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それは冒瀆的な物語  作者: たく
8/25

その5-2 意外な出会い

 その後は皆で昼食を取り、さらに話し込んだ。

 サンにとっては少し意外だったのだが、ディオとダーレスは気が合うようだった。どちらも笑った時の顔が屈託なく、どこか子供っぽい。堅い人だったら勝手に家に上がってしまったこと自体許してくれなかっただろうと分かっていても、未知の魔法についての知識をたくさん持っているというイメージが先行し過ぎてサンの中でのダーレス像にまだ偏りがあるらしい。

 そんな彼等の話は自然と、ダーレスが参加できずサンが中心的な役割を果たすことになった昨日の精霊祭へと向かった。神子を選出するところに割り込んでしまった話などサンからすれば恥ずかしくて堪らないのだが、みんなは笑っていた。

 楽しい時が経つのは早かった。

 明日の内容を少し先取りして魔法についての話が出来ればとサンは思っていたのだが、そこまで踏み込める前に、お腹いっぱいになったクリスがうとうとし始めて途中でお開きとなってしまった。

 ダーレスはクリスを抱えて家へと帰って行った。魔法についての話は全て明日へと持ち越しだ。

「クリス、途中から本当に大人しかったもんな」

「ええ、そうですね」

 二人はアルベの宿のカウンター席に隣り合って座っていた。

 昨日はあれほど盛大なお祭りだったというのに、その賑わいはまるで嘘のように消えてしまっている。店内には二人以外に誰もいない。

「…ディオさん、本当にありがとうございます」

「なんだよ、急に」

「なんだか、ディオさんと会ってから全部が急展開だけど、色んなことがうまくいっているような気がして」

「ふふん、何といってもこの俺だからな」

いつものようにどこかふざけたような調子で彼は口にした。なんだかそんな彼の様子が面白い。

「だって、本当にディオさんのおかげで明日ダーレスさんの所に伺えるようになったんですもん。私一人じゃそんな勇気絶対に出て来なかっただろうし…。いや、そもそもこの街に来ることさえ出来ていなかったかな…。」

 いつの間にか自分でも驚くほど遠くに来てしまっていたような気がした。

 ディオの顔を見つめた。まだ昨日出会ったばかりだなんて信じられない。

「…ね、ディオさん」

 一つ、尋ねてみたいことが湧いて来た。

「さっき、何かあったら助けに来てくれるって、本気で言ってくれたんですよね?」

「ん? そりゃあ――」

 しかしディオは途中で言葉を切り上げてそっぽを向いてしまった。にこにこ笑って見つめていたのがいけなかったらしい。何かを感付かれてしまったようだ。

 だが、それ以上何も言わないという事が何よりも雄弁に物語ってくれていた。

「ふふっ」

 初めてディオから弱点のようなものを見つけた気がした。

「…なにがおかしいんだよ」

「いえ、なんでもありません」

 そうは言ったが、サンは自分がくすくす笑ってしまうのを止められなかった。

「ふんっ」

 決まりが悪くなったのかディオは鼻を鳴らした。そのまま彼は何ら変哲もない、食器が並んでいる棚を熱心に眺めている。

 そんなディオの横顔を見ているだけでもサンはおかしくてたまらなかった。

 そこにカランカラン、という涼しげな音が響いた。音のした方へと振り返ってみると、ちょうど一人の女性が店内に入って来たところだった。同性のサンでさえ目を奪われてしまうほどの美人だ。来客を告げるドアベルの音に、カウンターの奥からアルベもやって来た。

「いらっしゃいませ」

「ごめんなさい、今、空いている部屋って――」

 彼女はそのままディオの脇で話し始めたのだが、ふと、何かが気になったかのようにディオの方へと目線を向けた。ディオも、さまよわせていた視線がそちらを向いたらしい。

 二人の目が合ったその瞬間、彼女は顔色を変えて飛び退いた。

「うわっ! なんでディオがこんなところに…!」

「お、おい! 人の顔見てその反応は止めろよな!」

 悪いものでも見てしまったかのように後ずさる彼女に、ディオもすぐに切り返していた。

「え? あ、あの…、お知り合いなんですか?」

 なんだか繋がりを感じさせる二人のやり取りに、サンはおずおずとディオに尋ねた。

「あー…、うん、そんな感じだ。あれはキャロル。姉を気取ってうるさいことばかり言うんだ」

 分かるような、よく分からないような説明だ。しかしサンが続けて何かを訊くよりも先に、誰よりもその彼女が鋭く反応した。

「え? あっ! うん! そうそう! 私のことは気にしないでね! 本当に姉と弟みたいな感じなだけだから…! だ、だからその…! ごめん邪魔しちゃったみたいで! ディオと仲良くしてくれてありがとね! じゃ、じゃあ私はこれで…!」

