻なんだぞ。
「プシュッ!」
缶ビールのプルタブを開ける音で返事しないで、魔王妃よ。まだ肉は焼けてないのだぞ。
「仕方がない。火力アップするとしよう。『地獄の業火!』」
へる?
「ギャー!」
正気か――! コロスキか――! 四天王をガチで三天王にするおつもりか――! 魔王様の手から真っ黒い炎が揺らめき全身を包む――!
「あつつつつつ――!」
せめて背中だけにして――!
「立ち上がろうとしないで。お肉が落ちてしまうわ」
あまりの熱さに立ち上がり飛び上がろうとしたのだが……魔王妃の箸で押さえ付けられて動けない――。
割り箸なのに――なんちゅう馬鹿力だ! 見えない力を感じる。パワハラパワーとも言う。
「魔王様もやり過ぎよ。肉が焦げるわ。勿体ない」
「火力調整が難しいぞよ」
「そ、そ、そっちー!」
シクシク。背中が熱い……焼けるように。カチカチ山の狸の気持ちが……今になって分かるとは。……あの話もえぐい。
「まさに魔王様でございます」
「キャンプファイヤーもしたいわね」
「私のいないときにやってください!」
なにを言い出すのかっ! メッ!
「このクソ暑いのに炎なんか見たくないぞよ」
ごめん、魔王様が言わないで。
炎の魔法を唱えた張本人が言わないで。
「デュラハンも焼いてばかりいないで、食べるがよい」
――! え、これって……ツンデレ?
「ありがとうございます」
でも、この姿勢じゃ食べられませんよね。分かっていて言ってらっしゃるんですよね。
ひょっとして、目の前に置いてもらえるのでしょうか。犬の餌のように。
「美味し過ぎる……シクシク」
ある意味、美味し過ぎるシチュエーション。
「いや、自分の手ではがして食べればよいぞよ」
……手で? 背中には手が思うように届かないのですが。
「ほら、デュラハンのために焼いた牛タンが焦げちゃうわよ」
「有難き幸せ」
四つん這いのまま片方の手で背中を探り、牛タンを剥がして手掴みで食べた。
ムシャムシャ……。
「どうだ、美味いであろう」
「……微妙です。なんか、背中に貼ったサ□ンパスを剥がして口に放り込んだような食感です」
「それ共感できる人は少ないぞよ」
え、サ□ンパスって、ホッカイ□のようにみんな背中に貼るものではないの――? ドントポッチって、古過ぎるの――。
「年寄りよ」
タライで頬っぺたを叩かれた気分だ。ジェネレーションギャップと言いたいぞ。冷や汗が出る。
「でも、よく味わってみると微妙な塩加減が美味しいです」
塩タンだ。レモンもあれば最高だろう。
「塩などしておらぬぞよ」
? いや、たしかに塩味がして美味しかったのですが。
「お前の汗だ」
「――!」
私の汗って、こんなに美味しかったのか――! っていうか、「お前の汗だ」って、酷くない? キャラ変わってない? 元々は女神様だったのを今は誰も信じないぞ――。
――昔、悪いことをして石像にされた「封印された極悪人」に違いないぞ――。
「でもやっぱり真夏の屋上でドレスは暑いわ」
魔王妃がドレスのスカートを膝まで捲り上げる。頬が少し赤いのは日焼けのせいではないだろう。缶ビールの飲み過ぎだ。額の汗をドレスの袖で拭くなと言いたい。
「……こっちは四つん這いだから下着が見えますよ。まったく興味はありませんが」
私が興味あるのは女子用鎧だけだ。
「やだ、ちょっとエッチ!」
スカートを戻すことなく腹の部分を爪先でガンガン蹴るのはやめてください。肉が落ちますから。
「だったらスカートをはしたなく捲るなと言いたいぞ。そもそもバーベキューをする姿ではないだろ」
お高いドレスも魔王軍の経費で買っているのだぞ。ジャージか部屋着でいいだろ。
「あー、タレこぼしちゃった~」
子供のように盛大に汚している――! あかんたれ――!
