第90話 怒りと死神
第90話 怒りと死神
「こっちに逃げてください!」
戦闘を開始した霧子と男から水泳部の先輩を遠ざける。
「な、なんなんだよお前ら…」
「…あなたは今あいつから魔道具を受け取っていたんですか?」
「ま、魔道具、なんの話だ!?」
「足についてるそれ…魔道具ですよね」
くるぶしの辺りについたミサンガを指差す。
「…何が悪い、俺だって努力してんだよ!これが最後の大会なんだよ、これで出れなきゃ…」
「…でも、それで出れて、大会が終わったときにあなたは納得いくんですか!?」
奈美の真剣な眼が青年を差す。
「それでも…俺は…」
強い意志を持って、この道具に縋ることを決めたはずだ。なのに何も知らない、初対面の女子に真っ当な言葉を吐かれただけで語気は弱くなる一方だった。
「危ない!」
ドスッ!!
後ろから吹っ飛んできた霧子を奈美が受け止める。
「ごめん…奈美、助かったわ」
「こっちこそごめん、加勢するよ!」
肩を支えながら立ち上がる。
「…あなたの事情がわからない以上、私からそれをやめろとは言えません」
腰が抜けたような体勢で震える青年を前に
「でも、私にはそれ正しいとは思えない。だから『辞めてほしい』としか、言えません」
神憑変化ー、と唱え少女は変身した。
「よく、考えてみてください、この場は逃げて!」
2人が男に向かって走り出した。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『おいおい、どうして俺を攻撃するんだよ』
その声が響くたびに、霧子が歯ぎしりをする。
「だから!その声で!喋るなぁ!!!」
霧子が出す拳も脚も、避けるかいなすかで当たらない。
(怒りで攻撃が単調になってる!)
付け入る隙を探しつつ、奈美自身も攻撃するが、軽くかわされてしまう。
数的有利があったとしても、よほど連携した攻撃を繰り出せないかぎり、実力差は埋まらない。
その上
「このっ、野郎!ふざけるなっ!」
霧子の熱は暴走寸前であった。単調だった攻撃はいよいよ大振りになり、ごく僅かな動きで男にかわされる。
「霧子!落ち着いて!相手をよくみて!」、
スパァン!!
避けざまに男が放った蹴りが、霧子の脇に突き刺さる。
「霧子!」
慌ててその後ろに走り込み、衝撃ごと体を抱え込む。
「ごめん、奈美…」
1人で相手をしていたことよりも、攻撃が当たらないままダメージを受けたことが仇となり、相当疲れた様子を見せる。
フーッ、フーッと全身から怒気を放ちながら、髪も逆だたんまでの勢いでまた立ち上がる霧子に
『あーぁ、全く期待外れだぜ』
兄の声で、男は喋る
『こんなのが俺の妹だなんて、情けねえなあ』
フッと霧子から放たれていた感情が消え失せる。
「き、霧子」
ペタンと膝から崩れ落ちた霧子の口から放たれたのは
「ごめん…なさい」
「霧子!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、私が出来損ないだから、私がダメだから、私なんかが、私なんかじゃダメなのに、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」
「霧子しっかりして!霧子!!」
そこにはアルバイターズのリーダー、神城霧子の姿はない。幼子のように自分を責め立てて泣きじゃくる少女がいた。
「霜村!!!っと…神城さん…!?」
『遅かったなあ』
「お前…!」
遅れて現れた5人を嘲笑うかのように、男は手を叩く。
「霧子…大丈夫だから、ね。霧子、戻ってきて…」
抱きしめ、肩を撫でながら霧子をなだめる。
ズズ
ズズズ
『!?これはこれは!俺ですら予想外だ!』
その男の言葉から霧子の方に目をやると
「!奈美さん離れて!」
「嘘…霧子、ダメ!しっかりして!霧子!!」
霧子の目から黒い霧のようなものが立ち上る。
「ごめん…なさい、ごめ…ン…ナサ、イ?」
少しずつおかしくなる口調に呼応するかのように現れた、虚ろな目をしたグエンドリンが霧子の首筋に噛み付いた。