 なぜ彼女がそんなに慌てて、自分のことを気遣うようにしどろもどになっているのか、サンにもやっと分かった。

「あっ! ち、違…! べ、別に私たちもそういうのじゃありませんので…!」

「な、なんちゅう空気だけ残して逃げようとしているんだ! お前は! いいから残れ!」

 誤解を解こうとサンが立ち上がると、そのまま踵を返そうとしていた彼女の事をすぐさまディオが捕まえて無理やり近くの椅子に座らせた。サンもすかさずそちらの円テーブルへと席を移した。

「ご、ごめんね…。ほんとに私、邪魔じゃないかな…?」

「い、いえ! そんなことありませんので…!」

 彼女は後ろめたそうに口にしたが、サンはすぐに首を横に振って打ち消した。正直自分だって、彼女とディオの関係について似たようなことを一瞬思ってしまったのでそれ以上なんとも言えない。

(……あれ? さっきから私、ディオさんに対してすごく無神経なことを言っちゃっているんじゃ…。)

 ふと変な考えが浮かんでしまって、自分の言葉にディオがどんな反応をしているのか気になってしまったのだが、この流れのまま彼女の前でこっそり彼へと目を向けるなんて出来そうになかった。

「まったく、急に出て来てなに大騒ぎしてるんだよ、こいつは…。」

 幸いと言うべきなのか、そう口にするディオの様子にはどこか変わったところはなさそうに聞こえる。なんだかそれはそれでこちらの気分が少し複雑になってしまうのだが、ともかく彼もそのまま席に着いた。

「だって、なんかものすごく無神経なタイミングで来ちゃったかと…。」

「どういう意味なんだよ、それ…。まあ、改めてなんだけれどこいつはキャロル。もの探しとか調べものとか、だいたい情報屋みたいなことをしているな。それでこっちはサン。魔法使いだ」

 ディオがあっさりとした互いの紹介を済ませてくれると、彼女は少しの戸惑いを含みながらも、こちらに優しく明るい笑顔を向けてくれた。

「う、うん、よろしくね、サンちゃん」

「え、ええ…。よ、よろしくお願いします…。」

 だが、まだ腰を落ち着けることの出来ていないサンの方がむしろ彼女よりもずっとまごついてしまった。

「あ、あと、さっきディオが情報屋だとか嫌なこと言ったけど、別にそんな後ろ暗いことなんかしてないから安心してね?」

「あ、は、はい…。」

 かなり社交的な人みたいだ。正直ちょっと押されてしまう。

 なんとなく目があてもなくさまよってしまったのだが、そういえばアルベの姿がいつの間にか見当たらない。どうやらさっきの騒ぎに嫌な予感を覚えたらしく、いつの間にかカウンターの奥へと姿を消したらしい。

「それで、なんでキャロルはこんなところにいるんだ?」

「それ、私のセリフなんだけど…。まあ、こっちはだいたい仕事みたいなものかな。それで今ちょうどこの街に着いたところなの」

「今ちょうど…? あ、もしかして騎士と一緒に仕事しているのか?」

「な、なんでそんなに勘が良いのよ…。」

「えっ…!」

 人見知りな自分ではとても話に加わって行けそうになくてつい脇の方へと意識が逸れていたのだが、否定を含まぬ彼女の言葉が耳に飛び込んで来て思わず息を呑むような声を上げてしまった。

「な、なにをまたそんなに動揺しているんだよ? キャロルは大丈夫だって」

「だ、だって…!」

 あっけらかんとディオは言うが、騎士側の人となればどうしたって不安を感じてしまう。伺うような視線をつい彼女に向けてしまった。

「…ごめんね、サンちゃん。どうせディオの厄介ごとに巻き込まれちゃったんでしょ…。でも大丈夫だからね。何であろうと全部ディオが悪いって、私はちゃんと分かっているから…。」

