その1 ただ道を歩いていただけなのに
「おったから、おったから」
暗い洞窟の中、鼻歌を唄いながら彼は剣を指揮棒のように弾ませた。鞘に入れられたまま機嫌よく跳ねるその剣の先では、男が一人跪いている。
「ま、待ってくれ! 頼むから命だけは…!」
「ふふん。お前らが溜め込んでいたお宝の在りかを教えてくれたら、考えてやらないでもないぞ?」
にこにこと嬉しそうに彼は言う。やっている事は脅迫だ。
「この奥だ! すぐそこにある!」
脅されているその男は弾けるように応えると、すぐさま自分の背中の方を指差した。
「むっふっふー。よーし、じゃあお前らの代わりに俺がそれを使ってやろうじゃないか。――どりゃあ!」
「ま、待ってくれ! そんなの約束と――!」
満足げに鼻息を荒くすると彼はその剣を大きく振った。ぶおん、という低い音と共に、その男は抗議ごと吹き飛ばされていく。きっと当分は目を覚ますことも出来ないだろう。
彼はたった今言われたことなどまるで気にも掛けず辺りをきょろきょろと見回して、同じように伸された男たちの間にランプを見つけると、それを手にずんずんと洞窟の奥へと進んで行った。
彼は山賊がいるという噂を聞きつけてここにやって来た。目的はその略奪品、それを手に入れるための手段は強盗だ。いくら山賊が相手とはいえ、かなり際どいラインの企みだろう。だが彼自身はそんな風には欠片ほども思っていない。むしろ、誰にも怒られることも無く一攫千金となる名案が浮かんだと自分自身で感激し、一切の後ろめたさを感じる事も無く喜び勇んでここに突撃したのだ。
悪人ではない、と思う。だが彼のせいであちらこちらに被害が及んでしまうことも多い。だというのに彼自身は悪気なんてまるでないので非常にたちが悪い。総じて簡潔に言ってしまえば、悪戯好きな子供みたい。彼はそんな人物だ。
「おっ、おおー!」
さっきの男の言う通りに洞窟の奥まで進んで行くと、ランタンの光を跳ね返す一山が彼の目に飛び込んで来た。はしゃぎながら駆け寄ってみればそこには金貨をはじめとした無数の硬貨、乏しい灯の下でも美しく輝く宝飾品などが一山を為している。
「むふふ、いい仕事をしているじゃないか」
つまりはそれだけ被害が出ていたという事なのだが、やはりそんなことを気にするような彼でもない。
彼は懐から麻袋を取り出すと、すぐにそれらを詰め込んでいった。何をしてもざくざくじゃらじゃらと鳴る音が心地良い。袋はすぐぱんぱんに膨らんだ。銅貨一枚さえも残さずに詰め込んだのだ。今にもはち切れんばかりになっていると言って良い。
だがその重さがむしろ、外へと戻る彼の身体を羽のように軽くした。日の光が見えてくるとさらに心は弾み、ついさっき伸した男達をわざわざ飛び石に見立てて踏み付けながら、踊るように外へと飛び出した。
だがその瞬間、ぬっと真っ黒な影が突然目の前に現れた。
あっ
と、思った時には、ずっしりと重い麻袋を叩き付けていた。必要以上に力が乗っていたのか、逆光で真っ黒にしか見えなかったその影はもんどりうちながら吹っ飛んで行った。
(なんだ、まだ残りがいたのか)
殴り飛ばしてからそんな事を思っていたが、すぐさま別の誰かの声が響いた。
「隊長っ!」
吹っ飛んでいった男に、悲鳴のような声を上げながら何人もが駆け寄っている。
「…ん?」
思わず漏れ出た疑問の声は、鎧に身を包みながらもばたばたと慌てふためく大勢の男たちの間に消えて行った。
(…怒られるかもしれない)
状況はまるで掴めなくとも、倒れた男を取り囲むいくつもの不安そうな表情、そしてこちらに向けられている明かな敵意が宿った無数の鋭い目付き、それらからそのことだけははっきりと分かった。
「あ、ああっ! 誰がこんなひどい事を! 医者を呼んで来る!」
