接ぐもの〜再会〜
初めまして深川辰巳と申します
本作品が初投稿です
楽しんでいっていただければ幸いです
「お前は死んだ善次郎爺さんによく似ているんだよ」
毎日僕に言っていたお婆ちゃんが亡くなったのは去年の夏休みに入ってすぐの頃だった。
お婆ちゃん子だった僕はすごく悲しくて、当時は思いっきり泣きわめいていた。少しずつ立ち直ってきたけれど、一周忌が近づくと改めて寂しくなってくる。
のだが……
田舎の本家に当たる我が家では法事となると親戚一同が大勢集まる。
その中でいやな奴が一人いるからたまらない。
僕と同じ五年生と言うこともあって何かと比較されることの多い従兄弟の文彦だ。
いや、比較されているのは僕だけじゃない。この宮田家一の秀才として親族一同から大きな期待を一身に受けているのだ。
堅苦しい式典は一通り終え、大人達に酒が入る頃に奴は出しゃばりだす。
「僕、通信簿は全部『良くできました』だったよ。勝夫君はどうだった?」
「文彦君はえらいねぇ。勝夫は『がんばろう』が多かったとよ」
僕の代わりに母さんが答えてくれたが、文彦の視線はこちらを向いている。
「そうなの? 勝夫君も頑張らないとね」
文彦はいつも僕を見下したように突っかかってくる。
相手にするといらいらが募るだけなので僕は家を飛び出すことにした。
本家を継ぐ者はこの程度で分家の子とケンカしてはいけない。僕は良くできた後継者なのだ、と言うことにしておかなければいけない。
だけど、着せられていた服はきちんとハンガーに掛けて、いつもの遊びに行く格好に着替えることだけは疎かにしてはいけない。
それにしても太陽はまぶしく暑い。
せっかくの夏休みなのだから、蝉を捕まえたり、川で釣りをしたい。昔だったら戦利品をお婆ちゃんに見せていたのに……
「お婆ちゃん、どうして蝉はあんなに鳴いているの?」
「さて、どうしてかしらねぇ、自分で考えてごらん」
「お婆ちゃん、どうして魚は川の中を泳ぎ回っているの?」
「さて、どうしてかしらねぇ、自分で考えてごらん」
「お婆ちゃん、どうして……」
二年前までのお婆ちゃんとのやりとりを思い出しているうちに、倉越川の上流にある僕の縄張りに足を運ばせていた。
川のせせらぎと蝉の鳴き声に包まれているここは、他の誰からも邪魔されない僕だけの秘密の場所……のはずだった。
だが、そこには、先客が、居た。
岩場の上にぽつんと立っている古くさい着物を着たおかっぱの女の子。
どこかかげりのある横顔で川面を見つめていたが、僕に気づいてこちらを向いた。
「「誰?」」
二人同時の質問に僕達は黙ってしまった。
気まずい。
「ぼ、僕は! 宮田……宮田勝夫。君は? こ、この辺りでは、見かけ、ないけど……」
女の子のどことなく淡い雰囲気にしどろもどろになってしまった。
「私はハル……あっちから来たの」
指さしたのは川の向こう。あっちは確か深水沢か、上大谷か……。
「もっと遠くだよ」
あれ? 口に出てたかな。
「麦わら帽子」
「え?」
さらに予想外の言葉を聞いて驚いてしまった。
「川に落としてしまったの」
ハルが再び川面を見つめる。
確かに川の流れの中、岩に引っかかっている麦わら帽子があった。
「よし、僕が取ってきてやる」
学校の成績が悪くても、こういうことは大得意だ。
何せ、毎日この場所で遊んでいるのだから、どこが浅瀬かよく知っている。目的の岩場はしょっちゅう行くところだ。
文彦にはできはしまい。
あっという間に麦わら帽子を拾い上げてハルのところへ戻ってきた。
「ほら、取ってきてやったぞ。でも、濡れているからかぶれないな。そうだ、僕の麦わら帽子と交換しよう」
僕がかぶっていた麦わら帽子をハルにかぶせて、代わりに濡れたそれをかぶった。
ひやりと、背筋まで水がしたたり落ちる。
「いいの?」
「いいよ、濡れている方が坊主頭が冷えてちょうど良いよ」
「ありがとう、明日……またここで会える?返しに来る」
先ほどまでのかげりがぱっと消えて、明るい笑顔になった。
ああ、夕焼けで顔が赤く染まったからか。
「え、ああ……いいよ」
「良かった。そろそろイカナイト……じゃぁね」
ハルは岩場をぴょんぴょん跳びはね、時々振り向いては手を振った。
あっけにとられているといつの間にかハルは川の向こうに渡りきっていた。
「何だよ……あいつ、自分でも取れたんじゃないのか?」
気がつけば、蝉の鳴き声はヒグラシに移り始めた。
「さすがにそろそろ帰らないと」
「おー、勝夫帰ってきたか。お前に見せてやりたいものがあるんだ」
真っ赤な顔をした、父さん、叔父さん、お爺ちゃんの弟の……なんだっけ? 多すぎて分からない人達の輪に呼ばれた。
「ほら、これ見てみろ。お婆ちゃんの小さい頃の写真だ」
そう言えば、見たことがなかった。
「……!」
写真の、中には、さっきの、女の子が、居た。
翌日は朝から大雨だった。
今日帰る予定だった三組の家族ももう一泊することになり、お母さんは朝からバタバタとしていた。
こういうときは大人しく手伝いをした方が良い。文彦も泊まる組に入っている事が気にくわないが。
掃除に洗濯、料理の手伝い……お母さんの後を追っかけるように家中を行ったり来たりしていた。こんな騒がしい中で文彦は自分の家族と一緒にゆっくりしているのが見えたが気にしない。
それよりも気になることがあった。
「この雨だもの、ハルもあそこには来ないよな」
時々外を見て天気の状態を見るけど、雨がやむ気配がない。
「倉越川も深水川も、みな増水して危ない! 流域の家に避難勧告が出ている! 我が家は避難世帯の受け入れになるかも知れないぞ!」
雨合羽を着込んで外の様子を見てきた父さんの叫び声が聞こえる。
倉越川? ハルと会ったところだ。
そういえばどこに泊まっているのだろう?
