その6-3 廃村の冒険
馬車が揺れる事わずか十分前後、ギルの言っていた例の廃村までやって来た。
「え? 私が払うの?」
しかし車内ではもう新しい揉め事だ。
「だって俺たち、金なんて持ってないんだもん」
「姉さんありがとうございます」
相変わらずあの二人は調子が良い。
「あの、僕も払えますから…。」
「だ、ダメよ! ポロロ君に負担なんかさせられないわ! 半ば無理矢理に巻き込まれたようなものなのに!」
健気なポロロの申し出なのだが、キャロルとしては受け入れる訳にいかないらしい。ディオ達とは扱いが随分違う。
「このくらいの距離だったら気持ちだけで良いですよ? こっちだってこれで料金取るのも申し訳ないですし…。」
だが見かねたのか、それとも本気でそう思ってくれたのか、ダンスが一言添えてくれていた。
「良かったじゃないかキャロル、じゃあ後は頼んだぞ」
「こいつら…!」
余計な一言だったようだ。ディオは馬車から蹴り出されてしまった。
「むう、またご機嫌ななめだな」
しかし雑な扱いに慣れているディオはこの程度ではへこたれない。しょげていたのなんてもう過去の話だ。
「…アニキの姉さん、とんでもなく気が強いですね」
続いてギルが蹴り落されて来た。こちらはまだ地面に這いつくばったままだ。
「さっきは仕方なしああ言ったけれど、別に本当の姉じゃ無いからな?」
「えっ、そうなんですか?」
「そう。だからあれは姉ぶっていて、そう扱ってほしいというただの変態なんだよ」
すぐ後ろに当のキャロルがいるというのに、さっきの事も忘れてディオは平気で言う。
「…へえー」
ギルはにやりと下品に笑った。
「美人で気が強くて変態とか最高ですね」
「そ、そうか…。」
しかしギルの方も色んな意味で、ディオには信じられないほどに豪胆だった。
「…まあ、死ぬなよ」
女性についてのアドバイスとしてはとてもふさわしくない、だがディオには的確に思える一言を送っておいた。
「あー、もー…。やっぱり別のことしていれば良かった…。もっとマシな暇つぶしくらいあったはずなのに…。」
ぶつぶつ言いながらキャロルはポロロと一緒に降りて来た。機嫌は悪そうだが、すぐにげんこつが飛んで来ないあたり今の会話は聞こえずに済んだようだ。
「そんなこと言うなよ。卵から不死鳥が生まれたらすぐ色付けて返してやるから」
「最終的にはそんなものになっちゃうって分かっていたのに…! んもー!」
キャロルは大声で不満を漏らしている。だが、なんだかんだと言いながらここまで付いて来てくれたのだ。きっとちゃんと協力もしてくれるだろう。案外義理堅いところがあるのだ。
ディオはさっきからずっと気になっている廃村の方へと目を向けた。かつて人々が住んでいた家々の残骸がいくつも並んでいる。屋根や壁は崩れ、石レンガは苔むしているようなものさえある。期待していたのにダーレスの家では全く見られなかった怪しげな雰囲気がここにはあった。
「よーし! まずは魔法使いの家を見つけるぞ!」
胸を躍らせ、ディオは高らかに声を張り上げた。
「…そんな区別なんて付きますか…? もうほとんど何も残っていないようなものなのに…。」
ポロロがぼそっと呟いた。まだ何もしていないのにこっちももう元気がない。
「大丈夫だって! へーき! へーき! だってダーレスの家では人形がのこのこ一人で歩いてるんだぞ! そういうの探せば良いだけなんだから!」
「や、やめてよ! 怖いこと言うの!」
キャロルもどう見たって気乗りしない様子だ。
「あ、アニキ! あの家なんかボロボロだし、真っ黒ですよ! あれがきっと魔法使いの家ですって! 怪しいですもん!」
「おっ! やるじゃないか、ギル! よーし! さあ行くぞ!」
しかしそんな二人の様子を気に掛けるようなギルでもディオでもない。二人は意気揚々と言葉を交わすと、一気にその家へと駆け出した。
「…ん? んー?」
