第一話 ~恋とは、簡単に落ちてしまうものだから~
連続投稿でございます……。
私と彼の出会いはそれはもう、ロマンチックで運命的なものだった。
大学の合格結果の紙が張り出された時。
私は人盛りの中で自分の番号と紙の数字を照らし合わせ、無事に自分の番号を見つけた。
まぁ、私は地頭が良かったので受かるだろうと予想はしていたが、それでも安堵はした。
さぁ、合格している事を確認したし、さっさとこの人混みの中から去ろうと人々の隙間を通っていた。
その時にうっかり、顔から人にぶつかってしまった。
慌てて、顔を上げた時に相手の顔を初めて見た。
時間が止まったかのようだった。だだ、私の瞳には彼しか見えなくなり、周りの雑音が耳に通らない。
不愉快そうに眉を寄せた彼、だが確かに彼の手は優しく私を受け止めてくれている。
嗚呼、この人は優しい。そう、私の本能が囁いた。
私の、本能が、そう言っているんだ。私自身が従わなくてどうする。
誰かに言わせれば、チョロ過ぎないかと言われる。
だが、それで結構。コロリと簡単に落ちる恋だとしても、その愛はねっとりと深い底なし沼だ。
それから私はすぐに秘密のルートから彼の素性を洗い始めた。
彼の名前、今の住所、ご実家の住所、彼の家族構成、生まれた年と月日、出身地、これまでの交際歴、どこまでも調べられる限界まで調べ尽くした。
彼の名前は加賀 達央。父と三歳下の双子の妹と弟を持つ。母は双子を産んでしばらくした際に他界。小中高とモテていて、相手が途切れる事はなかったとか。
そして、調べている際に気になる事を見つけた。
今の彼を観察していると、勿論交際している人間も自ずと見てしまう事になるのだが。まぁ、相手に向ける笑顔をいつかは自分にも向いて欲しいと妄想して、苦痛を紛らわしていたが、私はある事に気付いた。
結論から言うと彼は冷めやすい人間なのだ。
愛情に執着が出来ない。捧げたら、捧げた分だけ減り、増えたりはしない。
彼にとって、恋慕は消耗品なのだろう。
だが、彼にも根に持つ感情があるようだった。それは憎しみだ。
嫌い。殺したい。という負の感情だけはいつまでも彼の心に根付く。私とは正反対のタイプだった。
それでも、それを踏まえても私の恋は消えなかった。反対に深みを増しただろう。
これまでの恋人達が気付きもしなかった事を私が気付いたのだ。彼の本質、本音を。
そう考えるだけで私の心が満たされ、飢えていく。
あぁ、彼に近付きたい。恋人という何の価値もない立場よりも、憎い相手として思われ続けたい。
彼に憎まれたい。彼に、嫌われたい。
そう思い立ったが吉日。
私はすぐに新しい住所となる物件を探し始めた。
運が良いことに彼の隣の部屋が空部屋になったばかりだった。あぁ、とても運がいい。なんでも、前の住民が夜逃げして行方不明になっているらしいが、そんな事はどうでもいいな。うん、どうでもいいことだ。
私は即契約をして、その部屋に引っ越す事が決定した。
そして、元々持っている物が少なかったのもあり、引っ越しは恙無く速やかに完了した。
まぁ、引っ越す事を話した時に兄に泣き付かれたが、それ以外は何も問題はなかった。
そして、私は彼の部屋の前に立った。
やっぱり、引っ越した後は住民への挨拶だろう。
私からしたら、合格発表の日が彼とのファーストコンタクトだが、彼からしたら、この挨拶が私とのファーストコンタクトなのだろう。
私は彼の事を調べ尽くして、もしかしたら歴代の恋人が知らなかった事も知っているのに、彼は私の事を知らないと思うと、可笑しくて笑いが零れる。
あぁ、今からチャイムを鳴らすのかと思うと私は珍しく緊張した。
彼が今、部屋にいることは分かっているし、彼は居留守を使う人じゃない。だからチャイムを鳴らしたら、彼が出てくる。
引っ越す前からある人にお願いして、彼の写真を撮って貰っていたが、実物の彼を正面から見るとなると、写真とは違い、彼の瞳は私の写すことになる。
そう考えると、期待で足が震え、腰が抜けそうになる。
ああもう、駄目じゃないか。今から念願の彼に会うというのに、こんな腑抜けた状態じゃあ。
深呼吸をして、自分を鎮め、緊張で贈り物のタオルを落とさないように抱き抱え、チャイムを鳴らす。
ピンポーン! と鳴るチャイムに胸が高鳴り、緊張が悪化する。
ガチャッと鍵を外す音がして、体が強ばる。
「はーい、どなたですか?」
扉が開いて、彼の姿が見えた。
さっきまで寝ていたのかもしれない、彼のふわふわとした黒髪はピョンと上に跳ねて、寝癖が付いている。
それでもやっぱり、写真や遠目で見るよりもずっとずっとかっこよくて。
私の胸はドキリと高鳴る。多分、今の私の顔は赤くなっていることだろう。だって、こんなに顔が熱くて、緊張で汗が出てきそうだ。
「あっ、あのっ。私、隣に引っ越してきた者で、えっと。御堂 冬雪ですっ。これからよろしくお願いします!」
緊張で頭も下も回らず、吃り気味になりながらも挨拶をし、タオルを前に出す。
「これ、無難な物で申し訳ないんですが……」
そう言いながら、彼に差し出すと彼は「ご丁寧にどうも」と受け取ってくれる。
「俺、加賀 達央って言います。何かと迷惑かけるとは思いますが、よろしくお願いします。せっかく隣同士なんで、仲良くしてくれると嬉しいです」
そう微笑みながら、手を差し出す彼に胸がキュンと反応するが、なるべく態度に出さぬように私はその手を握る。
や、柔らかい。いや、女性のように柔らかいのかと言われれば、男性のような硬い手をしているが、なんか柔らかく感じるのだ。
惚れた弱みでそう感じていると言われると、そうなのかもしれない。
この際、どうでもいい。今、私はあの日に私を支えてくれた手を握っている事が重要なのだ。
さぁ、ここからが本番だ。もしかしたら、彼の手を握るのはこれで最後かもしれない。その為にしっかりと覚えておこう。
「はいっ、こちらこそよろしくお願いします!」
愛している。君が会ってきた人間の中で一番君を愛していると自信がある。そう自信が溢れ出すほど、君を狂い愛している。
でも、だからこそ。
私をこの世の誰よりも、嫌ってくれ。
バタリと扉が閉まると同時に私はその場にへたり落ちた。
「あぁ……やばいな、これは」
あまりの興奮と緊張で私は、腰が抜けてしまったようだ。
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたら幸いでございます
本当にすみません……。このような愚かな作者で大変ご迷惑おかけします……。