 しかし彼女はそれだけですべてを察してくれたらしい。むしろ申し訳なさそうな目と共に優しい言葉を掛けてくれた。

(あ、この人いいひとだ…)

 ほっとしたのも重なって、なぜか目に涙が滲んでしまった。

 それだけでキャロルはすぐさま、ディオの方へと咎めるような視線を向けてくれた。

「べ、別に俺はなにも悪いことなんて…!」

「女の子泣かせておいてよくそんなこと言えるわよね! まったく!」

 彼女はディオに一言だけ投げると、またすぐにこちらへと向き直ってくれた。

「サンちゃん、後でこいつのいない所でちゃんと話聞いてあげるからね。もし何か抱えているトラブルがあったとしても、騎士の人たちとの間でもちゃんと話を付けてあげられると思う。ごめんね、迷惑ばっかり掛けちゃって…。」

「あ、ありがとうございます…! う、ううっ…!」

 彼女にそっと手を触れられるとついに堪え切れなくなって、涙までこぼれた。

「お、おいサン! そういうのはほんとに汚いぞ! ふぎゃん!」

 彼女のこぶしがディオに振り下ろされていた。

「まったく…! こいつはほんとにどうしようも無いんだから…!」

(あ、あのディオさんのことをこんな風に叱ってくれる人がいるなんて…!)

 味方だ。信じられないほどに心強い味方がやって来てくれたのだ。

「う、ううーっ…! キャロルさあん…! ディオさん他にもめちゃくちゃなことばっかりやるんですよ…! 私ずっと我慢して…! あんまりにもひど過ぎるから誰にも相談出来なくて…!」

「ああっ! ごめんね! ごめんねっ!」

 守ってくれたことで堰を切ったかのように、想いが言葉に変わって溢れ出してしまった。

「えっとね、私は騎士のイノセントさんからある魔法の捜索を頼まれていたのよ。といっても、ほとんど終わっているようなものなんだけれどね?」

 こちらがやっと落ち着けたところで、キャロルは続きを話し始めてくれた。

「ん? あー、ポロロがダーレスに届けていた手紙ってそれのことなんだな? なんとなくその名前は聞き覚えがあるぞ」

 あれだけキャロルに怒られていたのにディオはもうけろっとしている。ちょっと信じられない。さすがに少しは小さくなっていたのだが、サンよりもずっと先に立ち直ったらしい。キャロルにじろりと睨まれても気にした様子もない。

 はあっ、とキャロルは諦めたようなため息を一つついてから、再び話の本筋に戻った。

「うん、そうそう。というかもうダーレスさんのことも知っていて、ポロロ君とも会ってるの? 相変わらずピンポイントで情報を抜いていくような動き方しているわね、あんた…。」

「ふふん、褒めても良いぞ?」

「…なんでこいつこんなに馬鹿なんだろ……。」

 得意になっているディオに、キャロルは自身の額に手を当てるとサンにだけ聞こえる小さな声で呟いた。こんな風に物を言える人がいるなんてやっぱりちょっと感動してしまう。だけどディオの前でそれに対して何か返事を出来るような勇気は自分にはない。

「あ、だけどダーレスはなんか渋そうな顔していたぞ? もしかして交渉も含めてこの街まで来たのか?」

 まるで気付かず話を続けていくディオの方もやはりかなりとんでもない。

「いや、それももう関係ないのよ」

 キャロルもまた普通に答え始めていた。これが二人にとっては当たり前のやり取りらしい。

「今までだってイノセントさんが直接ダーレスさんと手紙でやり取りしていたんだしね。私の仕事はその魔法の居所を突き止めるまでだったの。本当は、結構前に仕事自体は果たしてあるのよ。ただ私自身、それについて調べて行くうちに段々と気になって来ちゃって…。だからイノセントさんがその魔法についての論文を見た後で、彼からの見解も聞かせて欲しいの。イノセントさんがその魔法を求めている理由だって、それの思想的な面とかそういう方向のことだし…。それでお金はその時一緒に、という事にしているのよ」

