19話 倉庫跡地での決闘②
翼の声が倉庫内から聞こえた。
淳が翼を連れてきてくれたのだとわかる。
「拓哉……翼を呼んできたよ。俺も手伝う」
淳……よくやってくれた。
翼がきたなら、俺がやられても翼が優を助けてくれる。
翼はグッと膝を屈伸させると、その反動を利用して飛び蹴りでチャラ男の1人を吹き飛ばす。
そして着地した瞬間に体を捻じって、その反動を利用して回し蹴りでチャラ男の顔面に蹴りを入れる。
そして俺の腕を持って立たせてくれた。
「助かった……翼……俺、体が鈍ってるわ」
「そう思うなら時々、空手部に遊びに来い」
「ああ……わかったよ」
チャラ男達は翼を警戒して、突っ込んで来ない。
俺は淳に大声で指示を出す。
「淳……今のうちにスマホのカメラで写真を撮りまくれ。証拠写真だ。動画でもいいぞ」
「わかった」
淳はチャラ男達から逃げ回りながら、スマホのカメラで現場の写真を撮っていく。
俺と翼はチャラ男達を前蹴りや回し蹴り、正拳突きで次々と倒していく。
「お前達ストーップ! おい……拓哉、俺はお前をボコりたいだけだ。本気でボコらせろ」
「その前に優の縄をほどけ。優を解放しろ」
「おい……転校生の縄を解いてやれ」
チャラ男達が優の縄をほどく。すると優はドサリと床に倒れる。立ったままの姿勢が辛かったのだろう。
意識が戻っているようには見えない。
東郷は俺の前に立って、ステップを踏む。
ボクシングスタイルだ。
ステップも本格的だ。
東郷はボクシングを習っていたのだろう。
サイドステップで左手の拳をジャブのように顔面に当てにくる。
左手でガードするが、何発か軽い拳をもらってしまう。
そう思っていると左側の視界の見えない位置から拳が飛んできた。
とっさに右腕で庇うが、右腕が痺れる。
たぶん右の拳のフックだろう。
俺は両足を大股に地面に着けて、体全身の筋肉をゆっくりと捻っていく。
そして右腕を大きく引いて、東郷がフックを狙ってくるのを待つ。
その間に何発も左のジャブをもらうが、軽い拳なので気にする必要はない。
明日の朝、顔は腫れあがっていることだろう。
東郷が左側の見えない位置から右拳で顔面を狙ってきた。
その瞬間に俺も溜めていた力を一気に右拳に乗せて解放する。
東郷よりも一瞬早く、東郷の胸を俺の拳が貫いた。
「グガァ――」
東郷が悲鳴をあげて後ろ向きに倒れる。
心臓を狙って右拳を放った。
少しの間は動けないはずだ。
俺が東郷と戦っているうちに翼が優を支えていてくれた。
優も意識を回復している。
優の目が真紅の色に染まって炎が見えるようだ。
「よくもたっくんをやってくれたわね。絶対に許せないっつーの」
東郷がヨロヨロと立ち上がると、目の前にブラジャー1枚の優が立っている。
そして正拳突きの構えに腰を落とす。
「たっくんを虐める奴はぶっ潰す。このバカやろー」
正拳突きの3連打が東郷のアゴと喉と胸に突き刺さる。
「ウゲェ」
「これで最後だっつーの」
最後の止めに、優のきれいな回し蹴りが東郷のこめかみに食い込む。
東郷は白目をむいて、その場に倒れた。
絶対に優を怒らせることだけは止めておこう。
翼も顔を青ざめている。
「おっかねー女だな。拓哉よりも強いんじゃないか……」
「今……俺もそう思った……」
東郷が倒されて、散り散りバラバラにチャラ男達が逃げていく。
そして東郷の近くに美奈穂が立っている。
「東郷……話が違うじゃないの。拓哉をやっつけて優を自分のモノにするんでしょ。早く立ち上がりなさいよ。このままだと私だけが悪もんじゃん……早く立ちなさいよ」
ゆっくりと優が美奈穂に歩み寄っていく。
そして美奈穂の目の前で止まって、右手で思いっきり美奈穂の頬をビンタする。
美奈穂はビンタを受けて吹き飛んだ。
「バカにするんじゃないわよ。私はたっくん一筋なの。他の男なんていらないのよ。ふざけた妄想してんじゃねーつーの。このバカ女」
東郷も美奈穂も優が倒してしまった……
これはどうすればいいのだろうか。
被害者が元気すぎる。
東郷が意識を取り戻した。
しかし、まだ立てないようで、座り込んでいる。
「あんな凶暴な女なんているか。転校生……お前には2度と手を出さないと誓う。拓哉にも手を出さない。これで終わりにしてくれ……俺が悪かった」
「あんたみたいな男に私がなびくはずねーじゃん。馬鹿にすんな。次はぶっ潰すからな」
ああ……全部セリフまで優に取られてしまった……
マジで優凄すぎる……
優は振り返って、涙目になって、俺の胸に飛び込んでくる。
俺は慌てて、優の体を抱き留めた。
「わーん。たっくん、怖かったよー。助けに来てくれて嬉しい。たっくんが私を助けてくれた」
いえいえ……優、お前は1人ででも勝てていた気がする。
翼が俺と優を見て、ニヤニヤと笑っている。
「これは拓哉の年貢の納め時だな。絶対に優は拓哉を離さないぞ」
「そんなことをいうなよ……」
そういえば優は小学校の時は空手部だったんだよな。
地区大会でも優勝したことがあった。
だから誰も優には手出ししなかった。
淳が走ってきてスマホを俺に渡す。
俺は東郷を見る。
東郷は座ったままで、隣では美奈穂が泣いている。
「このスマホの写真を警察に突き出せば、お前は警察に捕まるだろうな。美奈穂も一緒にな」
「ああ……そういうことになるな。俺は負けた。お前達の勝手にするがいい」
すると優が拓哉からスマホを取り上げる。
「そんなことしたら、美奈穂も退学になっちゃうよ。それは私が嫌だ。1度は友達だったんだし、美奈穂を信じてここまで連れて来られたのは、私の判断ミスだから。今回はそこまでやめて」
「美奈穂を許すのか?」
「たっくんに手を出してたら絶対に許さないけど……私が淳を好きになることなんてないから、美奈穂の妄想だし。美奈穂のことは私は気にしない」
淳は美奈穂をジーっと見つめて、ハッキリと言う。
「美奈穂……悪いけど、お前は俺の運命の女性じゃない。だからお前とは絶対に付き合うことはない」
それを聞いた美奈穂は涙を流して頬を濡らす。
大泣き状態だ。
これは誰かが対処しなければならない。
俺はとっさに東郷を見る。
「東郷……お前が美奈穂を巻き込んだ。だから美奈穂の後のフォローはお前がしろ。それだけで今回は許してやる。2度と俺と優の前に現れるな」
「わかった……責任をもって家まで送り届けよう」
俺はブレザーを脱いで優の着させて、ブラジャー姿を隠す。
ミニスカートはビリビリになっているが、外は暗くなっているし、人通りも少ないので家まで帰れるだろう。
「それじゃあ、皆で一緒に帰るか」
「うん……たっくんのブレザー、たっくんの温もりがする。とっても暖かくて好き」
優はそう言って、俺のブレザーを着てはしゃいでいる。
そして俺の腕に腕を絡めて、体を寄り添ってくる。
俺も支えがほしい。
優の腰に手を回して、体を支える。
その姿を見て、翼と淳がニヤニヤと笑っている。
そして東郷と美奈穂だけを放って、皆で倉庫から出て、倉庫跡地を後にした。