52.5話 先遣隊2
(ん・・・・・・?あれって・・・・・・)
先行しているパメラがなにかを見つける。
一軒の家、窓際から少し見えた内部には、骨で作られた武器のようなものが見えた。
慣れていないのか、武骨な形状をしている。だが、それは確かに誰かが作り、使っていたものだった。
それを見て想像するのは、この都市内で生きようとしていた市民がいたということ。
とても生存しているとは思わなくとも、なにか記録のようなものがあれば活かせるかもしれないと、メンバーに合図して家の内部に入る。
――屋内の影、左から殺気が届いた。
パメラが僅かに視界に捉えたのは、壁面いっぱいを使って大きく描かれたような人の顔の模様。
「ふッ」
パメラに襲い掛かる敵との間に瞬時にヴァルグが割って入り大盾で攻撃を受ける。
完璧に受けきりながらすぐに家から飛び出し、全員が戦闘に備える。
彼らを追って飛び出してくるのは、巨大な蜘蛛の姿をした魔物。
「フェイススパイダーだ、こいつは感情や視線に反応してくる。陣形の維持に努めろ」
【フェイススパイダー】、名前の由来は人の顔に似た模様が背中に描かれているから。
Bランクの魔物であり、フォルナがいた頃には外周に存在しなかった魔物でもある。
神龍が討伐された事で、魔物の行動範囲に変化が訪れたのだ。
都市中心部に居た高位の魔物が周辺部にも移動したことで、低位の魔物は生存できなくなり大きく数を減らすこととなった。
「了解ッ」
トォルが剣を手に間合いを詰め振り下ろす。
フェイススパイダーは一度大きく後退すると、糸を瓦礫との間に結び付けて足場をつくろうとする。
「火炎」
ケティの魔法が糸を焼いて足場を潰す。
激しい動悸の中、緊張感を抱きながらの戦闘でも最善手をうてる彼等は間違いなくベテランに相応しい実力者だ。
だが、ぺルナの表情が変わる。
「感知しました!」
ぺルナの声に、敵を注視しながら一度戦闘を止める。
「強敵が接近中!距離五百・・・・・・ゆっくりと近づいて来てます!」
極力戦闘音を立てずに最速の討伐を目指すが、やはり近くの魔物には気付かれる。
おそらく既に何体かは音に反応して近づいているはず。そしてその内の一体は対処困難の格上。
引き際。しかし、せめて格上である魔物の一体の情報だけでも持って帰ろうと、戦闘の継続を行う。
が、相対していたフェイススパイダーに突如横から現れた複数の触手が絡みつく。
「なんだッ?!」
胴に巻き付いたかと思えば、踏ん張る余地さえなく凄まじい速度で触手が返っていく。
触手が返った先には、壺が一つ。なんてことはない、平民でも使うような質素な物だ。その中に、触手が沈んでいき、フェイススパイダーは体を削られながら強引に引きずられていく。
ゴキュっと呑み込んだような音が静寂の中でよく響いた。
魔物同士の殺し合い。
目の前でBランク級の魔物が、何の抵抗もできずに喰われた。その事実に、実務隊の全員が言葉を失っていた。
隙を見せないように全員が壺を注視する。
ただ一人、パメラだけが僅かに壺から視線を外した。
「来ます!」
壺を正面に見た左前方、その奥から悠然と現れたのは白い人型のなにか。
確かな記録を報告しようとする彼らは一様に疑問符を抱いた。『あれはなんだ?』と、なぜなら、あんな魔物は記録上に存在していないからだ。
人間に近い、けれど顔は目を瞑りながら常に笑いを浮かべていてどこか異質。
そして体を覆っている羽毛が、ひらひらと宙を漂っている。
見ようによっては、天使のような神々しさすら感じられるかもしれない。
次の瞬間、触手が異形に襲い掛かる。
先程同様に絡めてるように胴に巻き付き、そして、訳も分からぬままに触手が消滅した。
「な゛ッ?!」
息継ぐ時間もなく、追撃するように、漂う異形の羽が壺に触れた。
かと思えば、振れた場所から壺が崩れていく。
塵となり空気の中に消えていく様は、まるで一瞬にして風化したかのようだった。
「・・・・・・」
誰も言葉を発せなかった。
あれほど異常な力を見せた存在が。今度は、逆に一方的に消された。
白い異形の顔が、ゆっくりと壺から実務隊に向けられた。
変わらぬ笑み、魔物にとって不要の長物であるはずの感情表現のような姿が、相対する存在の不気味さを際立たせる。
「決して羽に当たるな! ケティは羽を焼け!」
大盾を構えながら剣の柄に手を掛けるヴォルグ。隣のトォルも覚悟を決めて剣を握る。
一拍遅れながらもケティが詠唱をはじめ、羽に対処できるかの実証をしようとし、ドロロバは全員に強化魔法をかける。
「・・・・・・はぁ・・・・・・はぁっ・・・・・・!」
ぺルナも短剣を構えるものの、都市の異常性に吞まれかけていた。
恐怖で手に力が入らない。視界も泳ぐ。
(・・・・・・あれは、マネレオン・・・・・・?)
