第94話 霧子の願い
第94話 霧子の願い
「あれだけ酷い事件を起こしたにもかかわらず、私は、私の家が失った名誉と私自身が兄に感じ続けた劣等感を払拭するためにみんなを利用していたにすぎません」
「霧子…!!」
戻ってきたばかりの奈美が歯ぎしりをする。
「命の危険があるにもかかわらず、ただ私の望みのためだけにあなたたちをアルバイターにしたんです。みんなを選んだ明確な理由はそれだけです」
怪物や化け物と戦い、傷つき、戦争まで経験した根底にあったのは霧子の欲望。子どもじみていて、独りよがりな願い。
「…1つだけ言わせて欲しいんだけど」
イレズマが口を開く
「別に独断で霧子ちゃんが訓練生よりも君たちを選んだわけじゃない、どちらを選んでも『先が見通せない』と言う結果は同じだった」
しかし霧子の表情は揺らがない。
「そして、先の事件から訓練生を霧子ちゃんの下につけたくないと言う周りの人々もいた…だから」
「それは違いますよ」
霧子が遮る
「確かに私が交渉人に選ばれた時点で協力を断る家が大半でしたが、それでも集めようと思えば10人と少しはいたはずです。言い訳にはなりません」
話し始めた時は震えていた声も、一定のトーンでただ事実を述べるのみ。諦めきり判決を待つ罪人かのように落ち着いた表情で霧子は続ける。
「どころか、そうであったのにわざわざふるい分けてまでただの高校生であるみんなから選んだ時点でより悪意があるに決まってます」
開き直ったわけではないが、その目に光はなかった。
「そして何より、私はこんなことが起こらなければこの仕組みすら説明せずに1年を終わらせるつもりでした。命をかけるのはあなたたちでなくても良かったことを隠し通す気でした」
士郎がヒュウと息を吐いた。
「何か聞きたいことがあれば聞いてください。もしも…いえ辞める場合は私に言ってください」
「辞めるって…そしたらどうすんだよ」
陽太が聞く。
「協力を得られる訓練生、神様に新しく入っていただきます」
「それ…できるんだ」
「…ええ、それとなくぼかしていました。理由はもうわかっていただけますね」
アルバイターはやめられる、その事実に真春がうつむく。
「とにかく、あやまってもあやまりきれませんが本当にごめんなさい。今日も集まっていただきありがとう、明日は文化祭を楽しんでください」
そう言ってその場は解散になった。
「霧子、私はやめないから」
もう夜も遅く各々がざわつきながらも帰路についた後、2人きり残った奈美が口を開く。
「奈美…」
「命を失うのは嫌よ、戦うのは怖いし、痛いのも嫌、でも…」
1人で戦う期間を過ごした奈美は少しだけ大人になっていた。
「私は今少しずつ理由を得られそうなの、だからこんなところでやめるわけにはいかないの」
「あなたも独りよがりね」
「ええ、霧子の理由がなんであれ、私は私の答え合わせのために戦うわ」
諦めきったような表情をしていた霧子の瞳が少し和らぐ。
「ありがとうね」
「ただ、あなたのその行為は許せるものじゃない。騙したようなものよ、私はともかく…」
「…ありがとうね」
「なんで礼を言うのよ」
「そう言ってくれた方がいまは気が楽よ。その通りだもの。私が悪いって、お前のせいでひどい目にあったって…責めてくれた方がいいわ」
「愛羅がいればよかったね」
「そうね。と言うか奈美が天海さんに少し似てきたのかもしれないわね」
「あ、あんなのと一緒にしないで!!…ふふ」
「…はは」
先の見えないことは変わらない、状況は悪いままだ。声を上げて笑う気にはならなかったがそれでも2人はお互いに微笑みあった。




