第97話 半分の世界
第97話 半分の世界
オッドベノンとカラクリが操るものは違う。
オッドベノンは条件を満たした上で、生物の体をのっとる。
カラクリはー
「ほら」
カラクリの指が振れる。道端の無数の石ころが霧子に向かって飛んでいく。
「くっ」
ビシ!パシッ!キンッ!
「ほらほら、頑張れ頑張れ〜」
木の枝、木の葉、水たまりの水さえも石を持ったかのように霧子を襲う。視界にさえ入れば無生物である限りカラクリはそれを思いのままに操る。
(埒があかない…!)
『神業…!』
カラクリの眉がぴくりと動く。
スッと息を吸った刹那。
『ライオン・シャウト』!!
地響きのような叫びが当りを包み、衝撃が石や葉を叩き落とす。
「ほー、お見事」
パチパチと気のないように手を叩くカラクリに一気に距離を詰める。
ガッ!
霧子が繰り出した右手は、カラクリの首を捕らえる寸前で捕まる。
「…力は強くなったみたいだね」
その言葉にも止まらず、左手を鳩尾に突っ込む。
「グフッ!?」
たまらずカラクリが放した右手をそのまま喉に突っ込む。
「カッハッ」
(チャンス!)
喉を押さえながら咳き込むカラクリの脇に再度左拳を突き刺し、右脇にそのまま膝蹴りを叩き込む。
「ガハッ、グァアッ!」
情けない声を上げながらカラクリが後ずさる。
(ここで…倒す!!)
はっきりとそう意識し、拳を固めて足を踏み出す。そこで
「霧子…やめてくれ…」
カラクリが、雫の顔で、涙を流しながら、右手を前に出していう。
「お」
霧子の全身が硬直する。
しかし次の瞬間
「おォ前えェェェ!!!!!!!!」
烈火の如き怒りを胸に、霧子の手から爪が伸び、振るわれる。
ブゥン!!
その爪は空を切る。大きく振られた腕の勢いのまま下を向いた霧子に
「戸惑うと思ったらその素振りすらないんだな。まあ、隙ができればなんでも良かったんだけど」
ゴッ
霧子の左顔面に鈍い衝撃が走る。
「ッ!」
ドスッ!!
かちあげられたガラ空きの上半身に鋭い蹴りが刺さる。
「ゲホッ」
後ろ向きに倒れたまま、反転し体勢を整える。
「冷静に動けてるうちは、格闘面も相当鍛えたんだなってことがわかるよ」
無理やり息を大きく吐き、呼吸を整える。
「努力したんだな、霧子」
(大丈夫…立てる…!)
顔を打たれたことで少し揺れる意識の中、前屈みに立ち上がる。
「ところで霧子…」
悠長に語るカラクリに再度攻撃を仕掛けんとじりじりと歩を進める。
「左目、大丈夫か?」
ドゴォッ!!!
「!?!?いったぁっ…!!」
霧子の左脇に拳ほどの大きさの石が叩き込まれる。
ある程度予測していれば痛みというものは耐えられる。プロレスラーなどの超人的な耐久力は痛みに対する準備と覚悟によるものだ、という考えもある。
つまり予期せぬ痛みは、より深く身体に突き刺さる。
(見えない…!なんで!?打たれた時…!)
「俺は意志を持たない無生物を専門に操ってきたからさあ、生きてるやつを操るには直接触らなきゃなんだよね」
痛みで混濁する意識の中、少しずつカラクリが近づいてくるのがわかる。
「強い意志のある奴は、俺のこんな操作なんか簡単に跳ね除けるんだけど…」
カラクリが霧子の前で立ち止まる。
「お前は俺を『見たくない』んだな」
あの時の、揉め事にかかわりたくなかった兵士たちみたいにー
恨めしそうに顔を上げる霧子に対峙して、カラクリが拳を構えた。