白々しくそう叫びつつ、自分で殴り飛ばした男の方へと向かって少しだけ屈むふりをしてその輪を抜けると、彼は一気に木々の中へと駆け出した。
「ま、待て! その山賊を逃がすな!」
しかし一瞬だけ呆気に取られていた男たちもすぐに我に返り、慌てながらも怒鳴り追い掛けて来る。
「だ、誰が山賊だ! 医者を呼んで来てやるって言っているだろ! お前らはそこで待っていれば良いじゃないか!」
「信用できるはずが無いだろうが! お前こそ止まれ!」
「言っておくけど今のはただの交通事故だぞ! それも急に飛び出して来たそっちが悪いんだからな!」
当然それで納得させられる訳もなく、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら一団の先頭となって林を駆け抜け、街道へと飛び出した。後ろを振り向けば足場の悪さに苦戦して、身体をもつれさせている男たちの姿が見える。
「むふふ、間抜けだなあ」
到底届くような声では無かったのだが、嬉しそうな顔は十分に彼らにも見えたらしい。すぐさま彼らは激高して、木々の枝をへし折りながら猛進し始めた。前にいる者が転ぼうとも止まることなく、互いに互いを踏み付けながらでも突き進んで来る。
「うっひゃー、やばいやばい」
口にしている事とは正反対にきゃっきゃっと笑って彼は街道を駆け出した。すぐ後ろからは鬼の形相をした男たちが付いて来ている。
するとふいに木々が消え、空が開けた。
よく見渡せる野原の中、前にはローブを羽織った小柄な人の姿があった。何よりも特徴的なことに、不思議な装飾の施された大きな杖をその手に携えている。きっと魔法使いだ。まだこちらの騒ぎに気付くことも無く、フードを被ったままとぼとぼ歩いている。
(お、ちょうどいいな、助けてもらおう)
迷惑千万な考えを彼が抱いたその時、やっとその魔法使いも異変に気が付いたらしい。その子はぱさりとフードを脱ぐと、後ろで一つにまとめた髪を揺らしながら振り返った。
いったいなんだろう? どこかあどけなさを残している彼女の顔には、そんなごく素朴な疑問が浮かんでいた。が、それも一瞬だった。すぐに自分の方へと迫りつつあるその謎の脅威に目を丸くして、ぽかんと彼女の口は開いた。
「手を貸してくれ」
足を止めることなく彼女の脇を駆け抜けながら彼は声を掛けた。そのことで我に返ったのか、身の危険は察知したらしい彼女も慌てて並んで駆け出した。
「ま、待って下さい! なんなんですか一体!」
「魔法使えるんだろ? あいつらの事追い払ってくれよ」
「い、嫌ですよ! 一体何が起きているんですか! あの人たちは一体何者なんです!」
「…うーん、さあ?」
色々と慌ただしいこともあったので最初に要件だけを伝えたのだがあっさりと突っぱねられた。彼女が抱いた当然の疑問も、改めて問われると実は彼自身もよく分からない。
「まあ別に誰でも良いんじゃないか?」
面倒臭くなって途中で考えるのを止めた。
「そんなので納得するはずないじゃないですか!」
「そんな事言われたって本当に分からないんだって…。」
答えようのないことを何度も聞かれたって困る。
「でもあいつらの顔を見てみろよ。どう見ても敵じゃないか。それだけ分かれば十分だって」
その言葉に彼女は足を止めずとも、ちらりと後ろを覗き見た。男たちは怒りに満ちた凶悪な顔を見せながら、決して諦める様子もなく追い掛けて来ている。その内の誰かと目でも合ったのか、彼女は青い顔になって急に前へ向き直った。走り方にも真剣さが増した。
「ほらな?」
「で、でも…。」
それでも彼女は口ごもりながら曖昧な返事をした。危機感は十分に積もっているようなのだが、まだ踏ん切りは付かないらしい。
