35話 現実
戦闘が開始されて数分。
核を破壊された異形達の体が崩壊していく。
異形の生態を報告したものの情報から、弱点を知っていたエルフ側に油断はなく、核を破壊していくことで着実に敵の数を減らしていた。
「負傷者は?」
「多少の切り傷はあるが戦闘に支障はない」
「よし」
核を破壊しなければ絶命しない。そして驚異的な回復力を持つ異形の相手は弱点を分かっていても並大抵のものではなかった。
特に戦闘経験の少ないものは、矢で頭を貫いても、斧で半身を両断しても蠢く姿を見て不安に呑まれかける。に呑まれているようだった。
それを制したのはユナンの存在があったからだ。
彼の肩書は村の村長とするにはあまりに異質なものだった。
元女王直属近衛騎士。
第一近衛魔法兵連隊副団長、ユナン。
土魔法に高い適正を持ち、膨大な魔力で広範囲の戦場を操作する姿から、【掌握者】と呼ばれ恐れられた実力者である。
彼の戦いは終始敵の行動を抑制する。
地を揺らし体感をゆさぶる。壁を生成し行動範囲を狭める。飛翔している者には次々に土の槍が投射される。
ユナンと戦ったことのある者は口を揃えてこう言う。
『誰があんなのと直接やり合うか。師団の中にもう一つ軍隊があるようなもんじゃねえか』と。
「ふぅ、戦場を離れて久しいが、少し思い出してきたかな」
串刺しにされた幾重もの異形共を眼下にユナンはそう漏らす。
「ラルフもありがとう」
『俺達の仲だろう。例など不要だ』
隣にいるものに声を掛ければ、笑みを浮かべそう返って来る。
ユナンの傍には人型の髭を生やした筋肉質な男が立っていた。背はユナンより幾分か低い。
彼の正体は精霊だ。
土を操る能力を持っており、ユナンに力を貸していた。
精霊は自身の気に入った相手に力を貸し、代わりに安全な生活圏を要求するなどして共存する者が多い。
特に自然を大切にし、魔法への適正が当た貝エルフとの相性が良く、この2種族は長らく友好が続いている。
「ごほっ、いやぁ頼もしい限りですが少し暴れ過ぎでは? 少々砂が・・・・・・」
「それはすまない。では少し下がろう」
当初の緊張が落ち着いたようで全員の動きは悪くない。
敵の強さは平均してD~Cランクのものが多い。地形を操作してこちらの得意な戦場に持ち込めば、余裕を持って対処することは可能だ。
「バーシュ、暴れて構わない。戦場は私が作る」
「おっいいのかい。若い奴等の経験値に丁度良さそうだが」
「ああ構わない」
近衛時代昔馴染みに声を掛け、ユナンは後方から戦場を俯瞰するように、足場を生成して見下ろす。
斧を持ったバーシュが戦場を駆ける。
彼はエルフの中では珍しく、魔法よりも身体能力に特化した戦士だ。
長い修行の果てに闘気を身に着けた戦士、強化魔法に加えて闘気を併用した肉体は限界を容易に超えて敵を粉砕する。
練度は全てC以上、筋力に関してはAに到達している。
つまりはレベルに応じた能力を上限近くまで引き出せるということだ。それだけの実力があるからこそユナンは戦場を任せて敵を俯瞰する。
未だに先が見えない敵の数。
これほどに溜まっていたのは意図的か否か。そして最大の問題は偵察からもたらされた情報にあった驚異的な能力を持った敵の存在だ。
【キコ】を一撃で屠った実力からおそらくはSランク以上に該当する。対処、もしくは時間稼ぎができるのはここにいるユナンとバーシュ、残りはチームに一人ずつだ。
もし姿を表せば他のチームに連絡するように話合わせてある。
その時は空に光球の魔法を炸裂させる。
(まだ大丈夫そうだが)
闇夜にまだ明かりは上がっていない。