大丈夫だろうか?
そもそも、なぜハルはお婆ちゃんの幼い頃に似ているのか?
お婆ちゃんの名前は何だったっけ?
疑問が次々とわいてくるが、どうしようもない。僕一人で増水した川に行くなんて無謀だ。
手伝いをしてはハルを気にかけ、を繰り返しているうちに夜になった。
大雨はやむ気配がないけど、作業は一段落したので、ゆっくりと自分の部屋へと戻る。
この大雨で宮内小中学校の体育館、蓮荘寺、そして我が家の三カ所が避難場所になっていたと聞いた。
我が家に避難してきた人達の中にハルらしき女の子は見あたらなかった。
「大丈夫、きちんと避難しているか、避難しなくて済む家に泊まっているさ」
それよりも……もう……寝させて……
「……勝夫君……」
夢?
「……勝夫君……」
ちがう、はっきりと聞こえる……これはハルの声。
「ハル?」
「……そうだよ……起きて……」
そう言われてもまぶたが重い。
「約束……どうして、破ったの?」
そんな、今日は大雨だったし家の中が大忙しだったし……
「私……待ってたんだよ? ずっと」
え? 倉越川で? 増水しているのに?
「だから、会いに来たよ」
頬に息が吹きかかる感触がする。
目が……まぶたが……重くて……開かない。
「起きて……ほら……麦わら帽子……返しに来たよ」
何かが、頭に触れる。
ぴちゃり
濡れて冷たい……何か……
「あ、あえって……」
口がうまく動かない。
「か、帰って」
ふと悲しそうな空気が伝わってくる。
「そんなこと……言わないで……一緒に遊びましょう」
腕に何か冷たいものが触れて……意識が引きずり上げられる!
浮遊感
まぶたが軽い……ゆっくりと目が開く。
僕の下で……僕が……眠っていた。
「君は……いったい……誰なの?」
空中に浮いたまま、隣で泳いでいるハルに聞いてみた。
「言ったでしょ、私はハル……あっちから来たの」
「あっちってどこだよ?」
「さて、どこかねぇ、自分で考えてごらん」
お婆ちゃんの口癖。
そうだ、思い出した。
お婆ちゃんの名前は晴恵。
「やっぱり……ハルは……お婆ちゃん……なの?」
「そだよ」
「何で先に言ってくれないの?」
「いつ、気づくかなと思ったの」
ハルはクスクスと笑っているが面白くない。
「お婆ちゃん、どうしてそんな姿でこっちに来たの?」
「勝夫も私が若い姿をしている方が嬉しいだろうと思ったの」
「な」
耳まで熱くなっているのが分かる。
「お婆ちゃんは……お婆ちゃんだよ」
「おや、悲しいねぇ。せっかく孫と禁断の恋が始まると思ったのにねぇ。お前は死んだ善次郎爺さんによく似ているんだよ」
「お爺ちゃんの代わりなの? そもそも、お爺ちゃんもあっちに居るんじゃないの?」
「それがねぇ……悲しいことに私を置いて先に転生していたのよ。いつもあの人は私より先へ先へと行くんだから」
ぶつぶつ呟いているお婆ちゃんを見ていると、何となく分かった。
お婆ちゃんはまだまだお爺ちゃんが好きなんだ。
だからって、似ている僕にちょっかい出すことはないじゃないか。
「と言うわけで、勝夫。私と一緒に……イカナイカイ?」
さっと部屋の空気が凍り付く。
声が割れたように聞こえた……
お婆ちゃんは今何て言った?
一緒に逝かないかい?