「なんか変な話だなー。そんな小難しい話なんてお前は興味ないタイプのくせに。そもそも金を後回しにしておくメリットがキャロルには何にもないじゃないか」

「い、いいじゃないの! べつに! 今回は本当に気になる内容だったの! ただそれだけなんだから! ……ま、まあ確かに、この魔法についてはほとんど偶然辿り着いたようなところもあるから、自分の中でもちゃんとけじめを付けておきたいって部分も少しだけあるんだけど…。」

「やっぱり俺の言う通りじゃないか。じゃあ、金を貰っちゃったらその使い道以外考えられなくなるからっていうのが本当の理由だな。お金大好きだもんな」

「やめてよね! その言い方!」

 やっぱり二人の勢いは結構すごい。サンが何も言えずにいる内にどんどん話が進んで行ってしまう。

「あ、あの、その魔法ってどんなものなんですか?」

 この流れを止めてしまうような気がして少し不安だったのだが、それでもここはサンも勇気を出して尋ねてみることにした。魔法の事となればやはりちょっと気になる。

「う、うーん…、ごめんね。これは教える訳にはいかないのよ」

 駄目だったようなのだが、ぞんざいなディオへの対応とは対照的にキャロルは申し訳なさそうに答えてくれた。さらに続いた彼女の言葉からすると、話せない理由も守秘義務などではないようだ。

「いわゆる『禁術』と呼ばれる類であることだけは間違いないの。それも、魔法になんて全く詳しくない私でさえすぐさまそう判断出来てしまうほどの。だから、どうしてもあんまり話せなくて…。」

「そこまでは言うくせに何でそれ以上は駄目なんだよ。気になるだろ?」

「あんただったらその魔法の詳しい話を聞いても『ふーん?』くらいの感想で終わっちゃうのかもしれないけれど、普通はそうはいかないようなものなのよ。無為に世に広めてしまわないためにも、出来るだけ口にはしないでおきたいのよ。どこから変な噂が生まれるのか分からないんだし。そもそもあんたみたいなのに教えたら全部お構いなしにぺらぺらと喋っちゃうでしょ、おしゃべりなんだから」

「…お前がよく言うよな……。」

「ごめんね、サンちゃん…、こんな回答しか出来なくて…。」

 ディオの文句など耳に入っていない様子で、サンに向かってキャロルは続けた。

「い、いえ、すいません、私の方こそ変なこと訊いてしまって…。」

 全く気にならないといえば嘘になってしまうが、ここまで言われてしまうと知りたいという好奇心よりも怖さの方が先に立ってしまう。

「しかし、その騎士の奴も変わっているな。魔法なんて使えないだろうに、そんなものを欲しがるなんておかしな話だし。その魔法自体を欲しいわけではないというのもまた訳の分からない話だし」

「そ、そんな変な人なんかじゃないんだから…。だってそもそも、イノセントさん魔法使えるんだもの…。」

「えっ」

 ちょっと不満そうな表情でぼそっと零したキャロルの言葉に、サンは目を丸くした。

「騎士で魔法も使える方がいらっしゃるんですか?」

「ふふっ。ええ、すごいでしょ。何より紳士だし、すっごく良い人なのよ。顔も悪くないしね」

 ころっと表情を変えた彼女が見せたのはどこか自慢気な、だが全く嫌味を感じさせない、そして何よりも茶目っ気をたっぷりと含んだ魅力的な笑顔だった。

「ただ、イノセントさんは仕事の件もあってお連れの騎士達と一緒に詰所の方へ行っちゃったのよ。さすがに男ばかりのところに女一人で泊まるのも嫌だから、私だけ別で宿を取ろうと思ってこっちに来たの。――まあ、私の話はこのくらいかな」

