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テストが嫌すぎて紅茶で世界を染め上げようとしてしまう高校生の話

作者: 神崎 月桂

「そうだ、紅茶だ」


「いや何がだよ」


 放課後。明日のことを思って絶望していると前の席のやつが話しかけてきた。


「何がって、まさかお前、明日からのこと覚えてないとか言わないよな?」


「なわけねえだろ、明日からはテストだよ」


「だろ? ちなみに俺はテストが大っ嫌いだ」


「奇遇だな、俺もだ」


「そこで、紅茶だ」


「待て。意味がわからない」


 三秒ほど、互いの顔を見つめたまま呆然とした。


「俺はテストが嫌いだ」


「さっき聞いた」


「消し去りたいほど嫌いだ」


「そうか」


「そもそも間違ってるじゃないか、テストだなんてこんな制度」


「根拠が伴ってはいないが、まあその気持ちはとてもわかる」


「そこで、紅茶だ」


「うん、だから意味がわからない」


 そもそも、なんでここで紅茶が出てくるのかも分からない。文脈が相当に支離滅裂に繋がっている。あるいは真ん中が抜けている。


「なんでだよ、そのままの意味じゃないか」


「日本語はよく主語を抜いても会話が成立するとは言うがな、さすがに動詞を抜かれてしまうとキツいものがあるぞ」


「つまり……どういうことだ?」


 バカかこいつは。


「いったいお前は紅茶でテストをどうするつもりなんだ? そこがわからなければ俺は到底理解できそうにない」


「なんだ、そんなことか。紅茶でやることなんてきまっているだろう? 世界征服だよ」


 そうかそうか世界征服……世界制ふ……、


「は? え、いきなりどうしたの、ついに頭が逝ったか?」


「ひどい言われようだが、俺はいたってまともだ、安心していいぞ」


 いやいや、世界征服宣言をしてしまうほどに痛々しい、自称まともな男子高校生のどこに安心できる要素とかあるの? それにどう考えても使い道の間違った紅茶の使い方しようとしてるし。


