2話 転校生
5月も中旬になり、気温もずいぶんと温かくなってきた。
今日も空は遠くまで青く、飛行機雲が1本だけ大空に描かれている。
あんな風に自由になれたらな……
「何、窓から外を眺めてるんだよ……似合わねーっつーの」
「うるさいなー……人がせっかく浸っていたのに」
「だから拓哉には似合わねーっていってんの」
親友の淳がうるさい。
せっかく大空に羽ばたく夢を描いていたのに台無しだ。
どうせ俺には似合ってねーよ。
放っておいてくれ。
「今日は朗報だぞ。2年生の俺達の学年に転校生がくるってよ。それが超美少女らしいんだ」
「俺には関係ない。そのことを一番よく知っているのは淳だろう」
「だから、いい加減、女性恐怖症を治せっていうの」
そんなに簡単に治らない。
幼稚園の頃を思い出すと、あのトラウマが蘇える。
小さい……小さい……小さい……
俺はあの幼稚園の時から女子が苦手になった。
どうしても女子と話していると、幼稚園の頃のトラウマを思い出してしまう。
小さい……小さい……小さい……
小学生の時、俺は虐められっ子だった。
いつも優ちゃんに助けてもらっていた。
優ちゃんは小学生の時、ガキ大将だった。
助けてくれたけれど、俺のことを弄んだ。
いつも俺のことを「小さいたっくん」と呼んだ。
だから小学生のクラスの連中は俺のことを「小さいたっくん」と全員が呼んだ。
皆は身長だと思っていたみたいだったのが唯一の救いだ。
小学校の時、身長は前から4番目だった。
転校して中学に入ってから身長は伸びた。
今はそれなりの身長になっている。
中学に入ってから、翼に誘われて空手部に入部した。
中学時代は空手部で過ごした。
だから誰にも虐められることはなかった。
今では目付きの悪さもあり、誰も俺に悪戯してこようとするものはいない。
唯一、からかってくるのは親友の淳くらいのものだ。
淳は中学の時からイケメンで、女子にモテていた。
だから中学の時に、よく虐めを受けていた。
俺は虐めは嫌いだ。
だから俺は淳と友達になった。
すると淳を虐めていた連中は俺のことが怖くて、誰も淳を虐めなくなった。
淳とはそれから仲良くなって今では親友になっている。
淳は高校に入ってからも、イケメンで女子にモテる。
だけど特定の彼女がいない。
また彼女にしたいような女子が現れていないからだと自分で言っている。
しかし不特定多数の女子と仲良くしている。
高校の中なら、どこに行っても淳と仲良しの女子がいる。
そのことを羨ましいと思ったことはない。
俺にとって女子は恐ろしい存在だ。
怖くて、怖くて仕方がない。
女子の残酷さを俺は幼稚園の時代にすでに味わっている。
小学生の時のことを思い出すと今でも涙がこみあげてくる。
だから、なるべく女子には近づかないし、話しかけないようにしている。
「もしかすると転校生が俺の運命の女性かもしれないんだぜ」
「そうだといいな」
淳は転校生に未来の彼女の夢をもっているようだ。
女子に期待するだけ無駄だ。
女子は残酷で怖い存在だと俺は知っている。
夢など持ってはいけない。
「お前の運命の相手かもしれないぜ」
「俺にそんな運命の相手などいない……怖いことは言わないでくれ」
運命の相手……優ちゃんの顏が頭に浮かぶ。
幼稚園の時にお嫁さんにしてと俺に言ってきた相手。
そして俺の天敵。
優ちゃんのことを思い出すだけで、蛇ににらまれたカエルのように、俺は固まってしまうだろう。
それほど優ちゃんが怖ろしい。
昔のことは思い出させないでくれ。
今は誰も俺に近づいてこないので、平穏な高校生活を送っているんだ。
この平穏を失いたくない。
「転校生ってさ、モデル級のスタイルらしいぜ。胸もでかいらしい」
「……」
俺も年頃の高校生だ。
性欲はある。
どちらかというと胸が大きいほうが好きだが……
俺にはスマホがある。
スマホで動画を見ているだけで十分だ。
「拓哉、人の話を真面目に聞けよ」
「聞いてるじゃねーか。転校生なんて俺には関係ないの」
HRのチャイムが鳴り、それと同時に淳が自分の席へと戻っていった。
俺の斜め後ろだけど。
コツコツコツというハイヒールの音が廊下から聞こえてくる。
伊藤茉奈先生が歩いてきた証拠だ。
茉奈先生は男子生徒達の憧れの的の先生だ。
身長は少し低いが、スタイルが抜群によく、胸も上にツンと向いている。
ミディアムボブの髪に少し冷たそうな視線が、男子生徒達から人気の理由だ。
ハイヒールで踏んでほしいという男子生徒は2年生だけでも2桁を超える。
ガラガラガラと音を立てて教室のドアが開かれる。
茉奈先生の後ろに金髪のサラサラロングヘアーの女子が続いて教室に入ってくる。
切れ長の二重まぶたに大きな瞳、まつ毛が長くて濡れている。
鼻筋がきれいで、口元が色っぽい。
体型は肢体が長く、胸が大きくシャツのボタンが3つ外れている。
シャツの隙間からピンクのブラジャーが少し見えているよ。
スカートの丈が超ミニで、下からもピンク色の布がチラチラと見えている。
スタイル抜群の豊満ボディが俺の目を奪う。
超美少女だ。
そして超ギャルだ。
これは遠くから見ていても目立つから目を奪われる。
男子生徒達全員が熱い眼差しで転校生を見ているのがわかる。
俺でさえ目を奪われるのだから。
茉奈先生が教壇に立ち、手を叩いて、男子生徒達の目を覚まさせる。
「はーい。今日は皆さんが期待していた転校生を連れてきたわよ。それでは峰岸さん、自分で自己紹介してね」
峰岸……嫌な思い出が蘇える。
体が自然と緊張で固まる。
額から嫌な汗が流れてくる。
「今日からお世話になります。峰岸優でーす。皆、よろしくねー!」
峰岸優……
頭の中で平穏な高校生活終了の音が聞こえた。