17話 優の手作り料理
掃除がひと段落して、優と2人でダイニングテーブルの椅子に座る。
テーブルの上には優がいれてくれたコーヒーが置かれている。
「たっくんって、何でカップ麺やコンビニ弁当生活をしてるの?」
「ああ……優に言わなかったけ? 俺の家は父子家庭なんだよ。親父の女癖が悪くて母親が出ていった」
「父子家庭なのは知ってたけど……そういう理由があったのね。それでいまお父様は何をしてるの?」
「わからん……ただ飲み屋のお姉ちゃんの家に泊まり歩いて、家には1カ月に1回も帰ってこない」
優は俺の言葉を聞いて呆れ果てた顔をしている。
誰でも俺の親父の話を聞くと呆れた顔をする。
我が子を放任したまま、自分は遊び呆けているのだから、呆れられてもしかたがない。
「私のお父さんよりも酷い人がいるのね」
「優の家も父子家庭だったよな。優には優しいお父さんなのか?」
「私には優しいわよ。でも仕事一筋の人で、毎日、仕事の残業が深夜まであるって言って家に帰ってこないの」
優……それは騙されていないか。
いくら仕事が忙しいと言っても、深夜まで残業させる会社は珍しいぞ。
「時々、私に連絡をくれるんだけど、いつも若い女性の声が聞こえてくるのよね。職場の関係者だって、お父さんは言ってるけど、絶対にあれは飲みに行ってると私は思ってる」
それは完璧に黒だ……俺の親父と同じタイプだ。
完全に優に嘘をついてる。
「お互い親で苦労するな」
「ううん……私はそうでもない。家事もお料理も自分でできるし、お父さんがいないほうがノビノビとリラックスできるから」
確かに親父が帰ってきた時のほうが緊張するな。
親父がいない時のほうがリラックスできる。
優の言っている意味がわかる。
「それに、今はたっくんがいてくれるから、全然寂しくないし」
「そうか……こんな俺でも役に立ってるのか」
「中学校に入学した時、たっくんが転校したと聞かされて、私泣いたんだから」
「それはすまなかった」
小学校の時は優がガキ大将だった。
よく俺は優にからかわれ、虐められた記憶しかない。
それから女子が苦手になった。
だから優には知らせずに引っ越ししたんだ。
「今日もコンビニ弁当食べるつもりなの」
「その予定だけど……」
「私が作ってあげる。ちょっと3階の家まで戻って、料理の具材を持ってくるね」
そう言って優は椅子から立ち上がると、エプロンを椅子にかけて、玄関から自分の家へと戻っていった。
誰かの手料理か……何年も食べていないな。
外食は時々してるけど、ファーストフードが多い。
ガチャという音が鳴って、優が玄関を開けてもどってきた。
ビニール袋にいっぱいの具材を持っている。
「今日はハンバーグだけどいい? ハンバーグなら誰でも大好きでしょう。 たっくんはハンバーグ好き?」
「ハンバーグは俺の大好物の1つだ」
「よかった。それじゃあ、夕飯の用意を進めるね」
優はエプロンをして、髪を結わえてポニーテールにする。
ポニーテールの優はとてもきれいに見える。
エプロン姿もどこかセクシーだ。
「たっくんは邪魔だから、自分の部屋へ戻ってるか、適当にリビングで暇つぶしをしててね」
邪魔と言われてしまった。
確かに包丁1つ扱えない俺では料理の邪魔になるだけだろう。
しかし、料理をしている所など見たことがない。
少し興味が湧く。
俺は優の隣で、優が料理の具材を包丁で切っていく様子を観察する。
優はすごく包丁扱いが上手い。
「すごいな。その包丁扱い。どこで習ったんだ?」
「ん……テレビで見て覚えたんだよ。小学校の時から自分で料理していたから、これぐらいは慣れるわよ」
小学校の時から自分で料理を作っていたのか。
自分の無力さとダラしなさを感じる。
もう少し、俺も料理に興味を持っておけば良かった。
優は具材をボールに移して、手で具材をこねていく。
ほう……そうやってハンバーグにしていくのか。