「それじゃあ善は急げだ! 紅茶が冷める前に済ませるぞ!」


「ステイ、ステイ、ステエエエエイッ! 待つんだ、早まるな!」


「なんだよ、俺は今から忙しいんだから。ていうかお前も忙しんだぞ?」


「……ん? まさかとは思うが俺も協力するとか言わないよな?」


「当然だろ? もちろん一緒にやるぞ。ともに世界を紅茶で染め上げようじゃないか」


「誰がやるか」


「俺、それからお前」


「勝手に頭数に入れるんじゃねえ!」


「えー、だってお前もテスト嫌いなんだろ?」


「嫌いだけどそれとこれとは別問題だろ、てか別問題が過ぎるだろう!」


「そんなあ……。あ、そうだ、乗り掛かった舟っていうじゃん。手伝ってよ」


 絶対にヤダ。というかことわざを悪用するんじゃない。それに今の俺の状況は乗り掛かった舟というか乗りかかられた舟だけどな。


「くっ、強情なやつだな……」


 どっちがだ。


「そもそもの話、紅茶でどうやって征服するつもりなんだよ」


「紅茶の香りで世界を満たす」


 思ってたよりしょぼい。でも思ってた以上に酷い。


「昔の人は言ったんだ、人間は紅茶には抗えないんだって。ティータイムは何より優先されるべきで、世界中が紅茶の空気に包まれたなら、きっと戦争はなくなるだろうって」


「誰だよそんなクソな迷言残したやつ」


 確かに世界中が紅茶の空気に包まれる、世界中各地でティータイムが繰り広げられたら戦争はなくなるだろうなあ。

 だって、みんな紅茶飲んでるんだから。


「だから紅茶の力で世界中を染め上げればきっと戦争なんてなくなって、ついでにテストもなくなるんじゃないかな」


「なるほど、いちおう最後まで聞いてみたが、これもうめちゃくちゃだなオイ」


「なんでだよ!」


「なんでもなにもねえよ! 実現可能だと思ってるのなら今すぐ顔洗って来い。冷静になってからもう一回考え直してみな」


 タッタッタッタッ、廊下に出て行った。男子トイレは教室のすぐ隣。ジャアアア、バシャッ、バシャッ、ジャアアア。

 しばらくして前髪を濡らした彼が帰ってきた。


「どうだ、目は覚めたか?」


「おう、一緒に世界を紅茶で染めあげ――


「どうやらまだ覚めてないみたいだな、ぶん殴られて起きるのとぶん殴られて起きるのとぶん殴られて起きるの、どれがいい?」


「やだなー、選択させる気がないじゃないか」


「何言ってんだよちゃんと選択肢ならあるだろ、一個目が顔面、二個目が腹パン、最後が股間だ」


「最悪じゃねえか、特に最後」


 結構脅したつもりだったのだが、けらりけらりと言われてしまった。

 ので、「なんだい、最後のがお気に入りかい?」といい感じにこぶしを振り上げてみると、これまたいい感じにビビってくれた。


「というか、いまお前が世界征服のための計画行ったけどさ、それって別に紅茶じゃなくてもいいんじゃないのか? 例えばコーヒーとか。最近はコーヒー飲む人も増えてきてるし」


「おいおい、大丈夫か? コーヒーは紅茶の代用品だろ?」


「はい?」


「とくにほら、なんつったかな。アメリカン……だったかな。そんな気取った名前のコーヒーがあるが、結局あれって紅茶がないから仕方なくコーヒーで紅茶っぽくしようとしたやつだろ? そんで、味が限りなく薄くなっちってるけど」


 ……そういえばそんな話があったようななかったような。


「つまりこの世のコーヒーユーザーは紅茶ユーザーに等しいんだよ。ここまで広い範囲におけるユーザーを持つ飲み物なんてそうそうないんじゃないか?」


「いや待て、その理屈はおかしい。いくらなんでも横暴だ」


 むしろ世界中のコーヒーユーザーに今すぐ謝れ。


「よし、この世に紅茶の民が多いことも確認できたことだし早速行動に移すか」


「だから待てっつってんだろうが、てめえは他人の話すら聞けないのか」



「そうですよ、紅茶で世界を染め上げようだなんて間違ってます」



 ガラッ、バンッ! 教室のドアが勢いよく開く、地味にうるさい。

 ああ、やっと援護してくれそうな味方がやってきたか。助か……。


「この世界は紅茶ではなく緑茶によって染め上げられるべきなんです!」


 ドヤア、教室のドアの前。堂々としている男子生徒。

 俺は心の中でそいつに叫んだ。「前言撤回だ、お前もめんどくさい!」と。


「はっ、緑茶の野郎がしゃしゃり出てきやがって。残念ながらなあ、時代はくれないなんだよ}


くれないとか自分で言っていて恥ずかしくないんですか?」


 それは俺も思った。


「これからの世界が求めているのは緑なんですよ」


 お前も十分恥ずかしいけどな。


「なにぃ?」


「お、やりますか? 緑とくれないの因縁、今日こそつけますか?」


 なんなの、緑茶と紅茶の間ってそんな確執あったの? 俺初耳なんだけど。

 てか、結局お前もくれないっていうのかよ。



「はいはい、緑もくれないもそこまでよ」



「お、お前は……」


「この独特の匂い、間違いない」


 ハイハイ、もう察したわ。また何か増えるんだろ? めんどくさいのが。なんかこの二人は感づいてるみたいだけど、俺は全くわからない。


「もう、緑茶と紅茶も極端なのよ。もっと柔軟に生きなさいよ。あと世界を染め上げるのは烏龍茶だから」


「ざっけんなコノ半端野郎め!」


「ちょっと、女子に向かって野郎はないでしょ野郎は!」


「それに緑茶が極端なのは百歩……いや、万歩譲ってわかるとして、紅茶が極端ってのはどうなんでしょうか。あと征服するのは緑茶です」


「おう、緑茶野郎もたまにはいいこと言うじゃねえか。でも征服するのは紅茶だから、そこ間違えんじゃねえよ」


 どっちでもいい。てか、帰っちゃだめ? そろそろテスト勉強したい。


「おい、烏龍茶。テメエ紅茶のことを極端って言ったけど、どっちかって言うと、最終的にはプーアール茶のほうが発酵段階進んで……」


 バーン、ドーン!



