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終焉都市の雑草~凶悪な魔物達に侵略された都市で、たった一人の生存者~  作者:
第二章 森の守護者編

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42話 死の後

 小山の上で足を開いて座り込んでいた主が俯いていた顔を少し上げ、口を開く。


「驚いた。【魂光】が消えたよ」


 見通しの悪い部屋の中、人間の姿をした少年が驚いた様子で呟いた。

 いや、少年と言うにはどこか大人びている。丁度少年と青年の中間に位置するような風体だった。


「あのクラスの呪具に対処できるとなると、大司教以上か司教が複数人は必要だと思うんだけど、君はどう思う?」


 振り返り、尋ねる。


 誰もいないかと思われたが、一拍を置いてコツコツと堅い石床を叩く足音が聞こえた。

 丁度姿を現したのは質素な修道服を着た女性である。社会に貢献する装いではあるが、女性の纏う空気はどこか仄暗い。傍から見た人物が眉を寄せ陰鬱となるぐらいには。


「あの場に神聖国の者が訪れることはありません。神聖魔法に長けた者がエルフの女王から派遣されたのでしょう。それだけの時間はあったようですし」


「おっと棘がある台詞だねえ。そんなに怒らないでくれよ、可愛らしい顔が台無しだよ」


 青年はウィンクして女性にアピールするも、表情は変わらず淡々と事実を述べられる。


「苛立ちもします。【魂光】を封じた魔法は拙いものでした。私が解けばそれで片が付いたはず。それをわざわざ止めたのはあなただ。文句を言う筋合いはないかと思いますが」


「まあそうなのだけれどね。僕は君達から生まれた存在だから、ついついあの場で命を投げ打つ覚悟を決めたエルフ達に、少しだけ猶予を上げたくなってしまった」


 猶予と言っても、それは封印に対して手を出さないというだけ。

 時間が経過すれば自然と結界が維持できずに崩壊することは目に見えていたため、大きく結果には影響しないだろうと思っていた。


 残されたエルフの最善手は村の移動で、森を手放す事でこの案件は終わるはずだった。


「まさか祓う方向に意思を固めるとは想定外だった。いくら優秀な神聖魔法の使い手がいたとしても犠牲なしで済む呪具ではないからね」


 呪具にとって絶大な効果を誇る神聖魔法以外では、二度目以降の攻撃を完全に無効化し、それだけに留まらず無数の命のストックを持っている存在との戦闘など誰であろうと避けるに限る。

 能力に気付かずとも、甚大な被害を見てから撤退することになるだろうと想定するのは容易い。


 もしそれでも祓うことを優先したならば、それだけの理由があの場にあったか、もしくは確実な作戦が誰かによって確立されたか。


「言い訳ですね。いずれ殺す存在に情けをかけてどうするのですか? 私から見れば覚悟ができていないだけの優柔不断な判断にしか見えません」


「はははっ!」 


 声を上げて笑う青年だが、女性の射殺さんばかりの眼光に気付き、咳ばらいをして視線を逸らす。


「いやぁごめんね。笑うのは失礼だったね。君がそんなことを言うとはと、世界中の人が驚く姿を想像してつい。『情けをかけず殺してしまえ』なんていう人物がまさか――」


 少年はその先の言葉を噤んだ。

 修道女を来た女性が嫌うであろうものだったからだ。


 まさか――『救世の聖女』と呼ばれていたなんて。


 過去、数多の命を救い手を差し伸べた当の本人の目は昏く沈んでいる。

 その目は正しく救うべき者を、取り去るべき腫瘍を、目指すべき未来を映していたはずの瞳だ。


「まさか、なんですか?」


「いや、こんな美女だとは世も末だなと」


「見た目と思考は関係ありませんよ。そのようなことを考える暇があるならさっさと世界を滅ぼして下さい。それか私がやるのを邪魔せずに見ていて下さい」


「あれ? 厄介者扱い?」


「気分で計画を変えるのですから厄介者と呼ばれても仕方がないと思いますが」




◇リリク視点




「ちょっと待ってよ~」


「ごめんごめん、もうすぐ始まっちゃうからちょっと急ごっか」


 ――死んだか。

 眼前の光景を呆然と見つめながら俺はそう確信した。


 人工的に作られたであろう都市の中、子供たちが和気あいあいといた様子で遊び回っている。種族の殆どは人族で、森人の俺は完全に浮いた存在だった。


「・・・・・・確か」


 生前の最後の記憶。

 異形と対峙し、己の命を代償にした結界で封じたところまでは覚えている。

 それ以降に意識はなく、ただ漠然とした夢のような心地で何処かにいたような気がするだけだ。


 ただ、この場所にくるほんの少し前に、なにやら安堵の感情を抱いた気がすると、薄っすら記憶に残っていた。


親友(あいつ)がなんとかしてくれたって事かねぇ。にしても、あの世ってのは、思ってたのと随分と違うな」


「おぉ兄ちゃん新入りだな? あのお方が待っておるはずじゃ。教会へ連れてってやろう!」


 あの世を散策していると人族の爺さんが話しかけてきた。


 全く関わってこなかった種族との会話に若干の緊張を覚えつつ、まあ死んでるしそんなの関係ないか、という結論に至る。


「あんがとな爺さん!」


「なあに、いいって事よ」


「それにしても死後の世界ってのは思ってたのと随分違うんだな。魂が整然と並び、次の転生先を神が決めるような光景を想像していたんだが」


「ああそれはだな。いや、わしが言うよりもあの方に聞いた方が早いな。ほれ、あそこじゃ」


 爺さんの指さした方に視線を向ける。

 見えるのは教会だった。神に祈る場所という認識だったが、死者の世界にもあるんだなとなどと考えながら教会の扉の前まで移動する。勝手に開けてもいいのかと爺さんに聞こうと振り返ったが、その時にはもう何処にも姿がなかった。