「貴様――!」
ワザとやっているだろ! 立ち上がろうとするのだが、割り箸で背中をギューッと押さえ付けられて痛い。
「イデデデデ。くそ馬鹿力め」
「大丈夫だ。予の禁呪文でドレスの汚れなど綺麗に消え去るぞよ」
「魔王様!」
たぶん酔ってる。缶ビールの口の部分をくわえたままで喋っとる。
よく見ると魔王様も割り箸で私の背中を必死に抑えているのが、少々痛気持ちいい。
「禁呪文、『ドライクリーニング!』」
「「……」」
なんて分かりやすいネーミングだ! さすが魔王様。でもね、乾いたハンカチで拭いても焼肉のタレは綺麗に落ちませんから~! と進言したい。っていうか、禁呪文でもなんでもない――!
さらには、そのハンカチは誰が洗濯するの――ハイッ、私めです! 魔王妃に洗濯などさせられるはずがないイイイィィィ!
「あまり落ちないわねえ」
魔王妃がハンカチを受け取りゴシゴシタレが付いた部分を擦る。ひいき目に見ても、汚れは一層広がっている。
「擦って汚れを伸ばしちゃ駄目です。汚れが広がりますからトントンと軽く叩いて拭いてください!」
「やだ、デュラハンのエッチ。どこ見ているの」
なぜそうなるのだ! というか、だったらスカートに焼肉のタレを零すなと説教したいぞ!
「黄金の味よ」
「だまらっしゃい」
「甘酸っぱいぞよ」
シャーラップ! 焼肉のタレの味など、今はどうでもよいのです――!
金輪際、塩だけでお食え――。
おのろけバーベキューは……夕方まで続いた。
いったいなにをやらされているのだろう……。まるで新婚夫婦の家に一人で遊びに行き、ガッツリベタベタデレデレを見せつけられ居心地の悪い時間を過ごす友人の気分だ……。
でも、まあ……魔王様もこんなに楽しまれているから良しとするか。さっきまでは暑いだの節電だのでイライラしていたが、今は忘れたように笑っている。
あまり忘れちゃいけないことだとも思うが……笑っているだけマシなのだろう。
なにか様子がおかしい――。
気が付いたのはバーベキューを終えて魔王様と魔王妃とで玉座の間へと廊下を歩いていたときだ。不穏な気配には敏感なのだ。
夕日が魔王城の窓を横から照らし長い影を作る。
魔王城内ですれ違うたびにスライム達に、……クスクス後ろから笑われるのだ――。
「スライム達もイライラしているよりよいではないか」
「はい。ですが、なんか私が笑われているようで気になります」
通り過ぎた後にクスクス笑われる。
はっ、ひょっとして――!
「まさか、私の顔に何か書いてありますか?」
「それは無い。顔ないやん。顔に何か書いてあるなど、図々しいぞよ」
「も、申し訳ございません……」
――ちくしょう。
図々しいは酷いやん――。
「ちょ、ちょっとトイレに行ってきます」
「その方が利口だ」
「――!」
リコーダー! 小学生とかが口にくわえて吹くやつ――!
トイレの鏡で背中を見ると……落書きがしてあるではないか……やられた。
「↑顔無し」と背中に書かれている……焦げた焼肉のタレ……黄金の味で。
……もう、怒る気にもなれない。タレが焦げているから水を付けて擦っても簡単に落ちそうにない……。それなのに……怒る気にもなれないのは何故だろう……。
「滅茶苦茶、美味しかったからだぞよ」
連れションをしていた魔王様が笑いながら言う。泡立っている。
「美味しくなどございません!」
こんなことで笑われたくはありません。せめてダジャレとかオヤジギャクで笑われるならまだしも。
「いや、焼肉が美味しかっただけ。デュラハンはくだらん」
「……」
お粗末様でしたと言っておきましょうか――。くだらんは酷いぞ……背中に落書きしておいて……シクシク。定時を過ぎたら速攻でお風呂に入ってふやかして金属たわしで擦ろう……。あと数十分の辛抱だ。それまでは壁を背にして忍者のように歩こう。
魔王様は、やっぱり大もするとトイレにお残りになられた。赤い肉をたくさん食べていたから……消化が追い付かなかったのかもしれない。あれほど「豚肉にはよく火を通せ」と言って差し上げたのに……。やれやれだ。
魔王妃と玉座の間に戻ると、普段はいる筈もない先客が玉座の間で待ち伏せしていた――。
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