 キャロルは話の方向をディオへと向けた。

「それで、どうしてあんたはここにいるのよ?」

「サンが古い魔法を探しているんだ。それで面白そうだから俺も協力している。さっきまで俺達もここでダーレスと話していたんだよ」

「ごめんね、サンちゃん、迷惑ばっかりかけて…。嫌なことは嫌だってちゃんと言って良いんだからね?」

 ディオの言葉とほとんど繋がらないようなことをキャロルは口にすると、心の底から心配しているような目を向けられた。

「い、いえ…。こっち側は本当に助けてもらっている部分も多いので…。」

「え…?」

 キャロルは目を丸くしている。

「どういう反応なんだよ、それは…。」

 ディオがまた文句を付けていたがキャロルはまるで気に掛けてもいない。ただ彼女は深刻そうにサンに向かって言葉を続けた。

「…あのね、サンちゃん。これ大事な話だからよく聞いてね? こいつ、普段が滅茶苦茶だから、ちょっとまともな事をしただけでいつもとのギャップからすごく良い奴に見えちゃうことがあるの。そういう時こそ冷静にならなくちゃダメよ? 今までディオの仕出かして来たことをちゃんと思い返してね?」

「仕出かして来たって、俺のことを悪党みたいに言うなよな」

「まともなことしている時の方が珍しいじゃないの。自覚しなさいよね、ほんと」

 目の前でディオとキャロルは言い合いを始めたのだが、サンの目にはその様子は入って来なかった。キャロルの言葉に少し従ってみただけで、確かに思い当たる節がいくつもある。

「…確かに、ディオさんのおかげでダーレスさんと知り合えたような気がしていたけれど、そもそもディオさんのせいでダーレスさんに怒られることになってもおかしくなかったんだし……。」

「ね? すぐ見つかるでしょ? 典型的なマッチポンプっていうやつね」

「たまたまそう見えるというだけだ。別に意図した訳じゃない」

「…一応言っておくけど、それ余計にタチが悪いからね」

 目の前で二人が話しているが、サンはそちらには目もくれず、さらに今までの出来事に目を向けた。

「…騎士が怖くて明日の予定をどうしようか悩んでいた所で一歩踏み出せたのはディオさんのおかげだけど、そもそもディオさんのせいで山賊扱いされることになったんだし……。」

「…え、さっきサンちゃんが言っていたのって、今騎士のみんなが騒いでいるその話なの…? さ、さすがにそれはひどすぎるわよ……。」

「いやいや。実際のところは山賊扱いなんてされていないはずだ。ただサンの心配性。それにこれに関しては騎士たちが悪い。少し調べれば俺たちが無実だとすぐに分かるはずだ。」

 ディオはそう言うもののサンの気持ちはさらに沈んだ。キャロルの言う通り、さっき彼と並んで座っていた時のやり取りも含めて、何だか騙されていたような気がして来た。

「さっきだって、あいているからって私の事無理やりダーレスさんの家まで連れ込んで…。」

「……え?」

「んなっ!」

 キャロルは今すぐにでも続きを求めるような表情でありながらもどこか剣呑な雰囲気で凍り付いたように固まり、対照的にディオは急にばたばたと慌て出した。

「な、なんでわざわざキャロルの前で…! ち、違うぞキャロル! おいサン! ちゃんと説明しろよ! 言葉を省略するな! このばか!」

 ディオが何を焦っているのかは分からなかったが、末尾にくっつけられた、誰にも言われたことなんてないひどい暴言にただムッとしてしまった。

「な、なんですかバカって…! だって本当じゃないですか! あれだけ私が嫌だって言ったのに、ちょっと様子を見るだけって言っていたのに、部屋の前まで来たら私の首のあたり掴んで強引にベッドの方まで引っ張って行って…!」

「こらあっ! このバカディオ!」

「ふぎゃん! ち、ちがっ…! ぎゃんっ!」

 俄かにキャロルは立ち上がると、猛然とディオにこぶしを振り下ろし始めた。

「えっ…!」

 突然の事態に、サンは一瞬息の仕方まで忘れてしまった。キャロルの怒り方は烈火の如くに激しい。確かに他人の家に勝手に忍び込んだなんて怒られても仕方ないことだとは思うが、まさかここまでのことになるなんて思ってもみなかった。ついさっき自分が泣いてしまった時よりもずっと激しく、キャロルは激昂しているのだ。