 扉を開けば、ごく一般的な教会の風景が広がっていた。

 奥に像が建てられており、その前を幾つもの椅子が並べられている。

 長椅子の間を通り、奥へと移動する。

 よくよく見れば、神が祀られる像は自分が知識として知る神のどれにも当てはまらないものだった。


(知らない神だな。双子か? いや似てないし、それよりなんか体勢がおかしいだろう)


「膝枕?」


 なにやら珍妙な服を着た女が男を膝枕している様子を切り取ったように見える。

 そして像の前には、像と同じ格好をした女が膝を付いて頭を垂れていた。


 周囲を見渡しても他に誰かが居る様子もない。

 話しかけようかと思っている間に、先に女が立ち上がり振り返る。


 拘束具で体の大半が隠れているが、それでも分かる端正な顔立ち。

 まるで少女人形のような整いように魅かれる以上に、気味が悪いという感情が先に来た。


『初めましてリリク。私はイノリ、あなたを呼び出した者です』


 魔力で形どられた文字が中空に浮かび上がる。

 発声ができないのだろうか。封印という単語が脳裏に浮かぶと、それに紐づけられる神は碌なものではないのでは? などという思考が浮かび上がる。


 いや、まだ分からない。

 俺が知らないだけでこれが神界の新たな流行である線も零ではない。なにせ神は下界の者達とは超然した思考を持つというから。


「ということはあなたが神? いや天使なのでしょうか?」


 すぐに浮かび上がった疑問に対し女は首を横に振った。


(うわぁ、地獄かよ・・・・・・)


 いや、もしかしたら天国とか地獄という空間がそもそも存在しないのかもしれない。

 霊体やら転生者の証言やらでまことしやかに囁かれているという記録だったが、俺が生きていた時代にそれを証明できる存在に出会ったことがないからなんとも言えない。


「俺が、いや私が呼び出された理由とは」


 しばし無言の時間が続き、それを断つように言葉をつづけた。


『あなたには盾になって欲しいのです』


「盾、ですか」


 女が像に視線を移す。

 視線の先は寝転がっている男の像だ。


『私の主人は無類の強さを持っておられますが、不死身でありません。心臓を止められれば死に、脳を破壊されれば死ぬ』


「・・・・・・神は不滅だと聞きましたが」


『神?』


 女は振り返らなかったが、俺は即座に目を合わせないように伏せた。

 弱者が強者の目に映らないようにするかのように。


 地雷を踏んだ。


 そう察するにあまりある程の「死」を感じ取った、取れたのは俺が死を経験したからだろうか。エルフは他者の感情を読み取るのに長けた種族である以上に、眼前の存在はその感情を全く隠そうとしない。


 剥き出しの感情、それは死の間際相対していた存在も同様で、女があれと同種であることをようやく察した。


『私の主人は神ではありません。驕り、嘲り、庇護下に置いてやると吹聴しておきながら、絶対の強者の前では背を向け逃げ出すような臆病者ではありません。あの方は弱者であったにも関わらずその足を前へと進めた。口だけの者と比べるなど。あなたには丸一日程説法を聴いて頂く必要がありますね』


 あの時との状況の違いは、周囲に仲間がいないこと、武器がないこと。

 そして力の差があり過ぎること。

 相手は下手に出るような丁寧な物腰で、両手足に加え目まで拘束されている状態にも関わらず、寸分先の未来の死がありありと想像できる。


(信じたくねえなおい。俺が死に物狂いで封印したあれが、まるで小物に感じるなんてよお。っていうか、まさかこの女、あのカンテラ野郎の仲間じゃねえだろうな)


 というか魂に干渉できる存在なんて聞いた事も無い。

 自分の知識経験で測れないものは正直言って怖い。関わりたくないのが本音だが、わざわざ呼んだってことは俺になんらかのアクションを望んでいるんじゃなかろうか。


「せ、説法でもなんでも聴きましょう。ただ、一つだけお聞かせ願いたい。貴女の目的は私の家族、仲間の不利益になるものかどうかを」


 少しして、女は再び俺に向き直った。


『やはりあなたの魂は綺麗ですね』


「え?」


『大丈夫ですよ。主人の邪魔をしない限り、あなたの恐れることは起きません。そして私があなたに望むのはただ一つ。主人の害となるものの排除に手を貸して頂く事』


 そこで初めて女は笑みを見せた。


『あなたは確かに死にましたが、それは肉体だけ。魂が結界で阻まれていたのが良かったのでしょう。輪廻に加わる前に私の元に呼ぶことができた』


 中空の文字を眺めながら、死んだ爺さんの言葉を思い出す。


――女の笑顔には気を付けるんだぞ! 打算が多分に含まれておるからな。甘言を申す者にはより注意が必要じゃ。それで身を滅ぼした者を幾人も見てきた。かく言う儂も昔はそれで揉めて何度も死にかけたわい! はっはっは!


『残してきた家族が心配でしょう? 目をかけていた親友も、その娘も心残りの筈。私に手を貸して頂けるなら、陰ながら見守る事ができるでしょう。いずれは肉体も用意することも不可能ではありません』


――さあ、どうします?


 一択しかない答えに顔を引き攣らせながら俺は答える。

 女は満足げに頷いた。


「くそっ、爺さんに対処法でも聞いときゃ良かったぜ・・・・・・」


 いずれ会う時の笑い話になるといいが、まだ俺の人生は少しばかり続くらしい。


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