イベント前日の出来事
「……あー、ということで早速作業に取り掛かるから」
遂に明日は廃病院でバトル・ロイヤル、イベントの開催日だが今日も今日とて忙しい。
まず、今日は朝から会社に清掃業者が来ていて、廃病院の最終清掃をするらしい。
そして僕達は何をするかと言うと、なんちゃって医療器具の配置と、管理用カメラの配置、本イベントの目玉である、バトル・ロイヤルに使われる、バトルタグ(通称:命)の試用と、バトルタグを取る事を有利にしたり、逆にバトルタグを守ったりする道具が入った箱の配置だ。
早速、廃病院に着いたが、相変わらず中は真っ暗だ。
「私が電源を着けてきますので、それ迄清掃業者の方々は待機して頂く様お願いします」
先輩はそう告げると懐中電灯を持って暗闇の中に消えていった。
僕達は一旦外に出て、社員全員でバトルタグのチェックを始める。
バトルタグは頭に巻き付けて額にある、丸い繊維塊の様な物と、腰に巻き付けた後ろに繊維塊のある同様の物、計二種類ある。
この何れかを奪われたらその時点で捕虜となる。
捕虜のまま、終了時刻までいたらゲームオーバーだが、捕虜のエリアに他の物からバトルタグを奪ってきた協力者が来た場合、そのタグを分け与えることによって、捕虜を解放することが出来るのだ。
実はこのバトル・ロイヤルは協力する、しないも自由である。
勿論、最終的にバトルタグを多く持っていた人に景品が送られるが、複数個景品が用意されているため、協力者がいた方が有利である。
そんなこんな、しながら、全部のバトルタグが脱着可能かどうかの確認が終わった。
「お待たせいたしました、電源の方を始動させました!」
先輩が清掃業者の人達に向けて言う。
「有り難うございます。これから我々が作業に入りますので、部長さんから説明された通り、清掃作業が終わるまで管理用カメラの配置をしていてください。」
清掃業者の人の中でもいかにも中間管理職といった男性が言う。
僕達は清掃業者の人達と互いに会釈しながら、廃病院に入っていった。
「受付、総合内科、整形外科、皮膚科、内分泌科、トイレ、泌尿器科、神経内科、耳鼻咽喉科、口腔外科…あ、後、連絡通路に管理用カメラを…」
先輩が院内図を見ながら、ぶつぶつ言っている。
「あ!」「そうだ!」「連絡通路を封鎖しないと、お客さんに病棟側に入られたら困るぞ!」
先輩がさらに続けてぶつぶつ独り言を言っている。
結局、僕と経堂さん、先輩で連絡通路に行くことになった。
「よし!これでオーケー」
僕は床に管理用カメラを設置し終わった。
経堂さんと先輩は、黄色と黒色を編み込んだ紐を壁と壁を渡すように、取り付けている。
事前に書いておいた立ち入り禁止の張り紙を張り、立ち入り禁止の看板を立て掛けて、カートを病棟側に行けないように敷き詰めたら完成だ。
「あれ?」
何故か、連絡通路からちょっと出た病棟側にメスの様なものが転げ落ちている。
前に来た時に見落としたみたいだ。
徐に手を伸ばしメスを取ろうとした瞬間、僕は凍りついた。
「ん?どうしたの?」
経堂さんがこちらに向かって来て、僕の目線の先にあるものに目をやると、経堂さんは咄嗟に口を押さえた。
銀色の細い切っ先にまだ乾いてないであろう、赤いそれを僕らは目撃した。
「な、なんだこれ…」
いつの間にか僕の隣にいた先輩が、誰よりも先に口を開いた。
先輩が鑑識顔負けの判断力でハンカチを使いゆっくりとそれを持ち上げる。
ぽた…ぽた…と先端から滴り落ちるそれは、只の絵の具等では無かった。
「こ、こ…れ、まだ固まっていない『血』だ…」
先輩は静かに言葉を吐いた。
「せ、先輩、で、で電源付けに行った時に仕込みましたね、先、輩こ、んなんじゃ驚きませんよ」
