10話 登校前に優が家にやって来た
ピンポーンというインターホンの音が鳴る。
予想していた通りだ。
まだ時刻は7時15分。
家から学校までは徒歩15分。
ちょっと早すぎないでしょうか。
ベッドからゴソゴソと起き上がって玄関を開けると、嬉しそうに微笑んでいる優が立っていた。
「今、7時30分だぞ。早くないか?」
「早くたっくんの顔が見たくって……早く来ちゃった」
まだ学校へ行く用意も何もしていない。
顔も洗っていない。
もう少し眠っていたかった……
「まだ何も用意をしていないんだ。だから来なおしてくれ」
そう言って玄関のドアを閉めようとすると、優の膝が玄関の扉の間に挟まる。
「もう家を出てきちゃったもん……もう一度、家に帰るのも面倒だし、たっくんの家で待ってるよ」
玄関のドアのドアを閉めたくても、優の足が邪魔をしてドアをきちんと閉められない。
どうしても俺の家へ入ってくるつもりらしい……
上半身の体もねじ込んでくる。
俺は玄関のドアを閉めるのを諦めた。
「素直に開けてくれればいいのよ。私、たっくんの用意がすむまで待ってるから」
「好きにすれば……どうぞ」
玄関をあがりダイニングを見た瞬間に優が「ウワッ」と声をあげる。
ダイニングテーブルの上には数日前に食べたカップ麺や、コンビニ弁当の食べ残し、出前を取った皿が積まれている。
俺の家は父子家庭だ。
そして俺の親父は家に帰ってくる気配すらない。
仕事には行ってるみたいだが、夜になると仕事場から遊びに行ったまま帰ってこない。
昨日、珍しく親父から電話があった。
《拓哉、元気にしているか。俺はビンビンに元気だぜ》
《上手くやってるけど……今、どこから電話してきてんだ? 女の子の声がキャーキャー聞こえてくるんだけど》
《ああ……ちょっとキャバクラに来ててな。歩ちゃんが帰らせてくれないんだよ。今日は歩ちゃんの家に泊まって行くから、今日も1人で頑張ってくれ》
《もう帰ってこなくなって1カ月も経つんだが……生活費どうするんだよ》
《そのことで連絡したんだ。お前の銀行口座に生活費を振り込んでおいた。俺も何かと仕事が忙しくてな。帰ってやれなくて申し訳ない……それじゃあ、元気でな拓哉》
女遊びに忙しくて帰ってこれないの間違いだろう。
毎日、毎日、よく違う女の子の家に泊まることができるな。
親父はイケメンで童顔だ。
だからキャバクラに行くとすごくモテるらしい。
親父の自慢話だから信じてはいないが、毎日家に帰ってこない。
だから、どうしても食生活は乱れる。
「こんな汚いダイニング見たの初めて。すごく臭いー。ゴミ袋どこにあるの? ちょっとゴミだけでも掃除するから」
「ダイニングの引き出しの中に45リットルのごみ袋が入ってる」
制服のブレザーを椅子にかけて、優が掃除を始めた。
思っていたよりも手際が良い。
優がきれい好きとは思ってもみなかった。
「私が掃除している間に、たっくんは早く学校へ行く用意をして、髪の毛はねてるから、シャワーを浴びて」
そういえば昨日は夜中までレンタルの映画を見て、シャワーも浴びずに寝たんだった。
着替えを持って脱衣所へ行き、服を脱いで風呂場へ入る。
そしてシャワーを浴びる。
シャワーを終えて、パンツを履いて脱衣所から出て、髪の毛をバスタオルで拭く。
「キャ――。パンツ1枚で脱衣所から出て来ないでよ。私もいるんだから」
あ……優がいることを忘れていた。
慌てて脱衣所に戻って、制服を着る。
優にパンツ1枚の所を見られてしまった……またからかわれる……
脱衣所から出てくると、ごみ袋が3つパンパンになっていた。
そしてダイニングテーブルの上がきれいになっている。
ダイニングから良い香りがする。芳香スプレーも使用したようだ。
ダイニングの上には、目玉焼きとパンが焼かれている。
「3階の私の家から朝食を持ってきたの。これぐらい食べていって」
優はエプロンを着て、髪を結いあげている。
髪を結いあげてポニーテールをしている優は、昨日よりも新鮮できれいに見えた。
「いただきます」
ダイニングテーブルの椅子に座って、パンと目玉焼きを食べる。
その間に優が俺の部屋を覗いた。
「キャ――! 汚ーい。足の踏み場ないじゃない」
「そういえば1カ月ほど掃除してなかったなー」
「もう……今日は帰ってきたら、たっくんの部屋の掃除をしなくっちゃ」
「それぐらい自分でできる。散らかっているほうが落ち着くんだ」
「部屋はきれいに使わないとダメ」
優に怒られてしまった。
優は対面の席に座って、俺が目玉焼きを食べている姿を見て微笑んでいる。
そんなに見られると食べにくいのだが……
「今日はたっくんのパンツ見ちゃったけど……小さい頃より大きくなってるね」
顔を真っ赤にして、優がそんなことを言ってくる。
しかし、俺にとって聞き逃すことのできない言葉だった。
小さい時より大きくなってる……小さい時より大きくなってる……小さい時より大きくなってる
体も大きくなった。
だから大きくなったんだ。
優が認めたのだから間違いない。
俺のトラウマが少し解消された一瞬だった。