しかし、いざその家の前までやって来るとディオは首を傾げることになっていた。その家が黒く見えたのは装飾によるものではなかったのだ。ほとんど崩れている石壁の残骸に触れてみると、こちらの手まで黒くなる。どこも煤けているのだ。
「火事でもあったみたいだな、この家は」
朽ちかけていることも重なって、他の家々と比べても本当にひどい有様だ。ぼろぼろの石壁を跨いで中に入ってみても、上を見上げてみればそのまま青空がすかっと覗けてしまうのだ。屋根がついていた様子なんて想像する方が難しい。
「あ、アニキ、あの…。ここがやっぱり、魔法使いの家かも知れません…。」
「ん? そうなのか?」
何か見つけたのかとギルの声に振り返ったのだが、彼はむしろこちらの様子を伺いながら不安そうにそわそわしていた。
「じ、実はその、酒場で聞いた時には大したことじゃないと思ったんですけれど、その魔法使い、村の人たちと揉めたらしいんです。その魔法使いが王都へ引っ越すからって…。」
「ふーん? じゃあ黒焦げなのはそのケンカが原因なのか。ケンカって言うよりは、焼き討ちにでもされたって言った方がしっくり来る気もするけれど」
「…すいません、アニキ…。まさかこんなだとは…。これじゃあ何も見つからないかも…。」
ギルはしゅんとしたまま口にしたが、ディオは笑って答えた。
「なーに、まずは魔法使いがここに住んでいたことは確認できたんだ! まずはそれだけでも十分だって! 他の家の様子とかも見てくればなにか――…ん?」
しかし自分で口にしている所で、先ほどのギルの言葉の内に不思議な点があったことに気が付いた。
「さっきギル、『ケンカになって引っ越した』じゃなくて、『引っ越すからケンカになった』って言ったか? それって順番が逆だろ?」
「…いや、たぶんそれで合っているのよ…。」
キャロルもちょうどポロロを引き連れてやって来てくれた。ただ、その顔には少し暗い陰の色がある。
「むっ、その顔は…。もう何か分かっているんだな?」
ディオはキャロルに続きを促した。どうも彼女は他の家の様子もざっと見て来てくれたらしい。とても直接は言えないことなのだが、キャロルは目端が利く上にいろいろと知っているのでこういった調査や捜索では自分よりずっと上だ。言い渋っているのだが、そんな思わせぶりな態度を見せられると余計に気になってしまう。
「…あくまで全部推測よ? 私だって、ちゃんとした証拠を見つけて来たわけでも無いし…。…でも、魔法って周りの人が持て余してしまうほどに特別な力だから…。」
彼女は少し気になる前置きをしてから、静かに話し始めた。
「実はね、そういう揉め事の話って、少し前まではよくあったことなのよ。その原因って言うのも似通っていて、大抵は魔法使いがその村を去ることが発端。…でも本当の理由はその前からあってね、その村の人たちが魔法使いに頼り切った生活を送っていたからなの。ほとんど集られているような生活に嫌気が差して、その魔法使いが村を出て行くって話になったら、『オレ達を見捨てるのか!』って逆上した村の人達といざこざに発展しちゃうなんてことが――」
「ま、まさかそんな…!」
ポロロがショックを受けたように声を上げた。人のずるい部分が少しきつく出過ぎた話で、にわかには信じられないらしい。だが魔法使いがいなくなってしまった後、そのままの生活を続けることが出来なくなってしまったという点だけでも、それなりの説得力があるようにディオには聞こえる。
「…うん、おかしいわよね。そんな話、あまりにも身勝手だもの。でも魔法使いって、やっぱり大きな力を持っているし、まだまだ特別だからさ…。良い意味でも、悪い意味でも。」
キャロルは達観している様であっても悲しそうに付け加えた。彼女はもしかすると、共に仕事をしているという騎士の魔法使い、イノセントの事についても話しているのかも知れない。少しばかり実感がこもっているように聞こえる。