「あんた…! あんた馬鹿だとは思っていたけど、こういうことだけは絶対にしないと思っていたのに…! この馬鹿! 馬鹿!」

「ち、違うんだって本当に! 今のはサンがちゃんと全体を言わないから…!」

「あ、あのキャロルさん…!」

 サンも慌てて席を立った。ディオばかりがぼこすか殴られているが、本当は自分だって無実とは言えないのだ。

「だ、だってサンちゃん…!」

 彼女は手を止め振り返ったが、何を言うべきか知らぬように言葉を詰まらせた。その目には涙さえ溜まっていた。

「あ、あの…!」

 その悲憤とも呼んでも良いような彼女の表情に気圧されたが、サンは踏み止まってこの状況を収めるための続きを口にした。

「途中からは、あ、あの、わ、私もちょっと乗り気になっちゃったところがあったので、そ、その、ディオさんばかり怒らないで…。」

 言い辛さに堪えながらも頑張って口にすると、二人は確かに止まった。それこそまるで、時間ごと止まってしまったかのように。だがキャロルもディオも、その顔はなぜか一瞬で真っ赤に変わっていた。

「う、あ…。ご、ごめんディオ…。そ、その、まさかそういう遊びだとは思わなくって…。」

「………っ!」

ディオが首をぶんぶん横に振っている。彼が言葉を詰まらせるなんて本当に珍しい。その顔は真っ赤だ。

「う、あ、えっと…。で、でもそうよね…? 今だって一緒にいるんだから、そう考えるのが自然よね…? う、えっと、お医者さんのところなんだから、そ、その、ベッドとかはたくさんあるのかもしれないけれど、他人の家でそういうのっていうのは…。そ、外でとかよりは全然健全なのかもしれないけれど…。い、いや、ほんとはそういう高度なのは私全然分からないんだけど…。ご、ごめんね、なんか…。で、でも、いつも言っていることだけど、あんまり人に迷惑掛けるようなことはしちゃ駄目よ…? そ、その、二人でっていう分には私も何も言わないから…。」

「ち、ちがっ…! そ、そんなことするわけが…!」

 浪々とした話し方をするキャロルなのになぜか今はしどろもどろだ。なんだってはっきり言うディオなのになぜか今は歯切れが悪い。そして二人とも顔が赤い。

(…な、なんかヘンかも…。私一人で話が全く分かっていないような気が…。)

「おいサン!」

「ひゃ、ひゃい!」

 油断していたところ、急にディオがこちらを向いてがなるように言うので声が裏返ってしまった。

「なんでそっち側の変な意味に繋がるような言葉ばかりその口からはぽんぽん出て来るんだ! ベッドだとかなんだとか! わざと言っているんじゃないのか! ほんとに!」

「え………?」

 ディオが何を言っているのかは分からない。だが、ベッドから繋がる変な意味と言えばそういった方面のことしかない。

 途端に、二人が今までしていた会話の意味が見えて来た。

「な、なななに言っているんですか! な、なんでそんな話になっちゃっているんですか!」

「ぜんぶお前から言い出したんじゃい! 無理やり連れ込まれただとか、俺に冤罪被せるような言い方ばかりしやがって…!」

「えっ…! …あ! あああああっ!」

 ディオの指摘で今度こそ全貌がはっきりと分かった。自分の言葉はすべてとんでもない意味でキャロルに伝わってしまっている。

 一瞬で頭の中が真っ赤になった。完全に茹って沸騰した。

「ち、ちがっ…! 違うんですよ! キャロルさん! ほ、ほんとにそんな意味なんて無いんですよ! ただちょっと調べものするために行っただけであって…! ――…ん? あ、ああっ!」

 困惑したようにこちらを見つめるキャロルに向かって、サンは頭を激しく横に振りながら口にしていた。

 だがその瞬間、ある光景が記憶の中から振り出されて来た。

 ダーレスの書斎、ほとんど調べものも終わった頃、「この言い回しが一番良い」なんて変なことを言ってにこにこ嬉しそうに笑っていたディオの顔。

「そうだあの時! そうです! ぜんぶディオさんが悪い!」

「な、なにいっ!」

 サンには絶対の自信があったのだが、ディオからはすぐさま抗議の声が上がった。

「だ、だってディオさんがさっきの言い方私に吹き込んだから…!」

「俺は今カバーしようとしていただろ! 人のせいにするなよな! ずっと恥ずかしいこと一人で喋っていたのは全部サンだぞ!」

「う、ううー…!」

 何も言い返せない。全面的にディオが正しい。

「ほっ、でも良かった…。」

 サンが唸っている隣でキャロルが安心したように一息ついていた。

「とにかくそういう話じゃなかったってことよね…。そ、そうよね…。いくらディオとはいえ、さすがにそんなことするわけないもんね…。あはは、あー良かった。…うん! そうよね! そんなこと本当にする人間なんかいる訳ないじゃないの! あははははっ!」

