魔王妃の椅子
「おはよう魔王様、デュラハン。二人共早いわね」
おはようって……もう朝の9時だ。始業のベルはとっくに鳴った後だぞ。
「おはよう」
「おはよう……ございます」
魔王妃だから敬語で話さなくてはならないのが……なんか屈辱なのは私だけではないだろう。
すらりとした魔王妃が玉座の間へ入ってくると、暗く蒸し暑い玉座の間のイメージがパッと明るくなった。
魔王様と対照的な明るい花柄のドレスが似合っているのが……選んだ者のセンスを褒めたくなる、俺。
魔王妃となったこの人は、喋らなければ美人なのだ。
「ってことは、喋ったらもっと可愛いってことね」
「……」
口が災いの元なのだ。
魔王様の玉座の隣に折り畳み椅子を置いて座る。今の魔王軍には絢爛豪華な玉座をもう一つ準備するような余裕はない。
魔王妃の部屋を準備するのにも余計な経費が掛った。2つの部屋の壁をぶち破って作ったから……私の部屋の2倍もある。
羨ましいとは言わないが……、やっぱ羨ましい。八畳間くらいあるのが。
「それで、朝っぱらから何の話をしていたの」
あくびをしながら聞くなと言いたい。電力状況が逼迫している話など、魔王妃にしてみればどうでもよいのだろう。
「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない」と平気で言えるタイプだ。
「デュラハン、人を見た目だけで判断してはいけませんよ」
――! なにこの上から目線! っていうか、見た目で判断しましたが、見た目はそれなん?
「魔王様は……自家発電がお得意なのよ」
――! 突然何を言い出すのだ。
「自家発電だと」
病院とかにある非常用発電機のことか……エンジンで発電できるやつとかか。電力が逼迫しているのだから自家発電があると少しでも助かる。だがどうやって発電するのだ。魔王城にそんな気の利いた設備は無い筈だ。魔王様が得意って、どういうことなのだ。
「夜な夜な自家発電するのが得意なのよ」
「……」
夜な夜なって……なんだ。電力状況が逼迫するのは昼な昼なのはずだが……。
「デュラハンも得意でしょ」
片目を軽く閉じてみせる。それがウインク。
「ちょっとまて、何の話だ。私は電気など発電できないぞ」
大丈夫なのか、自家発電って……本当に電気を作ることなのか……。
「大丈夫よ。だって、わたしも自家発電するもの」
「「だめー!」」
自家発電しても自家発電しちゃ駄目だ――! 人前でバラしちゃ駄目だ――! 思わず立ち上がってしまった。
「冗談よ、冗談。二人とも赤くなって可愛いんだから」
「……」
「照れるぞよ」
照れるな――。さらには冗談ってなんだ、冗談って――。魔王様はご着席され、私はまた跪いた。今日も足が痺れそうだが……まだ大丈夫だ。
「ゴホン、冗談はさて置き、魔王様には無限の魔力がございます」
無駄に。とは言わない。ここは持ち上げるところだから言わない。
「ホッホッホ」
無限の魔力をどこでどうやって手に入れたのかは知らないが、魔王様の功績ではないのだけは……分かる。直感で。
ひょっとすると道を歩いていて、落ちていた無限の魔力を偶然拾っただけなのかもしれない。
「ですので、笑ってる場合ではないでしょ」
「……」
「デュラハンって、躾がなってないわ。首にしちゃえばいいのに」
――!