「ふーん? ま! それなら俺たちはやっぱり他の家を探せば良いってことだな!」
ディオだって思うことが無いわけではないのだが、結局のところいつも通りだ。
「えっ…。あんたまだ何か探すつもりでいるの?」
キャロルが信じられない、とでも言うような目を向けて来た。
「そりゃそうだ。そのために来たんだから。ここには何も残っていなくても、ここから奪って行ったものが他の家には転がっているかもしれないだろ?」
「な、なんでこれを見て当たり前のようにそんな事が言えるのよ…。私、ちょっともう怖くなって来たんだけれど…。これでも出て来るものなんて、まさに曰く付きの品そのものじゃない…。本当に呪いとか掛けられていてもおかしくないわよ…?」
「別に人の骨が出て来たわけじゃないんだし、この魔法使いが殺されたって訳じゃないだろ。…たぶん」
キャロルが思いっきり嫌そうな顔をした。この方針ではどうも説得は無理そうだ。
「じゃあ、ここがそもそも魔法使いの家じゃない可能性だってある」
「…この家、焼け焦げたまま放置されているのよ? 襲撃、とまでは行かなくても、それに近いものがあった場所だと考えるのが筋なんじゃないの? そうなれば、ここが魔法使いの家だってことはほとんど確定しているようなものじゃない」
「むぐぐ…。じゃあ本当はキャロルの言うような村人による逆恨みなんかでは無く、その魔法使いが実は悪者だったのかもしれない」
「それ、私の説から多少暗さが抜けるだけで、魔法使いが恨みを持つって事には変わりないからね。動機がどうであれ、魔法使いと村の人たちとの間で諍いがあったのなら呪いを掛けられたものが出て来てもおかしくないんだから」
頭が回るので厄介だ。ちゃんと事実と状況を踏まえて反論される。
「なんか嫌な予感がしたから、ここに来るまでに他の家の様子もちらっと見て来たのよ。そしたら本当に空っぽの家がいくつもあったの。もう普通の地面と区別なんか付かないけれど、ここにあったはずの畑とかを捨てて街に行くのなら、不要になるんだから錆びた鎌とか鍬ぐらい出て来ても良さそうなのにね。それに、捨てられた村ってことを差し引いても物が少なすぎるのよ。だから、やっぱりさっき言ったように魔法使いの人に頼り切った生活をみんな送っていたんじゃないかな。だから、何か出て来たとしても、むしろそれこそ変な呪いとか掛かっていても不思議じゃないと思う。危ないだけよ、ほんとに」
「む、むぐぐ…。」
このままではキャロルの正論によって探索自体を打ち切りにされてしまいそうな気がしたのだが、自分でも色々とこの現場を調べ始めているポロロの姿がたまたまディオの目に留まった。
「…もし呪いの品なんてものが在ったら、いつかその被害を受ける人間が出て来てしまうかもしれない。だから魔法使いの知り合いがたくさんいる俺たちで今のうちに回収しておくべきだ。そのために来たんだからな、そうだろポロロ」
「えっ?」
「ちょ、ちょっとずるいわよ! ディオ!」
急に話を振られてきょとんとしているポロロとは対照的に、キャロルがこちらの意図を察して大声を上げた。
「えっと、そ、そうですね…。やっぱり騎士として見逃すわけにはいきませんから」
「よし!」
こぶしを握るディオとは反対に、キャロルはまた額に手を当てている。
「ご、ごめんなさい、キャロルさん…。」
「いや、仕方ないわよ…。騎士だものね。悔しいけどこれはディオの方が一枚上手だった」
ディオはにこにこ笑顔で三人に麻袋を持たせた。
「じゃあ改めて探索だ! 変に怪しいものがあったとしても触らなければ良いだけなんだからな! なんでも良いから拾ってくるぞ!」
みんなやる気を失っているどころか軽く落ち込んでさえいるのだが、ディオだけはいつだって元気だ。