僕は必死に作り笑いをして、先輩に詰め寄る、が。
「こんな…趣味悪いことしねぇよ…寧ろ、純介…お前だろ」
先輩は凍りついた冷やかな表情をして言う。
僕は咄嗟に経堂さんの方を見る。
すると、経堂さんは気分悪そうな顔をして呟く。
「こ…れ、固まり…始めてるから本当の……血…です」
赤黒く光るそれは、紛う事なき血だ。
三人とも分かっている。
本当の血なら、誰もこんないたずらしないと、つまり…
「お…俺部長にちょっと…連絡するわ…」
そのメスをハンカチから離し床に再び置くと先輩は部長に電話をかけた。
経堂さんと僕は互いにばつの悪そうな顔をして、待っている。
「あ…管理用カメラ反対だった…」
連絡通路側にレンズを向ける筈だったが、病棟側にレンズの向けている事に僕は気付いた。
「カチャカチャ…………あ…」
僕は驚愕した。
人がいる。
というより、一瞬病棟側に人が映った。
直ぐにその方向を確認した。
いない
嫌な予感しかしなかった。
全身に鳥肌がたった。
「……はい…でも…こんな…はい…では、大丈夫なんですね?………分かりました……では、失礼します…」
「……………もう、カート置いて…張り紙して看板を立て掛けて終わり…だから」
部長と電話していた、先輩が死にそうな声で言う。
三人は無言で作業に掛かる。
経堂さんも僕も言いたいことがあるが、言えない。
場の空気がそうさせないし、先輩も納得いっている感じではなかった。
結局、見なかった事にした。
三人ともなにも見なかった。
僕達が受付に戻ると他の社員達がバトルタグの受付配置や、管理用カメラの各エリアへ設置、イベント補助道具のランダム配置を行ってくれていた。
各々の仕事を終えた僕達は、各階の最終確認に向かう、でも、僕らは連絡通路には行かなかった。もう確認済みと言うことにした。
その後、先輩が電源を再び切りに行くと、清掃業者の人達に挨拶をして病院の玄関に鍵をして、会社に戻った。
会社に帰ると僕達三人は残るように部長に言われた。
「あー、あれだ、ペンキか何と見間違えたんだろう、うんそうだそうだ。」
部長は何処か心にもないことを言っている様だった。
「まあ、お疲れ。あ、そうだ、そうだ、これ、院内図と参加証、後…同意書お客さんに明日配っておいて、はい、お疲れ様。」
先輩は相当堪えたらしく、先にそそくさと駅とは違う方向に徒歩で帰っていった。
「「あ…あの」」
思わず二人で同時に喋る。
二人でどうぞどうぞの形になってしまったが、僕は先に切り出した。
「今日…の事…何だけど…」
経堂さんがギョッとしたのが感じ取れた。
「実はさ、カメラにも変な物…映ってたんだよね…」
暫く沈黙する。
「まあ、勘違いじゃないかな?その、カメラに映った事もあのメスみたいなのについたアレも…」
僕は経堂さんの言葉を飲み込むことができなかった。
何時もなら、経堂さんは表情に曇りの無い自信と、凛とした口調で言葉を発していたが、今の彼女は不安と、欺瞞に満ちた様なそんな物の言い方をしていた。
「あ、そうだね!変質者の仕業かもなぁ!まあ、勘違いだよなぁ。先輩も僕も経堂さんすらもね」
もうなに言っているか分からなかった。
駅が見えてきた。
経堂さんがポツリと呟く。
「明日から3日間…何もなければ良いね…」
「無事に…イベント成功するといいね」
「さようなら」
「きょ、経堂さん、気を付けてさようなら………」
経堂さんは、そう言うと、僕と違うホームに向かっていった。
どんな、返事を返せばよかったんだ。
僕は自分すら欺く事が出来なかった。
だから、忘れることにした。
「明日の仕事がんばろ」