第93話 雫
第93話 雫
「はじめにお伝えしますが、先月から起こっている民間人への魔道具流出事件、そして今日の高校への来訪、そのどちらの相手も」
霧子の喉がかすかに動く。
「私の兄本人であると考えています」
真春が目を見開く。
「どうして、神城さんのお兄さんが魔道具を…」
「すこし、長くなりますが聞いてもらえますか?」
そう前置いて霧子は話し始めた
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私の兄の名前は雫といいます、神城雫。
私とは違って生まれついて異界適正度が高く、幼い頃から両親の修行を受け、立派な交渉人として5年前、同じく高校1年生の時に推薦されました。本当に、本当に優秀な人で、小学生の私も誇らしい思いでした。
イレズマ様は3年ほど前から人間界で活動していただいたいるため、その年の交渉人は基本的に交渉人協会内での推薦で選ばれていました。当時は兄以外に適任がいないとまで言われていたそうです。
しかし兄は何を思ったか交渉人協会所属の他の神社のご子息や、修行を積んだ訓練生ではなく友人達11人をアルバイターとして選んだのです。
しかしながら兄は4月終わりの魔獣の大量流入をそのアルバイター達とともに完璧に防ぎきり、周囲の不安を払拭して見せました。
そして5、6、7月も特に問題なく仕事をこなしました。
しかし、8月に事件が起こりました。
第二次界、魔界への遠征を行いました。前々から不可侵の協定を結んでいたとアイエリンという国、とその更新を行うためです。その国自体は人間界との関係も良好であったためか兄は名目上は夏の旅行としてアルバイター全員を引き連れて魔界へと向かいました。
そして兄は帰らなかった。
アイエリンの報告によると、人間界と魔界をつなぐポイントが少しずれ反応があったのは国の城下町から外れた森の中だったそうです。本来城で歓迎を行う手はずが。
そして兵たちが森の中へ迎えに行った時には到着予測地点は血まみれ、数名の人間が傷だらけで倒れていたとのことです。損傷が激しく、ご遺族には説明も、お子さんを返すこともできていません
初めはアイエリンの罠も考えられましたが、当時のアイエリンは首長が変わった直後でそのような行動を取るメリットが無いため、犯人からは外れました。
そもそも遺体の状況がひどく、ほとんど手がかりが無いまま、今に至ります。
その事件で兄への評価は一転地に落ちました。
無責任さ、危うさ、傲慢さなど掌を返したように交渉人協会の人々は兄を責めました。
仕方がありません、というか当然の反応です。なにせ一般人を巻き込んであまつさえ全員殺したようなものです。交渉人史上最悪の事件と言えます。
そしてそれから、私の家は交渉人協会では鼻つまみもの、主にこのあたりのごくわずかな場所を任されていました。
しかしイレズマ様が人間界の交渉人協会と契約した3年後、15歳になった私が、交渉人に選ばれてしまいました。
それと呼応するようにあの日死んだはずの私の兄の顔をした敵が、この世界に現れたわけです。
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「…壮絶な目にあったのね」
奈美が沈黙を破り呟いた。
「ほんとうに、そんな事件があったんだな…」
健も半信半疑で言う。
「全て事実です」
「なぜあの敵があんたの兄本人だと?」
「…先ほど言った現場にあった遺体は9人分だったんです。そしてその中に兄のものはなかった、兄のものと思われる血は含まれていたんですが…何より…
兄が死ぬとは思えていないんです、今でも」
「状況証拠と、感情論か」
士郎が訝しむ。
「で、今の話でどうして私たちがアルバイターをやめるかもしれないと?」
奈美が尋ねる。
「…私がなぜあなたたちを選んだか、なぜみんなをこんなことに巻き込んだか」
イレズマが顔を上げる。
「それは、私が兄と同じ状況で1年間1人も死者を出さず、この家の名誉を取り戻すためだったからよ」
諦めたかのような霧子の発言は、その場を凍りつかせた。




