21話 伝言
学校の校舎へ入ると、皆が俺の顔を見て、目を逸らしていく。
これだけ顔が腫れあがっていれば、皆も驚くだろう。
靴箱で上履きに靴を履き替えて、2階の教室へ向かう。
優は嬉しそうに、身体をクルクルと回転させている。
朝……俺とファーストキスできたことが、そんなに嬉しいのか……
階段を登って教室へ入ると、クラスの生徒達は一瞬だけ俺の顔を見て、目を逸らす。
夏希が心配そうな顔をして、俺に近づいてくる。
「派手にやられたわね……昨日、連絡もらったから安心していたけど……大丈夫?」
夏希と美緒がすごく心配していたから、昨日の内にLINEで内容を説明しておいた。
夏希と美緒は優を見てホッ安堵の息を吐いている。
「昨日預かっていた鞄……はい」
俺は預かってもらっていた鞄を夏希から受け取る。
「ありがとう」
「夏希とたっくん、2人で何をしてるの?」
優が無邪気な笑顔で覗いてくる。
お前を助けにいくために鞄を夏希に預けてあったんだよ。
別に夏希と何かあったわけじゃない。
「たっくん……浮気は許さないんだからね。 今日の朝、2人でファーストキスしたんだから」
ギャ――!
夏希達の前で話さないでくれ。
それは優との秘密だろう。
「何? 朝から2人でキスしてきたの? どうなってるの?」
「ジャジャーン! 私とたっくんはファーストキスをしたの! だからたっくん、浮気は禁止!」
俺の心の中で何かがガタガタと音を立てて崩れていく。
あれは不可抗力だ。
あれは一瞬の隙をついて……優に唇を奪われただけで、付き合っているわかじゃない夏希、嬉しそうに微笑むのは止めてくれ。
「とうとう拓哉も観念したのね……2人共お似合いだと思うわよ」
「違うんだ……誤解だ……優とはファーストキスしてしまったが……それは不可抗力で……」
胸がドキドキする。
付き合うことなど考えてもいなかった。
あのファーストキスは不可抗力だ。
優が急に悲しそうな顔になって、夏希に抱き着く。
「騙されたー。大事なファーストキスをあげたのにー。たっくんのバカー」
夏希の顏が無表情になる。
真剣に俺のことを怒っているようだ。
どうして俺が怒られないといけないのだろう。
この場から逃げ出したい。
「どういう事情か知らないけど……どういう状況か知らないけど……女の子にとってファーストキスは大事なものよ」
俺も大事なファーストキスを優に奪われたのだが……
男子は関係ないのだろうか。
「付き合う、付き合わないは2人の問題だから口出ししないけど……優のことを大事にしてあげて」
「はい……できるだけ大事にします……」
優の顔が急に満面の笑みに変わる。
そして俺に抱き着いてくる。
「ヤッター! たっくんが私を大事にしてくれるってー! 夏希ありがとう!」
段々と泥沼に沈んでいっているような気がする。
優に外堀から段々と埋められているような……
優とは仲良くなってきていたのは事実だが、ちょっと発展が早くないですか。
夏希は小さく拍手をしてから自分の席へと戻っていった。
俺は鞄を持って自分の席に座る。
隣の席に優が座って、嬉しそうに俺を見て微笑んでいる。
遠くから視線を感じる。
ふと視線の方向を見ると麗華が俺達を見ている。
そして静かに歩き始めて、俺の前に立つ。
「だから忠告してあげたのに……酷いやられようね」
「ああ……でも東郷は倒したぞ」
「そのことなら知ってる。東郷から連絡があったもの」
麗華は東郷とも連絡を取る仲だったのか。
ギャルとチャラ男は仲良いもんな。
「東郷から伝言があるの。伝えるわね」
東郷から伝言?
何も伝言を受けとるようなことはないはずだけど……
「東郷の伝言を伝えるわね。『美奈穂のことは俺が約束通りに責任を取る。美奈穂は俺の女になった。お前達からすると裏切り者だろう。が許してやってほしい。俺からも謝罪する』だって」
はあ? どういうことだ?
俺は責任をもって家へ送り届けろと言っただけだぞ……
あれから一体何が起こったんだ?
麗華の後ろに美奈穂が立っている。
美奈穂の顔が真っ赤に染まっている。
「あれから2人で話し合ってたんだけど……東郷が私の一生の面倒を見てくれるんだって。だから東郷の女になちゃった」
東郷……お前、すごい勘違いして、俺の言葉を受け取ったな。
女になっちゃったって……美奈穂、顔が真っ赤だぞ。
2人で何をやってんだよ。
麗華が腕を組んでため息をつく。
「学校では美奈穂は私のグループで預かることになったから。確かに東郷からの伝言は伝えたわよ」
優はそれを聞いて顔を真っ赤に染めている。
「美奈穂……あれから東郷とやっちゃったの?」
「……うん。なんだか東郷が可哀そうになってきて……私も淳に振られちゃったし……東郷も話してみると良い奴だったし……」
自分の席から立ち上がると優は美奈穂に抱き着く。
「キャ――! 美奈穂が大人になっちゃったー。おめでとう美奈穂!」
「ありがとう優。そしてごめんなさい」
「裏切りは許せないけど……東郷と2人でお幸せにね」
「……うん。幸せになる」
そう言うと美奈穂は麗華の後ろへ隠れてしまった。
そして2人は自分達のグループの元へと戻っていった。
優は自分の席に座ると意味ありげに俺を見てくる。
そんなに熱い眼差しで俺をみないでくれ。
そして何も言わないで。
「たっくん……東郷と美奈穂に先越されちゃったね。私達も頑張ろうね」
何を頑張れというんだ。
俺達、まだ付き合ってもいないぞ。
俺が美奈穂の責任を取れと言ったことが、こんなことになるなんて。
東郷の奴……一応はおめでとうなのか?
ここは2人を素直に祝っておこう。
おめでとう東郷、そして美奈穂。




