第83話 強さとは
第83話 強さとは
「まぁ、今日はこんなもんだろ6時半になったし」
そう言いながら愛羅が肘を伸ばす。
「ですね、ラーメンどうします?別の日の方がいい気がしますけど、遅くなっちゃいましたし」
そう言いながら雅信が返す。
「みんな怪我はない?」
真春が優しく4人に聞く。
その優しさが、1つも傷を負っていない体に深々と突き刺さる。
「ええ…門矢さん。大丈夫です…」
なんとか伊有が答える。怪我を負わせられず。否怪我すら負わせてもらえず特訓は終了した。
「ちょっとシャワー浴びてくるわ」
健がよろよろと立ち上がりながらトレーニングルームを出て行く。
柊も続き、伊有と彩香は女子更衣室へ向かう。
「…あなたたちは手加減ってものを知らないわよね…」
「そうしてあいつらが強くなるなら幾らでも叩かれてやるよ」
「ダウト」
「なんで分かるんだよ…」
いつの間にやら距離の縮んだ真春と愛羅が軽口を叩きあう。
「ただ、手加減した私ら相手に怪我を負わせてなんの自信がつく?」
「あの4人ももうかなり強くなりました。手加減すればすぐバレるでしょう」
雅信が続ける。
「…それにしても、あの4人も楽しそうに戦っちゃって、天海さんの悪影響じゃないかしら?」
「笑うって行為は牙を剥く動作が元ともー」
「それに比べて」
愛羅の言い訳をよそに
「あなたはずっとしかめ面だったわ」
「そりゃあ、闘うのなんて好きではないですから…」
「でも、闘うのね」
「…ええ。今はこれが仕事ですから」
「お前はほんっとに辛そうに戦うよな。今日も負けそうなのかと思ったぜ」
「んなわきゃないでしょ」
「そこは否定するのね…」
だからこそ不思議だった。闘うのが嫌いで、闘う時はいつも苦しそうな顔をする彼がどうしてここまで強くなったのか。
今、闘う理由はわかる。
この仕事についていれば、彼の恩人である霜村さんを助けられる。
そう思いついた時、真春は胸がチクリと痛むのを感じた。
分かっている。恋愛感情がどうかは分からないにせよ、彼と彼女の間には今更私がどうしょうもない大きな関係がある。
いい加減気づいていた。
自分は坂上に好意を寄せていると、周りに冷やかされるまでもなく、自分が真っ先に気づいていた。女子中出身の真春が久しぶりに接した同年代の男子。2度も命を助けられ、今も守ってくれる男。
そしてその男の目に真っ先に入るのが自分でないことも。
「…春!真春!!」
「わっ!ごめんぼーっとしてた」
「なんだよ、具合でも悪いんかと思ったわ」
「大丈夫ですか?真春さん」
雅信が不安そうに覗き込む。
「ええ、平気よ」
「で、お前にとっての強さってなんだよ、坂上」
4人を待ち、自分が悶々と考え事をしている間にとんでもない話に進んでいた。
「…生きるために必要なものですね」
「…なるほど?」
「弱い人は死にます。それが心だろうと体だろうと、闘いだろうと」
「まぁ、だな」
「それこそあまみさんにとっては何なんですか?」
「私自身」
「聞いた私がバカでした」
「あ、あのさ」
真春が遮る。
「坂上くんは…なんでそんなに強くなったの?」
聞いてしまった、という顔をしながら真春が青ざめる。
「あ、あのごめん」
「なんで謝るんですか」
当の本人はニコニコしながら答える。
「私もそれ気になるな」
愛羅が続ける。
「んー、まあ隠し立てするような理由でもないんですけどね」
「悪い、遅くなった!」
いくらか元気を取り戻した健と柊が出てくる。
「すみません時間かかって」
そう言って伊有と彩香も現れる。
「…とりあえず帰ります?」
雅信が尋ねる。
「ええ、そうね。これ以上遅くなっても…」
少し残念そうに真春が頷く。
「霧子んとこ行くか」
そう言って真春も鞄を背負う。
「…また明日にでも、お話できたら」
「!?…ええ。また時間があったら、聞かせてもらうわ」
少しだけ、ほんの少しだけ悲しそうな顔をする雅信が真春の脳裏に焼き付いた。