その後はみんなでばらばらに動くことになったのだが、しかしポロロはそれなりに真面目に家々を調べていた。もちろんディオが言っていた通りに、危険なものが落ちていないか調べているというのもある。だが今はそれ以上に、キャロルの推理したような事件が本当に起きてしまったのか、それをどうしても知りたかった。
それが事実だなんて、あまりにも人の醜い部分が色濃く出てしまった話じゃないか。
だが、その捜査の状況もあまり芳しいものではなかった。自分自身の中で解決しなければいけない問題だと、こちらの様子を見て心配してくれたキャロルとも離れて一人で取り組むことにしたのだが、結局彼女以上の成果を上げることは自分には出来そうになかった。彼女がさっと数件を覗いただけで簡単に調べ上げてしまった事を、自分は遅々かつ不器用になんとかなぞっているだけのような気がして来る。
「…本当にそんな事があったのかな…?」
うまく出来ない自分の調査も相まってどうしても気分が落ち込んでしまう。
しかしそれでも何かしら見つけ出そうと、とぼとぼと他の家へと向かっていた時、ふと、ある家の裏でこそこそ動いているギルの姿が目に入って来た。
「――なにしているんですか?」
正直出会い方がひどかったせいもあって、心の底では彼の事をそこまで信用できないと思ってしまっている部分はある。だが、なんの巡り合わせか一緒に行動しているのだ。それにディオとのやり取りを見ていると、そこまであくどい人でもないような気がして来ていた。もしかするとこんなのも何かの縁なのかも知れない、少し気分転換も兼ねて、近づいて声を掛けてみる事にした。
「な、なななななんでもない!」
しかしなぜかあからさま過ぎるほどにギルは動揺して振り返ると、手に持っていた何かを背中に隠した。
「いったいなにをそんなに慌てているんですか…? ……ん? あ! ああっ! この草は…!」
手に持っている分は隠せても、ギルの背中には到底隠し切れないほどのある植物が生い茂っていた。
低い背丈には不釣り合いなほどに大きく、鮮やか過ぎるほどに真っ赤でところどころ黒い斑点のある丸っこい花。まるで開いた掌のような形をした葉っぱは、その縁が鋸の歯のようにぎざぎざだ。
その特徴のどれもがはっきりと、それが禁制の種であることを示していた。
「な、なななにやっているんですか! それ絶対にダメなやつなんですからね! 葉っぱを持っているだけで捕まるんですよ!」
突然の事態にポロロもほとんど狼狽えながら叫んだ。
陶酔感や多幸感。それを目的として、世間の目から隠れたところで密かに使われているという植物だ。この種はその中でも特別で、強い幻覚作用さえも持っているのだ。絶対に見逃せるはずがない。
「ち、違う! ただオレはこれを見つけただけだ!」
「何言っているんですか! 今こっそり採取していたでしょ! ――あっ! まさかここに来たのもこれを知っていたからで…!」
「そ、それは本当に違うぞ! たまたま見つけただけだ! こいつらはここに自生してくれていたんだ!」
「なんにせよ見過ごすわけには行きません! これは全て報告させてもらいます! 騎士のみんな総出で処分させてもらいますから! 手に持っている分も今すぐ渡してください!」
「う、ぐぐぐ…! だ、駄目だ! それだけはさせない…!」
ギルは苦渋の決断を踏み越えた者が持つ、絶対の覚悟で輝く目を見せた。
「なにを…! 抵抗するつもりですか!」
「これがどれだけの価値を持つのかお前は分かっていないんだ…! これほどの量、本当に街ひとつを買えるだけの金になるんだぞ…!」
「…分かりました、あなたの事も捕えます…!」
「それもさせるものか…! やってやる! やってやるぞ…!」
さびれた村で、命運を賭けた小さな闘いが始まっていた。
そんなこともつゆ知らず、ディオは一人で平和に家々を回っていた。とはいってもキャロルの言う通りほとんど何も見つからずにいる。これだったら本当に呪いの掛けられている品でも出て来た方が面白いのだが、その気配もまるで無い。このままではただ散歩しに来ただけで終わってしまいそうだ。