「呼んだ!?」



「呼んでない」


 突然掃除用具箱から現れた少女に、その場にいた誰もがそう言った。


「ちょっとー、酷くない? せっかく面白そうな話してるからここに隠れて出番待ってたのに」


 いつの間にそこに入ったんだ? 全く気づかなかった。


「緑茶っぽい、烏龍茶っぽい、紅茶っぽい、そして紅茶よりもさらに……! 世界を征服するのはどんどん成長する生茶ことプーアール茶だよっ! さあ、世界をプーアール茶で染め上げよう!」


「却下」


「えええええっ! なんで!? プーアール茶ならみんなの要望割と答えられるくない?」


「だって生茶高いんだもん」


 へー、高いのか。


「……高いのは紅茶だって緑茶だって。烏龍茶だって一緒じゃん」


「プーアール茶は段違いだっての。特に生茶」


「むう……」


 バチバチ、バチバチ。四人の視線が刺さり合う。そんな中、俺は一人どうしょうもなくなっていた。

 会話が行われず、視線だけで会話が行われるこの場において、最初に痺れを切らしたのは。


「あのさ、そろそろ帰っていい?」


 俺だった。


「あー、うん。いいよ……。あ、ちょっとだけ待って」


 彼はそう言いながら、残り三人の方を向いた。


「こいつがそろそろ帰りたいそうだから、結局どれで世界を染め上げるのか、多数決で決めようぜ」


「おー!」


 やっと終わるのか。…………ん? いや、待てよ。


「それじゃあ、紅茶の人!」


 一人。


「チッ……緑茶の人」


 一人。てか、構成にやれよ。


「烏龍茶」


 一人。うん、わかってた。


「プーアール茶」


 一人。


「決まんねえじゃねえかあああああああ!」


 当たり前だろう。四候補あって、多数決に参加するのが四人。それぞれが別のを選べば、当然結果はイーブン。


「どうすれば……誰か他の人が一人、どれがいいかを決めてくれれば……」


 おい、緑茶野郎。なにいらないこと言ってるんだ。おかげさまでこっちに四人分の視線が向くじゃねえか。


「……紅茶、紅茶だよな!? 当然だよな?」


「緑茶、緑茶にしましよう。ええ、悪いことは言いません」


「もちろん、烏龍茶よね?」


「プーアール茶! プーアール茶! ぜひプーアール茶に清き一票を!」


 マズい、これはマズい。

 これ、誰か一人を選べば残りの三人から恨まれちまうやつじゃねえか。

 くっそ……どうすれば……とうすれば……。


「えっと、俺は……」


 ひねり出せ、ここをなんとか切り抜けられそうな答えを。


「俺は…………コーヒーかな」


 砂糖ぶち込まないと飲めないけど。


 すると、見てわかるほど四人の表情が暗くなった。


「…………あっ」


 一人がポツリとそう言った。


「コーヒーは、紅茶だから」


「は?」


「コーヒーは紅茶の代用品だから!」


「はああああ!?」


「そ、それだったらプーアール茶は黒茶とも言うし? コーヒーって黒色だから、どっちかっていうとコーヒーはプーアール茶じゃありませんかああああ!?」


「烏龍茶の烏だって黒色ですけどおおお!?」


「りょ、緑茶だって」


「緑茶はさすがに無理があるだろ!」


「ぐぬぬ……」


 嘘じゃん……。コーヒーって言ったのになんでこうなるんだよ。


 やいのやいの、討論が始まった。もう付き合いたくない。頭痛い。

 てか、かなり白熱している。


「……帰ろ、明日テストだし」


 これだけ盛り上がってる今なら、気づかれずに帰られそうだ。

 教室から出る直前、思いついたことが口をついた。


「……てか、もうお茶でひとくくりにしたら早いのに」


 あ。でも、世界をお茶で染め上げるのはマジ勘弁。

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