第72話 狂ってしまった子供達
第72話 狂ってしまった子供達
「…え?」
雅信が放った言葉を、わけがわからないといった風で受け取る真春。
「だから、そこの女の子を殺しちゃいましょうよ」
「さ、坂上さん…?」
伊有の声も少しずつ震えだす
「だって、あなたには正当な理由があるじゃないですか」
至ってフラットな声調で雅信は続ける
ツキハは目を伏せている。震えはすでに止まっていた。
「あなた自身わかっているでしょう?『そちら側』になってしまったんだから」
先ほど自分を殺した相手に特に何の恨みもなく雅信は問いかける。
「どうです復讐した気分は」
「すっきり…はしました。でも、その…」
「そうですねえ、あなたは復讐する側だったのに、方法がよくなかった。いつの間にやらヤクザどもと同類ですよ」
ツキハの頭がさらに地面に近づく。
「そんな…復讐なんて、私は…」
真春が雅信の腕を掴む。
「…いい人ですね。真春さんは」
「坂上くんは」
伊有がツキハを車椅子に戻しながらたずねる
「復讐をどう思うんですか?」
「そこに正当な理由があるなら大いにやっていいんじゃないかと」
間髪をいれずに答える。
「そんなことをしたって…誰も帰ってこないんですよ…!?」
まるでなぜか、雅信を責めるかのような口調で伊有が続ける。
「そりゃそうですよ。ただ単に憂さ晴らしでも、何でもいいじゃないですか。何もせずのうのうと犯人たちをのさばらせておくよりは」
ちらりとツキハの方を見る
「それにどうせもう、1人しか残ってないんですし」
そういうと雅信は取り落としていた傘を拾い、真春の上にさす。
「さてと…殺さないならどうします?このまま逃がしてあげますか?警察に行ったところでどうもしてくれないでしょう?」
「…神社に連れて行きましょう。イレズマ様や黒田さんに対応を仰ぐわ」
「…そうですね、じゃあ悪いけど付いてきてもらいます」
「ごめんなさい、春近さん、その子を連れて先に戻っててもらってもいいかしら」
真春が春近にそう尋ねる
「え?あ、ええ、はい。じゃあ先に行きますね、行くよツキハちゃん」
「私は…どうなりますか」
「…大丈夫よ、とって食われるわけじゃないわ」
そう言って伊有とツキハは雨の中遠ざかっていった。
「真春さん…大丈夫ですか?」
「だいじょうぶよ」
「…無理しちゃダメですよ」
「私は…私は」
「あなたは優しすぎますよ」
それが限界だった
傘をさす雅信の前で真春は泣いた。
大声をあげて、雨ではない温かい水で顔を濡らしながら
子供のように、赤ん坊のように
「どうしてっ…こんなこどにっ…なるのがなぁ」
しゃくりあげながら鼻声で真春が言葉を紡ぐ。
「誰かのせいにできないじゃんっ…ごんなの」
兄の復讐をしたかった不憫な少女・ツキハ、その復讐に図らずも巻き込まれた仲の良かった友達。
元を辿ればツキハの復讐の発端であるヤクザと言えるかもしれないが、そいつらはすでに全員死んでしまった。
怒り、後悔、悲しみ、辛さ、憐れみ。
様々な感情が真春を襲い、そしてその行き場はどこにもなく、ただ心で渦を巻くだけだった。
「あなたは…本当に、本当に優しいんですね」
雅信がハンカチをポケットから差し出す。
「あ、これも濡れてるや…」
傘もささずツキハと対峙していたためポケットの中のものもびしょ濡れだった。
すると
ぺたり
「ま、真春さん…?」
真春は雅信の胸に顔をうずめてまた泣いた
「ごめんなさい、ごめん…すぐに離れるから、ごめんなさい」
「い、いえ、大丈夫ですよ。気がすむまで泣いていいんですよ」
悪いことをしているかのように謝る真春に雅信はどうしていいか分からず、片手は宙を泳ぐ
その時だった
ぎゅっ
「!?!?!?さ、坂上くん!?え!?」
雅信の空の手が真春のことを強く抱きしめる。
そしてそのまま体を引き寄せ、
ドゴォン!!!!!
「きゃっ!」
けたたましい音ともに何かが雅信の後ろで爆ぜる。
「怪我はないですか真春さん」
雅信が確認する。
「え、あ、うん」
いきなり抱きしめられたのはこのためか、と少し落ち着きを取り戻したのもつかの間
「…うそ、あれ…何で…」
真春が指をさした先に、雅信も振り返る。
そこにいたのは
傷だらけの士郎の首根っこを掴み
体を黒い霧で包み
異形と化した
霜村奈美の姿であった。