戦場の空気が読めずに目を細めるユナンは、異質な空気を感じて視線を敵の軍団に向ける。
「あれは……」
オークを思わせる2メートル近くの巨体。
その身は甲冑に覆われ、巨躯を隠せるほどに堅固な大盾を持っている。
情報にはなかった敵だ。
軍団の中央、他の異形に隠れるようにして低く身を沈めたそれは、大盾を前にして地を蹴り出すような姿勢を取る。
「バーシュッ!」
警告と同時、炸裂音が響く。
土魔法で蹴り出す瞬間に沈めた地面の上で、関係ないとばかりに空気を蹴り出したそれは一直線にバーシュへと迫った。
吹き飛ばされる異形の群れ、勢いのまま豪快にへし折れ吹き飛んでいく木々に息を呑む。
地面に刻まれた線から外れた場所でバーシュは若干笑みを歪めながら、斧を握り直す。
「ははっ……また厳ついのが出てきたな。だが一体なら――」
――ざっ……ざっ……
緊張の中でその足音はよく響いた。
誰もが呼吸を整え一度態勢を整えようとする中で、とても悠々としたものだったから。
仲間の一人が即座に光球を空へと発射する。
高く挙げられた光に照らされてその異形の姿は鮮明に映し出された。
(嫌なタイミングでくる)
なるべく想定外の事態は出したくなかったが、盾を持った異形のインパクトが強すぎた。若い連中の心身の負担を想定しながらもこれからの戦いを想定する。
「ごほっ」
咳が聞こえ、その直後殴打されたような鈍い音が耳朶をならす。
視線を戻せば盾を持った異形が腕を振るった姿が見え、その先には攻撃を受けたであろうバーシュが咳き込みながら斧を杖に立ち上がろうとしていた。
(一撃を受けた なぜ? 報告の異形 気が散ったのか 負傷具合は? )
刹那の思考、導き出される解は、
「うっう゛うん、がはっ」
また、誰かが咳をする。
その原因は砂塵ではないのかと脳裏をよぎったユナンは振り返り咳をした者を探す。
「えっ、あれっ? なんで」
年若いエルフ。
口元を手で覆っている彼の手には暗闇でよく見えないが、血が吐き出されたのが分かった。敵の攻撃を一撃も受けていなかったのに何故と周囲に視線を巡らせる。
風、木々、そして異形の死体。
「ッ! カントッ死体を吹き飛ばせッ!」
「は、はいっ!」
風魔法によって死体はすぐに吹き飛ばされる。
異形の死体が消滅するまでになんらかの影響を与えているのだというユナンの想定は当たっていた。
体の崩壊が始まった異形は、灰のレベルにまで細分化された一部を敵の鼻孔や口内に侵入させる。臓器内部に付着したものは微小で、あまり効果はない。生命体の自浄能力で消える程度だ。
しかし、それが短期間で、その上大量に侵入してきたらどうなるか。
「かはっ」
ユナンは口元を抑えて咳を始める。
呪いは静かに、それでも確かに敵を蝕む。
◇
ユナン達とは別のチーム。
左側の崖からの異形への対処を請け負っている者達は6人。
それを更に2人ずつの3つの班に分かれて広範囲をカバーしていた。とはいえ風魔法で声を乗せれば隣の班に声は届く程度の距離で、問題があれば近くの班が助けられるようになっていた。
「よしっ、問題ないな」
左翼側のリーダーはオーランと呼ばれる年長のエルフだ。
射手としての腕は確かで、距離が100メートル以内であればまず外さない。
「確かお前は初戦だったな。大丈夫か?」
「はいっ! 気付けばオーランさんが倒してくれるので楽なもんっすよ!」
「全く、あまり気は抜くなよ」
少し緊張感に欠けるが、初めての戦闘で興奮しているのだろうと大目に見る事にしてオーランは他班の様子を尋ねる。
『状況は』
『1班問題ありません』
『3班は4、5体来ましたが問題なく対処しました。負傷者ゼロです』