「予もそう思うぞよ」
……。
「言葉が過ぎ申し訳ございません。私には首がございません」
なんか、やりにくいなあ、魔王妃がいると。
「話を戻しますが、魔王様の無限の魔力を無限の電力に変換すればよいのです」
さすれば電力の逼迫など恐れるに足りません。
「「おおー!」」
「電気も使い放題です」
夜も照明を点けたまま寝て構いません。豆電球を点けていても文句言われません。
「電力会社から物が飛んでくるわよ、きっと。石とか金槌とか食べ終わった焼き魚の頭と骨とか……」
たしかに……怒られるだろうなあ。電気代タダ。
「無限の魔力で無限の電力なんか作られたら商売あがったりだ――ぞよ」
「嫌なこと言わないでください」
そもそも、剣と魔法の世界に電力会社があるのだろうか……。太陽光パネルとか燃料電池とか……。
「魔王様はどんな魔法でも使える筈です。雷の魔法はお手の物でございましょう」
「雷の魔法は得意ぞよ」
ちょっと自慢気に胸をそらしている。
「承知しております。そこよりヒントを得ました」
俺賢い。俺TUEEE! でございます。
「ヒントってほど大した発想じゃないわ。誰でも思いつくわよ」
ちょっとムッとしている。フッ。悔しがっている魔王妃もちょっとだけ可愛いぞ。
「可愛いからってエロい目で見ないでね」
「おやめください」
勝手に頭の中で想像していることを読まないでください。エロい目なんてしていません。
「ではさっそく魔王様、コンセントに指を突っ込んで電気を送ってください」
玉座の間の大理石の柱にあるコンセントへと魔王様を案内する。
「さあ、早く魔王様のお力で電力の逼迫を解消するのです。さすれば真のヒーロー、真の魔王様です」
シン・マオウサマです。
「……デュラハンよ、ひょっとして謀反? 物凄く分かりやすくなーい?」
チッとは音に立てず舌打ちをする。首から上は無いのだが舌打ちはできる。
「コンセントに指を突っ込むなんて危ないわ。それに、魔王様の指じゃ入らないでしょ。爪も深爪だし」
魔王様、爪くらいは伸ばしてくださいよ……。綺麗に切り過ぎなんですよ……。
「それに比べて……デュラハンのガントレットなら爪が尖っているからちょうどいいわ」
「――!」
なにを言い出すのだ、この魔王妃は――!
「さらには全身金属製鎧だからよく電気が流れることでしょう。オーッホッホッホ!」
突然笑うな!
「頑張れデュラハン。家庭用100Vに負けるな」
「いや、マジでですか。なにコレ。私が頑張るのでございますか」
どこをどう頑張れば良いのか分かりません。私は魔力ゼロなのですよ。
恐る恐るコンセントに指先を近付ける。良い子は絶対に真似しちゃ駄目なやつだ――。いや、悪い子も絶対に真似しちゃ駄目なやつだ――。いや、悪い子なんてこの世にはいないんだ――。
コンセントの前にしゃがみ込む。数多くの激戦を耐え抜いてきた私にとって100Vのコンセントなど……恐れるに足らないのに、手汗が凄い……。指先が小刻みに震えている。
「はやくするぞよ」
「じらさないで」
「……」
どう考えても電力状況の逼迫が改善されるはずがないのに……コンセントに右手と左手の指先を突っ込んでみた。
バチィッ!
「ギャッ?」
と叫んだのは一瞬で……玉座の間の照明がすべて消え、首振りの扇風機もゆっくり止まった。
「あらら、ブレーカーが落ちたの? 使い過ぎるとすぐに落ちちゃうのよね」
「それか漏電ブレーカーのどっちかが落ちたぞよ。電気がどこかに漏れると安全のために働くぞよ。チッ」
魔王様、語尾に舌打ち? なにに対してでしょうか。私の方こそ舌打ちしたい気分です。ぜんぜん美味しくなくて……シクシク。
とりま、ブレーカーが落ちたから、電力の逼迫が解消されたと考えてよいのだろうか。
「早くブレーカーを入れ直してくるのだ!」
「御意」
だよねー。停電と同じだもんねー。
「魔王城のエアコンが全部止まっちゃっているのよ――急いで!」
腹立つわあ……正論が。
転げ落ちるように階段を一段飛ばしで降り、玄関の上にあるブレーカーボックスへと駆けつけた。
背伸びすれば手が届くブレーカーボックス。ひょっとすると、このボックスは魔王城の生命線なのかもしれない。
勇者が攻めてきたときに、これを玄関で落とされたら……楽勝なのかもしれない。
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