そこに後ろから怒鳴り声が飛んで来た。
「これ以上仲間と合流させるな! 絶対に捕まえるぞ!」
「なんで私まで…!」
彼女はびくりと身を震わせると、涙声になって叫んでいる。
「あはは、やっぱりあいつらは共通の敵じゃないか。はっきりして良かったな」
「う、ううっ……!」
こちらを見る彼女の目がぎっとなったがそれも一瞬で、すぐに弱気な、今にも泣き出してしまいそうな顔に戻った。彼女は笑っている彼を見て、比べるように後ろから怒声と共に追い掛けて来る男たちに目を移し、再び彼へと目を戻した。
「う、ぐぐ…! わ、分かりましたよ! 何とかしますよ!」
顔を伏せて少し唸ってから、やけっぱち気味にその子は叫んだ。
彼女はくるりと身体を回して杖を構えると、杖先で道を一閃するように薙ぎ払った。
次の瞬間、辺りには爆音が轟いた。
何ら変哲も無かった地面から突然、巨大な炎の壁が吹き上がったのだ。
「止まれっ、止まれーっ!」
ごうごうと空気を巻き上げながら視界を覆う程に燃え盛る炎の向こうから、かすかに男達の声が聞こえてくる。その圧倒的な火力に、追われていた側の彼らも含めて誰もが足を止めていた。
「おおっ、すごいじゃないか! 完璧だ!」
子供のようにはしゃぐ彼の横で、彼女はやっとのことでほっと一息を付いていた。
「…それで、あの人達は誰なんですか? というかあなたも…。」
真っ赤な光に照らされながら彼女は再び彼に問い直した。だがその前者の答えは炎の向こう側から飛んできた。
「お前等、騎士に歯向かってただで済むと思うなよ!」
「……え?」
目を見開きながら自分の耳を疑うように、彼女は小さな声を漏らした。
「あー、なるほどな。ちょうど山賊退治に派遣されたところで俺とかち合ったのか」
合点が行った、とのん気に彼は口にした。
「…な、なに……え、…え?」
不憫なその女の子は完全に状況について行けていない。訳も分からず、ただ自分の不幸だけは確信して、目に涙をため始めながらきょろきょろと彼の方を向いたり、炎の方を向いたりしている。
「しかし今の魔法は凄いな! 騎士を一瞬でやっつけたじゃないか!」
「…え、…あ! ち、違いますよ! やっつけてなんかいませんもん! 私はまだ何にもしてないですもん!」
「そんな謙遜するなって! あれを見てみろよ!」
勢いの衰える所を見せない炎はごうごうと燃え盛りながら、ちりちりと二人の肌を焼いている。
「いや! あれはだって…! あ、そうだ! 今すぐ消しちゃえば――。」
「まだあの二人はすぐそこにいるぞ! 迂回しろ! 絶対に逃がすな!」
彼女はもう一度杖を構えたのだが、その怒号を聞いてすぐに引っ込めた。
「よーし! じゃあ俺は先に行くからな! 相棒!」
「や、やめてくださいその呼び方! ――う、あ、待って…! 私も…!」
彼女は言い返して来たものの、彼が走り出すと置いて行かれないようにすぐに駆け出した。だがあまりの事態に目が回っているらしく、少しふらついている上に涙ぐんだままだ。
「俺はディオ! よろしくな!」
極度に混乱しているせいで言葉の意味がうまく取れなかったのか、彼女は走りながらも彼の方を不安げな目で少しの間じっと見つめた。だがすぐにはっとした様子を見せた。先ほど自分が尋ねたことの答えだと分かったらしい。
「あ、え、えっとサンです…。」
本当はこんな生真面目に名乗る必要も無かっただろうに、思わず釣られるように彼女は答えてしまっていた。
だが彼の方は満足気な大きな良い笑顔を見せた。
彼らはそのままどこまでも真っ直ぐに駆け抜けて行った。林の中で木に引っ掛けたのか、それとも火の粉を被ってしまったのか、彼が肩に担いでいる麻袋からきらきらと光を零しながら。