「…うーん……、仕方ない! ちょっと合格ラインを下げるとするか!」
そう決めると、実はさっきから少し気になっていた大きな壺をディオは手に取った。それには外から見てもはっきりと分かる程の大きなひびが入っている。きっと水を入れればすぐに漏れ出て来るだろう。だからといって穀物などを入れてみれば重さに耐え切れず割れてしまいそうだ。
「うん! やっぱり良いな! きっと俺はわびさびというものが分かるに違いない!」
ほぼ間違いなくゴミでしかないのだが、なぜかディオのお眼鏡に適ってしまった。
そんなつもりは無かったのだが、その壺ひとつで変な踏ん切りが付いてしまったのか、その後ディオの目に留まるものが急にたくさん出て来た。木の枝がほとんど無くなりただの棒きれになった箒、かつて何が入っていたのか分からない黒ずんだ瓶、どれも彼以外は見向きもしないだろう。
だが本人はその訳の分からないものを集めるのが楽しくなって来て、鼻歌を唄いながら上機嫌に次々と家を回って行った。
「…おっ! これは…!」
しかし数々の戦利品の中でも間違いなく一番のお気に入りとなるものを、ついに朽ちかけた木箱の中から見つけた。
「おーい! キャロルー! これ見てみろよー!」
ディオは手に入れた品々を自慢しようと、例の木箱やその他諸々をせっせと運んで馬車の方へと向かった。キャロルはあの後一軒か二軒は覗いたようなのだが、今はもう飽きてしまったらしく、御者のダンスに馬を触らしてもらいながら楽しそうにおしゃべりしている。
「べ、別にサボっているわけじゃ…! な、なに拾って来たのよ! ストップ! その土まみれの汚いものをこっち持って来ないで!」
ほとんど自供に近いことを言いながら慌てたようにキャロルは振り返ったが、すぐに制止を掛けられた。
「ふふん、こんだけ色々見つかったんだぞ。これならきっといい金になるはずだ」
「む、無理だからね、そんなの! ただのごみじゃないの!」
ひどいことを言うキャロルに少しむっとしてディオは地面に荷物を降ろすと、先ほど見つけた自慢の一品を見せるために例の木箱のふたを開け、崩れてしまわないようにゆっくりと取り出した。
「な、なによいったい…。え、ほんとになにそれ…? ……あっ、きゃあああっ!」
最初は困惑して恐る恐る覗いていたキャロルだったが、それがなんだか分かると悲鳴を上げて飛び退いた。
「ふふん、良いだろこれ。蛇の抜け殻だぞ。こんなにでかくてきれいに残っているのは結構珍しいんだぞ」
腰が引けながらも両手を突き出して牽制しつつ、キャロルはじりじりとダンスの方へと後ずさりしていく。だがそんな様子は気にも留めずにディオは手にした大蛇の皮を見せびらかした。実際、下手な子供よりも大きいのだ。
「やめてよ! こっち持って来ないでいいから!」
「なんだよー。蛇は神の遣いとかって言って縁起が良いんだぞー。蛇の抜け殻を財布に入れておくとお金が貯まるって言うだろ。お金が大好きなキャロルにぴったりじゃないか」
「その言い方止めてって言っているでしょ! その知恵袋みたいな話もいらないから! というかこんなところで見つかったものなんてその逆の意味にしか思えないわよ!」
「本当はこの蛇自体を見つけたかったんだけどな。人と一緒にどこか行っちゃったのか、どうしても見つからないんだよ」
キャロルがいくら悲鳴を上げ、文句をぶつけて来ようとディオはそんなこと気にしない。話を聞かない人間は無敵だ。
「ま、まさかそんなものを捕まえて馬車で連れて帰るつもりじゃないでしょうね! お願いだからやめてよ! ね! ダンスさん駄目だよね! ね!」
ただ同意を求めているだけでは無く、キャロルは先ほどからさりげなくダンスに触れている。どうやらこのまま完全な味方に引き込むつもりらしい。