具材が練り込まれたところで、優がハンバーグの形に整えて、離れた両手にハンバーグを投げてパンパンと叩いていく。
「何をしてるんだ?」
「ハンバーグの空気抜きよ。これでハンバーグの味が変わるの」
それだけでハンバーグの味が変わるのか。
俺もパンパンしてみたい。
横で見ていた俺も、完成していないハンバーグに触ろうとすると手を抓られた。
「素人は横で見ていなさい。美味しいハンバーグをたっくんに食べさせてあげるんだから」
「おう……ありがとう」
料理を作っている時の優は真剣で、どこから見てもギャルという雰囲気はない。
お料理上手のお姉さんに見えてくる。
料理をしている優を見ていると、なんだか心臓がドキドキする。なぜだろう。
「はい……これでハンバーグの下ごしらえは完成ね。後ポテトサラダとスープも作っちゃうから、たっくんは大人しくテーブルの椅子に座ってて。見られてるとすっごく恥ずかしいから」
俺は言われた通りにダイニングテーブルの椅子に座って、優の後ろ姿を見る。
ポニーテールが尻尾のように左右にリズムよく揺れている。
時々、小さく鼻歌が聞こえてくる。
優は料理をするのが好きなようだ。
後ろ姿も抜群にスタイルいいな。
立ち姿もスーッとしていて、とてもきれいだ。
思わず見とれてしまいそうになる。
ダメだ。ダメだ。こんなことで昔のことを忘れてはいけない。
昔の優は何かある度に俺のことをからかって遊んでいたんだから。
そのことを忘れてはいけない。
「はい……ポテトサラダとスープも完成よ。もうご飯は炊いてあるから、後はハンバーグを焼くだけよ」
「そ……そうか……ありがとうな」
優は嬉しそうに微笑んで、ハンバーグをフライパンで焼いていく。
「そういえば、たっくんの家って食器あったけ?」
「一応はある。ずっと使ってないけどな」
「もう……それを先に言ってよ。食器を洗わないと使えないじゃない」
そういえば俺も忘れていた。
この家に引っ越してから食器を使ったことがなかったからな。
急いで優が食器棚から食器をだして、食器を洗いなおして、拭いている。
そしてハンバーグが盛られ、タレがかけられて、俺の前に置く。
ポテトサラダとスープもきちんと置いていく。
そしてご飯をよそって、完成らしい。
優がエプロンを取って、椅子の背もたれにかけて座る。
優は顔を赤く染めて、俺をジーっと見つめてくる。
2人で見つめ合うとなんだか恥ずかしい。
「いただきます」
2人で声を揃えて、いただきますと言って、箸でハンバーグを小分けにして食べる。
ハンバーグの中から肉汁がジュワッと口の中に広がって、ハンバーグの味が鼻から抜ける。
「美味い」
「ヤッタね。これでたっくんの胃袋は私のモノだから」
優が小さくガッツポーズをしている。
それにしても美味い。
ポテトサラダにも食べてみるが、ポテトサラダも市販のモノよりも美味い。
スープはコンソメスープだった。
飲むと体と心が温まる。
これが手作りの味か……もう忘れていたよ。
「俺……人の手作り料理で感動したのは初めてだ」
「たっくん……目から涙がこぼれてるよ」
いつの間にか感動して涙を流していたらしい。
優がいるというのに、男が涙を流すなんて恥ずかしい。
そんな俺を見た優も目に大粒の涙を浮かべて、頬を涙で濡らしている。
「こんなに感動してもらえるなんて、料理を作って本当によかった。私嬉しい」
ハンバーグが少し涙の味になったが、それでも十分に美味しい。
俺は料理の全てを平らげた。
「これからも夕飯を作りにくるね」
「うん……こんな美味い料理を食べさせてくれるなら大歓迎だ」
「ヤッター!明日から毎日、料理を頑張るぞー」
え……毎日とはどういうことでしょうか?
しまった……優に毎日、家に来る口実を与えてしまった。
それでも、毎日、こんな美味しい料理が食べられるなら、優と夕食を食べるのもいいだろう。
同じ父子家庭で父親が家に帰ってこない者同士だしな。
俺は少しだけ優に心を許した。