 自分の世界観が守られた安堵感からか、キャロルはころころ笑っている。こちらの言葉は十分に届いたようなのだが、今度は助けて欲しいサンはそのまま泣きそうな視線をつい彼女に送ってしまった。

「あっ! うん! とりあえずディオのことはやっつけちゃえば良いんじゃないかな!」

「えっ…!」

「ちょっと待てえっ! どうやってその結論が出て来たんだ!」

 こちらに気付いてくれた彼女からは予想外の提案が飛び出した。当然だがディオからはさらなる猛抗議が上がっている。

「だって、これってディオが仕掛けた悪戯なんでしょ?」

「そ、そうです! 絶対そうなんです!」

「いや! 俺がサンに言ったのは最初の一言だけだぞ! ここまでぶっ飛んだ内容にしたのは全部サンだからな! なんだよ『途中から乗り気になっちゃった』って! こんなのサン一人での自爆だからな!」

「う、うううー…!」

 やはりサンからしてもディオの言うことが正論に聞こえてしまう。ディオに意地悪な言い方をされても何一つとして反論できない。

「キャロルさあん…!」

 まるで勝ち目がなさそうで、ついさっきと同じくキャロルに縋ってしまった。

「ふふっ、もー。サンちゃんったら優しいんだからー。じゃあ代わりに追及してあげる」

 すると彼女はにこにこしながら快く引き受けてくれた。

「ねえ、ディオ? サンちゃんがどんな目にあったか説明しようとすれば、変な意味に取られ兼ねないっていうのは気付いていたんでしょ?」

「ま、まあそれは…。」

 実に楽しそうにキャロルは尋ねているが、ディオの方は答えながらももう目がよそを向いていた。

「で、でも俺はちゃんと説明しようとしたんだぞ! だけどサンがまるで気が付かないから放っておくしかなかっただけで…!」

 このままでは自分の不利が決まってしまうことを感じ取ったのか、ディオは慌てて言葉を続けた。だがキャロルは余裕の表情を崩さない。

「ふふーん? じゃあ、まったく悪意なんて無かったっていうわけね?」

「お、おう! そうだ! そういうことだ!」

 ディオは忙しなく首を縦に振っているが、それを見てキャロルはより一層にんまりと笑った。

「じゃあ、サンちゃんが照れて恥ずかしがってー、とっても慌てる姿を見せてくれるだろうとは分かっていたけれど、それについては特に何も思わなかったってことよね?」

「う、ぐ、そ、それはー…。」

 ディオの目がまたそっぽを向いた。

「………ほんとはそれが面白そうなんて思ったんでしょ?」

「ふぐっ!」

 まるで直接引っ叩かれたかのようなディオの反応の意味はサンにも分かった。今のキャロルの言葉は的確に図星を突いたのだ。

「ほらやっぱりギルティ! 悪意はあったわね!」

 名探偵の如くキャロルはディオのことを指さした。

「サンちゃんのフォローに入っていたのは、ただ私の前だからって防衛本能に従っていただけのことに過ぎないわね! それか予想以上に自分が巻き込まれた内容に話が展開しちゃったから、ってところでしょ! 他の人の前だったら絶対にこいつは隣で腹を抱えて笑っていただけに違いないわ!」

「そ、そそそそそそんなことあるわけが…!」

 ディオは抗議しようとしているものの何も言えず、完全に慌てふためいてしどろもどろだ。それが何よりも、キャロルの推理がすべて正しいのだと雄弁に物語っていた。

「…や、やっぱりディオさん……!」

 サンは杖を抜き、固く握りしめた。サンの中の羞恥の赤が、次第に怒りの赤に変わり始めていた。

「い、いやいやいや! ま、待て! 待て! 全部キャロルの憶測じゃないか! ど、どこにそんな証拠が――!」

「いいや? 証拠ならあるわよ?」

「な、なにいっ!」

 なんだか本当に推理ものみたいになって来た。とはいってもこの調子に合わせて遊んでいるのはキャロルばっかりで、ディオはもう負けが決まっているのにただただ悪あがきに必死なだけだ。