「え、ええ。さすがに自分もそのサイズの大蛇を運ぶのはちょっと怖いですよ…。檻とか持っている訳でもありませんし…。」
「ええー!」
キャロルの思惑通りに事は運んでしまったようだ。だが実際のところ彼に反対されてしまってはどうしようもない。
「ほらね! だからそのゴミも駄目よ! 馬車の中まで土だらけになっちゃうじゃない!」
「いや! これはもう先に説明しておいたんだかな! それに終わったら全部ギルが後で掃除まですることにしているんだぞ! そうだったよな、ダンス!」
この機に乗じてキャロルはさらに要求を重ねて来たが、ここだけは絶対に譲れない。
「え、ええ。確かにそうなっていました…。」
「そ、そんな…!」
ディオの前ではダンスもさすがに反故にするわけにいかず、キャロルから悲痛な声が上がった。
「ふふん」
ディオは勝ち誇って鼻を鳴らすと、馬車に大事な荷物を詰め込もうとしたのだが、それもまたキャロルから制止を掛けられた。
「ちょ、ちょっと待って! 他に変なもの入っていないでしょうね! と、とくに蛇とか入り込んでないでしょうね!」
さっきの蛇の皮がよほどお気に召さなかったらしく、キャロルはかなり疑り深くなっている。
「もー、しつこいぞ。そもそも蛇の皮くらいで大騒ぎするのがおかしいんだからな。そんなに言うんだったら自分で確かめてみろよ」
だんだん相手にしているのが面倒くさくなってきてディオは投げやりに言った。こんなペースでこの後何度も止められてしまっては遅々として作業が進まない。この成果はいったんこのまま置いて、次を探しに行った方が良さそうだ。
「う、ぐ……!」
キャロルはディオに言われておっかなびっくりで木箱や壺などに近付こうとし始めた。だが結局触れる事も出来ないうちにまたダンスの元へと逃げ帰っていた。
「ううー…、ダンスさん、おねがい…。」
縋って、上目遣いで、甘えた声まで出て来た。
「ええ、分かりました、見てみましょう」
面倒ごとを押し付けられているはずなのに、キャロルに頼られてむしろダンスも嬉しそうに笑顔で頷いている。
ディオは白い目で見ると、いよいよその場を後にした。
「…さっき俺の事を蹴り飛ばした場面も見ていただろうに…。というか、たった今の俺への怒鳴り方を見ていれば、ただかわい子ぶっているだけだというのが分かるだろうに…。悪い女はああやって平気で男を利用するんだな。うん」
男ってバカだなあ、と思うと自分まで悲しくなってくる。
だが感傷になど浸ってはいられない。少し動き始めてみれば案外頭も回ってくれるものなのだ。ろくでもないことばかりを思い付くディオの頭に次なる名案が浮かんで来た。
「そうだ! 家の中ばかりに注目していたのが間違いなんだ! 家そのものを持って帰るつもりで動けば良いのに! 特に石レンガなんか絶対に街中でも需要があるはずだからな!」
ディオは一部壁の崩れている手ごろな家に向かうと、半端に積みあがったまま残っている石レンガに手を掛けた。しかしびくともしてくれない。長期間風雨にさらされて来たはずなのに、石膏でいまだにしっかりと接着されているようだ。
「むむむ…、思ったより手強いな…。よーし…!」
しかしその程度の事で諦めるディオでもない。いったん距離を取り、狙いを定め、助走をつけると――
「――とりゃあ!」
渾身の飛び蹴りを食らわせた。
だがレンガ造りの壁は期待通りばらばらにはならなかった。めきめきという音を立てて全体が少しずつ傾き始めている。
「…あ、やばいかも…!」
軋み苦しむような音までもがそこかしこから上がり始め、ディオは慌てて逃げ出した。どうやら全てが絶妙なバランスで家の形を保っていたらしい。触れてもいない場所まで徐々に崩れていく。
「――…え? なっ! ふぎゃあっ!」
しかし崩れ落ちるレンガと砕ける柱の音の向こう側から、人の悲鳴が聞こえて来た。
「げっ、誰かいたのか?」