泳いだ視界の端で、瓦礫の壁に張り付いている魔物を見つける。
周囲の環境に擬態することを得意とする魔物【マネレオン】。この魔物には、ほぼ確実に持っているとされる、いわば『固有スキル』とでもいうべきスキルが一つあった。
スキル名は、【まねっこ】。
血を吸った相手の姿を模倣し、技術や一部のスキルも再現できるというもの。
非常に強力であるが、模倣可能な相手は【マネレオン】の体長以下のものにしかなれないという制限があった。
平均五十センチの魔物では、その脅威も限られたものだった。
ただ、ぺルナの視界に入ったマネレオンは二メートル程の体長を有していた。
異形との戦闘が今に始まろうとしている最中、マネレオンが静かに、【まねっこ】を発動した。魔物の姿が崩れ、骨格が変わり、別の姿を模倣する。そして、
――一人の剣士が地に立った。
反応しなかったぺルナのスキルが、魔物が変化した途端にとてつもない警鐘を鳴らす。
都市内部に点在する、どの脅威よりもけたたましく。
「転移ッ!!」
一も二もなく叫んだのはぺルナ。
ヴォルグの指示を超えて、即座に撤退をするよう声を張り上げた。
瞬時に転移石に手を掛けるトォルとヴォルグ。
一拍遅れたのは魔法の発動に集中していた後衛二人と、敵の脅威度をスキルで把握していたであろうぺルナだ。
流れるように一閃を放とうとする剣士。
距離が離れているにも関わらず淀みの無く放とうとする姿に、ただならぬ圧を感じたヴォルグは、退避を一瞬思いとどまり、全員が転移できる一瞬を作ろうと大盾を地面に突き立てた。
流れるような一閃が煌めいた。
「・・・・・・?」
衝撃が来ると思ったヴォルグは、なにも衝撃が来ない事に疑問を抱きつつ、敵を見据える。
最後に見たのは、剣を納める姿と何故か動かなくなった異形。
すぐに転移魔道具が発動し、五人は都市の外にある仮設テントの場所に立っていた。
「・・・・・・ぷはぁっ?! んだありゃ! 絶対死んだと思ったぜ!」
「あんなのが複数いるとか、あんまり考えたくないわね・・・・・・」
「今回は命拾いしましたな」
取り敢えず、ちゃんと転移魔道具が稼働し生き残れたことに安堵の声を零す。
ぺルナも、すぐには喋れなかったが、だんだんと戻れたことの時間を感じられた。
「ヴォルグさん・・・・・・?」
いつもはここで一番に労うような声を掛けるのがヴォルグだ。
その声がないことを不思議に思いながら、ぺルナは声を掛ける。他の面々も少し様子がおかしいことに気づいて一度声を止める。
そしてもう一つおかしな物があった。
ヴォルグの足元に落ちているもの。それは彼の愛用する大盾の下半分。
それがまるで初めから分かれていたかのように、両断されている。
「すまない。引き際を、見誤った。まさか・・・・・・斬られていることにも、気付かないとは・・・・・・」
じわりと、ヴォルグの腹部を一周するように血が滲み始める。
力を失うと、下半身を残して、上半身だけが後ろに倒れた。
「治療をッ?!」
トォルが叫び控えている治療班を呼び寄せた。
倒れ伏す中、動かなくなった羽毛を纏った異形も同じように斬られたのだと、うっすらと悟った。
幸い、ヴォルグは一命をとりとめた。
あまりにも綺麗な断面が、逆に細胞を殺さずに留めていたという。
実務隊が持ち帰った情報はすぐに上層部で共有され、判断を下すことになる。
都市リーデンは禁忌指定区域とされ、周辺地域に人が寄り付かないよう警戒がひかれ、同時に奪還のために、周辺国を含め、一定以上の戦力を持つ者達の呼びかけを始めた。
都市を覆う結界がいつまで持つのか。
唯一の防波堤が、今は亡き神龍のものだという事実は、いずれの決壊を意味している。