「まあ証拠というか、証言なんだけれどね? だけどこれはあんた自身のものなんだから否定なんて出来ないはずよ」

 キャロルは自信たっぷりに、得意げに語り始めた。

「あんたはさっきこう言ったわ。『なんでわざわざキャロルの前で』ってね。これだけではっきり分かる、たまたまこういう騒ぎに繋がった訳じゃないってね。成り行きに任せるという方法を選んだとはいえ、あんたは自分でしっかりと種を蒔いていた。未必の故意っていうやつね。唯一の計算外はその種が芽吹くちょうどその時に、あんたの天敵である私がいたってことくらいでしょ。ま、これがあんたにとっては致命的だったんだけれどね」

「うぐっ…! うぐぐぐ…!」

 ディオはもう完全に追い詰められ、ただ歯噛みして唸ることしか出来なくなっているらしい。

「ふふっ。どうやら無駄な抵抗もここまでのようね。よし! サンちゃんやっちゃえ!」

「は、はいっ!」

 キャロルが下した判決の通り、サンは杖に光を纏わせた。

「お、おいサン! なに簡単に唆されているんだ! キャロル汚いぞ! お前こそ面白がってサンのことけしかけているだけじゃないか!」

「べ、べっつにー? ほらサンちゃん! 逃がしちゃ駄目よ! ここでちゃんと叱っておかないとまたすぐに調子に乗るんだからね! 今までどんな目に合わされて来たのかちゃんと思い出すのよ! 今までされて来た悪戯と意地悪を! そして被って来た迷惑を! その想いを全部ぶつけてやるのよ!」

「は、はい…!」

 ただ道を歩いていただけなのに騎士からは山賊扱いされることになった。そのすぐ後には妖精の件だ。ダーレス宅の捜索に無理やり巻き込まれた。その途中ではなんだか分からないがほっぺもつねられた。今だって顔から火が出るような思いをさせられ、会ったばかりのキャロルにとんでもない勘違いをされるところだった。

 ここにもいくつかただ自爆しただけの話も含まれているような気もしたが、キャロルに背中を押されたこともあってやっと覚悟が決まった。

「待てサン! あいつ言っていること滅茶苦茶だぞ! なに当たり前のように従っているんだよ!」

「う、ぐ、で、でもやっぱりディオさんが…!」

 サンは杖を振り下ろした。

 …一応ちょっとは加減した。



「初めて会ったときは、まだサンちゃんよりも少し低いくらいの背丈しかなかったんだ。声も高かったしね。小生意気で、ちょっとおバカな男の子って感じでかわいくて。まあ、その時からの付き合いだから私はあいつの姉みたいなものなのよ。言うほど年は離れていないんだけどね?」

「ふふっ。そのころのディオさん、ちょっと見てみたいです」

「私としても戻ってくれないかなあなんて思うんだけれどね…。だって今じゃあ、馬鹿で、やかましくて、迷惑な、歩く災害製造機にしか見えないんだもの。中身はほとんど変わっていないはずなのに…。……容姿って、やっぱり大事よね」

 「はあ」っと、深いため息をキャロルはついた。

 サンはキャロルの後ろに目をやった。ひっくり返っている机の向こう側に、姿は見えないもののディオが倒れているはずだ。

「…ちょ、ちょっとやり過ぎちゃいましたかね…?」

 それを見ていると今更になって少し後ろめたさが出て来た。もう少し手加減した方が良かったかもしれない。

「いや、良いのよ。あいつだけは特別扱いで」

 しかしキャロルはあっけらかんと答えてくれた。

「あいつには学習能力なんて高度なものは備わってないけれど、少なくともこっちの気は晴れるんだから。少しでもストレスが溜まったら気にせずにやっちゃって良いんだからね? あ、八つ当たりでもなんでも問題なしよ? それでやっとあいつが周りに掛けた迷惑と釣合いが取れるかどうかってところなんだから」

「…い、いや、さすがにそれは……。」

 そう言いつつも、サンはちょっと笑ってしまった。

 サンに心強い味方が出来た。

 サンは少しだけ強くなった。


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