ディオが慌ててそちらに向かうと、石レンガの山からにょっきりと人の足が生えている。急いで引っ張ってみればギルとポロロが出て来た。
「…生きてるか?」
「ア、アニキ…。」
ギルはよろよろと体を起こした。顔には大きなあざや擦り傷などがあってひどいありさまだ。だというのに、まだ目を覚まさないもののポロロの方にはほとんど傷らしいものは残っていない。ただショックで気絶しているだけだろう。
「…もしかして庇ってやったのか?」
「……え? あ、えーと…」
「や、やるなギル! 良いところあるじゃないか!」
ギルはなぜか口ごもっているが、ディオは自分のせいでこうなってしまった事を誤魔化すためにもギルの背中をばんばん叩いた。
「で、でもとりあえずポロロの事は馬車まで運ぶからな! い、一応ギルも怪我がないか診ておいた方が良いぞ!」
「…う、あ、はい…。」
ギルはやはりなぜか歯切れが悪くそわそわしている。
「な、なに? 一体どうしちゃったの?」
ポロロを抱えて、ぼろぼろのギルを連れて馬車の近くまで戻ると、こちらに気が付いたキャロルは不安そうに駆け寄って来た。
「ちょっと家をつついたら急に崩れちゃって、二人ともその下敷きになっちゃったんだよ。ポロロはまだ気絶しているけれど、頭を打った様子も怪我も無いからただびっくりし過ぎちゃっただけだと思う」
「ほ、ほんとう? あ、そうだ。ちょっとそこにポロロ君寝かせて」
指示通りディオが地面にポロロの事を横たえると、キャロルはポロロの懐を探り出した。
「――あ、良かった。やっぱり持ってた」
そう言って小さな石ころのようなものを取り出すと、キャロルはそれをポロロの頭上で強く握った。緑色の淡い光がポロロを包んでいく。
「なんだ、それ?」
「治癒の魔法石よ。イノセントさんが一応みんなに持たせてくれているの。たぶん、これですぐに目を覚ますと思う」
ポロロを案じるキャロルの優しい目はしかし、ディオへと向けられた時には一変していてぎっとした鋭さがあった。
「…あんたまた何かやったでしょ」
「ち、違うぞ! ただの事故だぞ!」
また問答無用のげんこつが飛んで来た。
「ううっ…! あいつ、言い訳もさせずにぼこすか殴りやがって…!」
ディオは頭を抱えて少しだけ離れてから零した。しかしキャロルに直接言う事は出来ない。絶対にもう一発げんこつが飛んでくるだけだ。
「アニキ、あの…」
そこでギルから声を掛けられた。多少怪我してしまった事を除いても先ほどから妙に不安そうで大人しい。なぜかこちらもキャロルに聞こえないよう声を潜めている。
「ん、どうした?」
「あ、あのですね、実はさっき――」
「あっ。ポロロ君、目が覚めた? ちょっとディオ!」
ギルが何か言い掛けようとしていたが、折り悪くキャロルからの声が届いてしまった。
「おっと、悪いなギル。また後ででも良いか?」
ギルはやはりどぎまぎとしながら何かを言いたそうにしていたのだが、こればかりは仕方ない。少しだけ待ってもらわなければ。
「あれ…? えっと…?」
戻ってみるとポロロは身体を起こして目をぱちくりさせている。
「な、なにがあったんですか?」
みんなから心配そうに見つめられているのに気が付いて、ポロロは少し気恥ずかしそうだ。
「ディオがちょっかい出した家が崩れちゃって、ポロロ君それに巻き込まれちゃったみたいなのよ。今まで気絶しちゃっていたんだから。ほんとにゴメンね?」
「じ、事故だからな! わざとなんかじゃないぞ!」
キャロルにまたぎろりと睨まれた。
「う、ぐ…、ご、ごめん、悪かったよ…。」
ディオは子供みたいに謝るのがどうしても苦手だ。
「い、いえ、そんな…。えっと、なにをしていたんですっけ…?」
珍しいディオの姿にむしろポロロの方が狼狽した様子を見せていたが、途中できょとんとした顔になってしまった。どうも記憶の糸をうまく辿る事が出来ずにいるらしい。