それはつまり……
「あはは、冗談だよ。いくら自分が寂しいからってかわいい孫を死なせるようなことするものかい」
でも、僕は……
「お婆ちゃんと一緒なら……良いよ」
「あらあら、十一の身空で……この世に未練はないのかい?」
「もう疲れたんだよ。良き宮田家本家の後継者でいなきゃいけないことに。勉強はできないし、家のお手伝いはしなきゃいけないし、もっともっと遊びたいのに……何かと文彦と比べられて……あいつが跡を継げば良いんだ!」
「あらあら、ずいぶんと積もり積もっているんだね。よしよし」
急に引っ張られて、お婆ちゃんの腕の中で頭をなでられた。
そういえばいつもこんな風にしてもらってた。
「どれ、私が善勝に言ってやろうかね」
善勝? 父さんに?
「その姿でお父さんに説教するの?」
「なに、どんな反応するか楽しみだよ。勝夫は自分の体に戻っておきなさい」
お婆ちゃんの言葉を最後まで聞く前に意識が深いところまで引きずり下ろされた……
翌日も雨がやむ気配はなかった。
そのせいか、大人達は朝から親族会議を開いている。
昨夜のお婆ちゃんの言葉を思い出す。
「まさか、本当にお婆ちゃんがお父さんを説教したのかな?」
部屋の窓から倉越川の方を眺めながら呟く。
突然ノックの音がした。
「勝夫、入るぞ」
「はい」
いつも厳めしい表情の父さんが、なにやら魂でも抜かれたような柔らかさがあった。
「信じられないようなことを聞くが、まじめに答えろよ?」
父さんの質問が想像ついて、思わず吹きそうになるけど、ぐっと我慢。
「何ですか? 改まって」
「良いか? 一昨日と昨日の二日間でお婆ちゃんに……」
お父さんは言いにくそうにしていたけどつばをぐっと飲み込んだのが分かった。
「お婆ちゃんに会ったか?」
「はい」
あっさりと答えたので、お父さんは目が点になっていた。
「話も……したか?」
「はい」
「じゃ、じゃぁな、文彦が……後継者になればいいと言ったのも……」
こればかりはすぐに答えられない。お婆ちゃんには言えても、お父さんには言いづらい。
「えっと……その……ごめんなさい。お婆ちゃんに愚痴を聞いてもらいたかっただけで、本音じゃなくて」
「父さんに遠慮しなくて良い。言ったか言ってないか」
「言いました」
「そうか……実はな、父さんも……いや、父さんだけじゃなくて叔父さん達も、他のみんなも夢の中でお婆ちゃんと会って話をしているんだが……みんなお婆ちゃんから『文彦に跡を継がせろ』と聞いているんだ」
お婆ちゃん、そんな言い方無いよ……
「で、文彦に聞いてみたら、非常に乗り気でな」
あいつ……
「まぁ、二人ともまだ十一だ。結論出すのは早いだろうから、二十歳になって二人の意思を確認してはどうか、と言うことにしようと思うんだ」
いや、今すぐ結論出してくれて良いです。
「二人とも後継者になる意思を見せたら、勝夫、お前が優先的になるようにする」
父さんの本家としての面子か……
「分かりました。そうしてください」
「分かった。じゃぁ、父さんは会議に戻る」
「行ってらっしゃい」
父さんが部屋から出て行くと、ハルが入れ替わりで入ってきた。
「どうだ、婆ちゃん偉いだろう」
「何したのさ」
「なに、全員寝静まった頃、みんなの意識を私の前に集めて……」
突然ハルの姿がみるみる成長し、お母さんぐらいの年齢になった。
「こうやって、啖呵切ってやったのさ! 『あんた達、分かってるんだろうね!』ってね。あはは!」
腕まくりして、足を台に乗せる姿は何かの映画で見たような気がする。
結局お婆ちゃんは死んでも元気で、親族会議で発言権があると言うことなのかな。
「だから、勝夫。お前は自由になったらいいよ。
秘密のあの縄張りで遊びまわりなさい。
今から縮こまらず、文彦と比べて上であろうとする必要もない。
ただ、もう少し勉強はできるようになりなさい」
お婆ちゃんの言葉を一つ一つ頷きながら聞いていた。最後の言葉に頷くにはちょっとだけためらったけども……
「さて、私はそろそろ逝かないと」
「また会える?」
「勝夫が間違った道を歩みそうになったら、叱りに来るよ」
「じゃぁ、もう会えないね」
「おや、言うね……本当に一人で大丈夫かい?」
僕は力一杯頷いた。
「そうかい、じゃぁ、安心して向こうにいられるね」
お婆ちゃんは、いや、再び小さくなったハルはゆっくりと宙に浮かび始める。
口から出てきたのは去年直接言えなかった言葉。
「さようなら、お婆ちゃん」
「やっと言ってくれたね……さようなら、勝夫」
雨はいつの間にか上がっていた。
ハルは空に架かる虹の橋を渡りながら、小さく小さく消えていった。
「あ、麦わら帽子……返しそびれた」
部屋に残された二つの麦わら帽子を手に取った。
「ま、いいか……もらっておくね、お婆ちゃん」
完
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