36話 思わぬ朝の出来事
眠っていると、身体に弾力性のあるやわらかな抱き枕がある。
それをギュッと抱くと甘くて良い香りがして、とても抱き心地が良い。
どこまでも眠っていたいという気持ちに勝てない。
薄目を開けると、くりくりとした大きな瞳が俺の顔を覗いている。
優の顔そっくりだ。
とても愛しくて可愛い。
俺はそっと唇と重ねる。
これは夢だ……優が俺と一緒のベッドに寝ているはずがない。
「たっくんは優のこと好き?」
「好きだよ……大好きだよ」
寝ぼけた頭で、夢の中の優に俺は好きだとささやく。
すると顔を真っ赤にして、夢の中の優が俺の唇へキスをしてくれる。
「私のこと愛してる?」
「優のことを愛してる」
「私もたっくんのこと愛してる」
夢の中の優は積極的に俺に抱き着いてキスの雨を顔に降らせる。
なんとも幸福な夢なんだろう。
なんて幸福な夢なんだろう……いつまでもこの夢を見ていたい。
置時計のアラームの音が聞こえてくる。
それなのに目の前の夢の優は全く消えずに、そのまま俺の瞳を覗いてくる。
何かがおかしい……
昨日は寝落ちしてしまって机で寝ていたはずだ。
自分がベッドで寝ているのがおかしい。
目の前の優が俺の体をギュッと抱いて離さない。
柔らかくて弾力があって、とても気持ちがいい。
最高の抱き枕だ。
しかし……おかしい。
時計のアラームが鳴った。
俺は目を開けている。
それなのに目の前の夢の優は消えない。
そして気持ち良い抱き枕が存在する。
「もしかして……本物の優か?」
「そうだよ……たっくん寝ぼけてたの?」
慌ててベッドの布団をはぎ取ると、俺と優は、俺のベッドで抱き合って眠っていた。
これはどういうことだ……
「一体……昨日は何があったんだ?」
「覚えていないの?」
「ああ……机で寝落ちしていたはずなんだが……」
「机で寝ていたたっくんを私が体を支えて、ベッドに寝かせたの。そして一緒に寝たんだよ」
優は何事もなかったかのように答える。
俺は頭を抱えた。
とうとう優と一緒のベッドで寝てしまった……
それだけは頑なにしないと心に決めていたのに。
「たっくんは私のこと大好きで、私のこと愛してくれていたんだ。嬉しい」
たしかに俺は夢だと思って言ってしまった。
俺の本心を……
恥ずかしくて優の顔を見ることができない。
優はベッドから起きると、優しく俺の頬にキスして、髪をポニーテールに結いあげる。
「私……シャワー浴びてくる……後、朝食の用意をしてくるね」
そう言って俺の部屋を出ていった。
昨日の夜は、先に優がベッドで寝てしまったから、寝落ちでいいと思って机で勉強していたんだった。
夜中に優が起きて、俺をベッドに寝かせるとは思わなかった。
これは俺のミスだ……
恥ずかしい告白までしてしまった。
コーヒーでも飲もう。
今は優も朝のシャワーを浴びるために自分の家へ戻っているはずだ。
自分の部屋を出てダイニングへ向かうと、浴室からシャワーを浴びている音が聞こえる。
俺の部屋でシャワーを浴びているのか……
これでは同棲しているのと変わらないじゃないか。
まだ俺達は高校生だぞ。
同棲はまだ早いだろう。
優がバスタオル1つの姿で脱衣所から出てくる。
「たっくん、私ってきれい。たっくん好み?」
白い雪のように透き通る肌が、シャワーでピンク色に染まってとてもきれいだ。
優はその恰好のままクルリと回転して、俺に全身を見せる。
その回転スピードが早かった。
はさんでいたバスタオルの端が、取れて、ハラリとバスタオルが床に落ちる。
一糸まとわぬ優の抜群のスタイルが目の前に立っている。
俺は優を見たまま、瞬き一つできない。
息をするのも忘れてしまった。
「キャー。たっくんのエッチ。私の全てを見たんだから責任とってね」
そう言って、バスタオルを持って優は脱衣所へ走って逃げていった。
一糸まとわぬ優はとてもきれいで美しかった。
頭の中で「責任とってね」という言葉が繰り返される。
どうしてこうなった……
胸のドキドキが止まらない。
頭の中は優の裸体でいっぱいだ。
落ち着け俺。
いつもの優のからかいだ。
とにかくコーヒーを飲んで落ち着こう。
俺はダイニングテーブルにあるコーヒーメーカーからコーヒーをいれて、ダイニングテーブルの椅子に座ってコーヒーを飲む。
まだ胸がドキドキいっている。
脱衣所から優が上下スウェット姿で現れた。
「ちょっとヘマしちゃった……相手がたっくんだからいいよね」
そういう問題か……
俺は今日1日、優の裸で頭がいっぱいになりそうだというのに。
昨日、勉強した部分など、どこかへ忘れてしまった。
「私、下着も着替えたいし、制服に着替えてくるね」
頬をピンク色に染めた優がダイニングを横切って玄関へ向かおうとする。
その途中で俺の目の前で足を止める。
「今日のたっくん可愛かった。いつも素直に言ってくれると嬉しいんだけどな」
そう言って、俺に軽くキスをして玄関から出ていった。
コーヒーを飲んでも、まったく心が落ち着かない。
俺は自分の部屋へ戻ってベッドに潜り込む。
ベッドには優の甘い香りが残っており、俺は優のことを考えながら、もう一度眠りの中へ沈んでいった。