「あー…、記憶が少し混乱しちゃっているのね? ディオに連れられてこの廃村まで来たことは覚えている?」
「ええ、それは…。それで魔法使いの家を見つけて、それから――、あれ? それから――」
ポロロはここで首を傾げ始めた。
「まあ正直何もやっていないようなものなんだけれど…、ほんとゴメンね? ちょっとディオ! もう一回ちゃんと謝りなさいよ!」
「で、でも俺たちがすぐに助けたんだからな! ほら! 特にギルなんて見てみろよ! あいつだけあんなにボロボロでお前が無傷なのも、全部ギルが庇ったからなんだぞ!」
まだ少し離れた所にいるギルは異常にそわそわし始めた。今すぐにでも逃げ出したいような、だけど少しの期待を持って何かポロロからの言葉を待っているような、そんな様子になぜか見える。
「そ、そうだったんですか…? すいません、ありがとうございます」
ポロロの言葉を聞くと、ギルの目はまるで今にも歌い出しそうなほどにらんらんと輝いた。だがその顔は満面の笑みが浮かびそうになるのを無理矢理に抑えつけたような、口が少しだけ開いているのに頬が突っ張っている、控え目に言ってもとても変な表情だった。
「なによその顔、気持ちの悪い…。」
キャロルは本当にひどい奴だとディオは思う。
しかしさすがに小さな声だったこともあって、なぜか喜びで飛び上がりそうなギルの耳には届かなかったようだ。
「そうだぞ! オレが助けてやったんだからな! もう出歩かないでそこで大人しくしていろよ!」
急に元気を取り戻したギルはまるで威張るように言った。だが尊大な態度とは裏腹にポロロの事を気遣っているような言葉だ。一緒にいたのだから案外仲良くなっていたのかもしれない。少なくともディオにはそう聞こえた。
「まあポロロ君はもう少し寝ていた方が良いとは思うけれど…。あんた達はまだ何か拾ってくる気なの?」
キャロルはもう嫌気が差して来た顔をしている。
「昼までにはもう少し時間があるんだし、あともう少しだけは良いだろ? 俺も良いアイデアを思い付いたんだ! 互いの位置が分かるようにして離れて動けばもうこんなことは起きないはずだからな!」
「オレも集めておきたいものがあるんです!」
「……あっそ。じゃあさっさと終わらせて来なさいよ」
やかましい二人にキャロルはもう諦めたように口にした。
数十分後、ディオは馬車が壊れるからとダンスに止められるまで石レンガを積み込み、ギルはどこから何を集めて来たのかはち切れんばかりの大きな麻袋をいくつも持ってきた。
「やるじゃないかギル! いったい何を拾って来たんだよ!」
「それはまだ秘密です! でも凄いんですよアニキ!」
一時はどうなるかと思ったのだが、終わってみれば馬車の中はごみごみしているほどに一杯だ。
「…私たちが乗れないじゃないの。全部捨てて行きなさいよ」
キャロルはもう協力する気なんてさらさら無いらしい。さっきから邪魔するようなことばかりを言う。
「なんてこと言うんだよ、もー。それに一人くらいだったらまだ乗れそうだ。さっき倒れていたんだしポロロは乗っといた方が良いんじゃないか?」
「い、いえ…。僕もそれに乗るのはちょっと…。」
土っぽくなってしまっている馬車の中を見てポロロも断った。
「じゃあオレが乗っていきましょう! 先に向こうで片づけておきますよ!」
そこでギルが名乗り出た。後の片づけの事も考えれば確かに適任かもしれない。
「良いの、ポロロ君? ほんとうに大丈夫?」
「え、ええ。それに乗る方が健康には悪そうですから…。」
どちらかと言えばギルの方がぼろぼろなのだがキャロルの目には入らないらしい。良く思っていないことを差し引いたってあんまりだ。しかしこれで決まりとなった。
「よーし、じゃあやっぱりギルだな! そんな遠く無いんだから俺たちは歩いて行くぞ!」
ダンスの操る馬車はギルを乗せ、がたごと危なっかしく揺れながら先に街へと戻って行った。