報告に一つ頷いて、ユナンのいる方角に視線を向ける。
(合図はまだ、か)
偵察の報告を聞いた限りだと、件の異形に近接戦を仕掛けるのは難しい。
ユナンと自身の矢で核を狙うしかないだろうとオーランは考える。即座に動けるように準備しているが、未だに対象は現れていない。
「にしても静かすぎる」
中央に近い3班は数分おきに異形が現れるようだが、オーランの班はそれよりも少なく、1班に至っては皆無である。
油断はできないが、余剰分を別に回した方がいいのではと思う程度には負担がなかった。
草木が揺れ、流れるように弓に手をかけ矢を射る。
体を射抜かれた四足型の異形が鏃によって木に縫い留められ藻掻くが、続く2矢3矢で急所を射抜かれて絶命する。
とはいえこのように全く異形がこない訳ではないのだ。
ここを抜かれて村にでもいかれてしまえば、それは敗北と変わらない。
「ん? なんだこれ」
疑問の声に視線を向ければ、崩壊していく異形の中になにかがいるようだった。
今まではなかったものだ。近付き、それがなにかを確認する。
(スライム?)
体は流体、その中に目玉と思わしきものが一つ。
透明に近く中に核が見える。
目玉が動き、オーランに視線が合わせる。
流動する体で弾むように地を跳ねて飛び掛かるが、瞬時に腰から短剣を抜いたオーランが核を斬り割いた。
「おわっ?! なんすかこれ。気持ち悪」
「・・・・・・」
短剣を腰にしまいながらオーランは考え込むように黙り込む。
会議に出ていた呪いという言葉を聞いてから、彼は敵をそこらの魔物と同一には考えていなかった。
呪いと聞いて想像するのは悲惨な未来だ。
それは悪意であったり、祟りであったり、兎に角単純な力での戦闘に限らないという印象を持つ。
より狡猾に、そして人心を惑わすような敵なのではないかと疑っていた。
そして今のスライムだ。
一体であれば非力極まりないそれは他の異形に紛れるようにしてこちらへと来た。
なんのために?
スライムが狙って来た場所を振り返り、オーランは再び連絡を取る。
『もう一度確認する。現状を報告せよ』
『3班は更に2体ほどの敵と戦闘。問題なく対処しました。負傷者もいません』
『1班問題ありません』
オーランは静かに動き出す。
『3班了解した。1班もう一度報告を』
『1班問題アりません』
手の合図でもう一人に付いてくるよう合図を送りながら少し早足になる。
『1班、相対した敵の数を報告せよ』
『1ハん問だいアリマせん』
歯を噛みしめ、駆け出す。
草木を掻き分け、一班がいるであろう場所へと抜け出す。
そこでは本来なら2人のエルフが問題なく臨戦態勢をとっているはずだった。
「1ハンモンダイアリマせん。イッハンモンダイアリマセン」
血だらけで木を背に座り込んだものが一名、その頭部には先程のスライムが乗っており、寄生しているのか無理矢理に宿主の声帯を動かし声を出している。
もう一人のエルフは体を切り割かれて絶命しており、無残に地面に転がされていた。
そして、おそらくは四足歩行型の異形による獣道が――村の方へと続いていた。
「・・・・・・くそっくそっ、くそがッ!」
村へと駆けだす。
『3班ッ! 全速力で村に移動せよ! 1班がやられ異形に抜かれた。防衛に切り替える!』
『りょ、了解!』
村は魔道具によって隠されているはず、そのはずであるが。
「なんで、迷いなく進んでやがるッ!」
一直線にその道は村へと進んでいた。
これでは全速力で向かっても先に――
残酷な未来が脳裏を過ぎて、そして間髪入れず背後で光球が空高く上げられる。
それは件の異形が現れたことを示していた。




