26話 拓哉の答え
優が夕飯の用意を持って玄関へ入ってきた。
そして手慣れた様子で、椅子にかけてあるエプロンを着けて、頭をポニーテールに結わえる。
「料理の下準備をしちゃうからね」
「ああ……頼む」
俺はダイニングテーブルに座って、ポニーテル姿の優を眺める。
モデル級のスタイルに、豊満な胸。
八等身の美少女が俺のために料理の下準備をしてくれている。
優が来るまではこんなことが起きるとは夢にも思っていなかった。
優は振り返って、俺を見てニッコリと微笑むと、コーヒーをいれて、俺の前に置いてくれた。
俺はコーヒーを飲みつつ、優を眺める。
過去のトラウマが無かったら、優のことをどんな風にみていただろう。
俺は優のことをどう感じて、どう思っていただろう。
初めて自分の心と真正面から向き合ったような気がした。
料理の下ごしらえをすませて、対面の椅子に座った優が優しい目で俺を見つめる。
そして優しく穏やかに微笑む。
「今日のたっくん変? 何を真剣に悩んでいるの?」
「優とのことを考えていた。優に色々としてもらっているけど、このままでいいんだろうかって」
掃除をしてもらい、洗濯もしてもらい、夕飯も作ってもらい、家事全般をしてもらっている。
今では優が家の全てをしてくれている。
このまま優に甘えていいのだろうか。
「別に私が好きで、家事や夕飯をしてるんだよ。だからたっくんが真剣に考えることじゃないよ」
「しかし……いつまでも優に頼るのも悪いと思ってな」
「そんなことないよ。これからも私にやらせて。好きでやってるんだから」
「……ありがとう」
どうして、そこまで俺に尽くしてくれるのだろう。
俺からは何の見返りもないというのに。
「どうして、優は俺に尽くしてくれるんだ?」
「それはたっくんのことが大好きだからよ……大好きでなかったら手伝いなんてしないよ」
俺のことが大好きか……
俺は優のことが大好きなんだろうか。
「優はどうして幼稚園の時から俺を追いかけまわしていたんだ?」
「それはたっくんのことが好きだったからよ」
「小学校の時、他の男子達が俺を虐めていると助けてくれたよな。それなのに俺をからかったり、虐めたりしたのはなぜなんだ?」
「それはたっくんが私から逃げようとしたからじゃない。毎日、毎日、捕まえる度に逃げようとするんだもん。私はたっくんと遊びたかっただけなのに」
夏希の言っていた通りだ。
やはり優は幼稚園の頃から俺のことが好きだったのだろう。
そして好きな子ほど虐めたくなる衝動で、動いていたに違いない。
「実はな……俺、小さい頃のトラウマで、女性が苦手なんだ。だから女子と今まで距離を取ってきた」
「そんな話、たっくんから初めて聞いたわ」
それはそうだろう。
俺にトラウマを植え付けた優に、そんな話をするわけない。
今までは隠してきたが、今日は正直に話をしよう。
「俺は今まで女子と距離を取ってきた。だから女子を好きになったこともない。恋や愛なんてわからない」
「そうだったんだ。小さい頃に色々あったんだね」
虐めたり、からかったりしたほうは忘れているが、されたほうは鮮明に覚えているものだ。
だから俺は小さい頃がトラウマになって女子を遠ざけるようになった。
そのことは一旦は置いておこう。
話が進まない。
「俺はだから恋や愛はわからない。今は正直にいうと優のことをどう感じているのか、どう思っているのかを考えていた」
「答えは出た?」
「……まだ出ない」
「焦らずに探せばいいと思うよ。私はたっくんと一緒に居られて幸せだし」
「うん……ありがとう」
焦ってるつもりはない。
ただ……自分の正直な気持ちを知りたいだけだ。
優のことをどう思っているのか、自分でも知りたい。
優は優しく穏やかに微笑む。
切れ長の二重に大きな瞳。きれいな鼻筋に色っぽい唇。
透き通るような白い肌。
どこから見ても超美少女だ。
普通の高校生なら、優と付き合えるというだけで感激の涙を流すことだろう。
しかし、外見も大事だが、中身も大事だ。
それに俺がどう思っているのかが一番重要だ。
椅子に座っていた優が立ち上がってキッチンで夕飯をつくりはじめる。
その後ろ姿をみているだけで安心する自分に気づく。
怒っている優、楽しんでいる優、笑っている優、不機嫌な優、どんな表情をしていても、優がいてくれるだけで心が安心する自分がいる。
優がいなくなると思うと心が暗くなり、重くなる。
俺の心の中は優でいっぱいだ。
いつの間にか、俺の生活の中心には優が微笑んでいた。
やはり俺は優の傍にいたいんだ。
そのことに気づく。
優が家事をしてくれるからじゃない。
優が勉強を教えてくれるからじゃない。
優が何かをしてくれるからじゃない。
優が何もしていなくても、優が傍にいてくれるだけで俺は安心でいられる。
恋や愛という言葉はわからない。
ただわかるのは一緒に傍にいたいということだけだ。
夕飯の準備を終えて、優が椅子に座る。
今日はいつもよりも大人しい。
俺がこんなことを考えているせいだろう。
「答えは出た?」
「……ああ」
テーブルの上に置かれた優の手が震えている。
俺の答えを聞くのが怖いのかもしれない。
手を伸ばして、優の手の上にそっとのせる。
「優に傍にいてほしい。優と一緒にいたい。恋や愛はわからない。俺から言えることは優の傍にいたいってことだ」
「私もたっくんの傍にいたい。やっとたっくんが私と一緒にいたいって言ってくれた……嬉しい」
優の嬉し涙が頬を伝って、テーブルに落ちる。
それを拭おうともせずに、優は俺の手を握ってくる。
「昔のトラウマはあるけど、最近は優のおかげでずいぶんとマシになった。優が傍にいてくれたら、トラウマも直るだろう。俺の傍にいてくれ」
「うん……ありがとう。絶対にたっくんの傍から離れないから安心してね」
そう言って優は椅子から立ち上がるとテーブルを回り込んで、俺の隣に立って少ししゃがんで、瞳を覗きこむ。
「これって、たっくんからの告白ってことでいいんだよね?」
そういうことになるのか?
そういう受け捕らえ方もできるのか。
「私はたっくんが好き。たっくんが傍にいほしいっていうなら、どこまだも一緒にいる。だから浮気は禁止なんだよ」
そう言って優は俺の首に手を回して、何回もキスの雨を降らせた。




