第70話 クロスワードのように
第70話 クロスワードのように
「ふう、こんなもんかしら」
「いやはやお見事!」
調子よく吉凪が奈美を褒める。
「それじゃ私帰るわね」
「ええ、今日もありがとうございました」
そう言うと奈美は吉凪に背を向けて歩き出す。
「…驚くほど信頼されてますね私」
「そりゃ僕お手製の魔道具だからね。洗脳まで行かずともこれぐらいの関係は出来上がるさ」
「ええ、それはそうなんですが」
「彼女にも原因はあるだろうね」
「と、言いますと?」
「あれだけ強くても、彼女には何かが欠けている。そしてそれが分からないでいる。だから拠り所が欲しい、自分が何か正しいことをしている実感が」
「正義に関してやたら敏感ですよね、あの子」
「何か思うところがあるんじゃないかな?まあ利用させてもらえるだけ利用しようじゃないか。さあ早く帰って続きをしないのかい?」
青年の言葉に吉凪は可逆的な笑みを浮かべる。
「その通りですね」
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「変わった様子…ですか?」
廊下ですれ違った雅信の問いかけに困惑する伊有。
「ええ、Y市に行った際にこう…なんというか…変な感じというか」
「雨は降っていましたが…それ以外に…私は異変を見つけられなかったので…」
「そう言えばそうでしたよね、そっちの異変も残ってるんだった」
「そっち、とは?」
伊有の問いかけに雅信が連動する2つの連続殺人事件について答える。
伊有の額から汗が流れる。
(私は知っている、この原因を)
「どうか、しましたか?」
雅信が心配そうに顔を覗き込む。
「いえ…それは…怖い街に行ってしまったなあ、と。あ、授業始まりますね、それじゃ」
「あぁ、ごめんなさい引き止めちゃって。
じゃあまた」
そう言って駆け出す。
心臓が早鐘のようになる。
どうすればいい
私のせいだ
私が止めていれば
「…あんなに慌ててどうしたんだろ。体育ですかね」
呑気に雅信も教室に戻った。
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6つも歳が離れていた。
いつも私の面倒を見てくれて、遊んでくれて、可愛がってくれた。
頭が良くて、皆んなから好かれていた。
そんなお兄ちゃんが交渉人に選ばれた。
家族みんなで喜んだ。
そしてお兄ちゃんはアルバイターズを自分の友達から選び出した。
周囲の心配をよそにお兄ちゃんたちは仕事をこなしていった。
そして全員死んだ。
やはり訓練生を使うべきだったと同業者のからの批判に、私たちの家は晒された。
頭が良くて、かっこよくて、頼りになるお兄ちゃんは自分の友達を危険にさらして死んだ。
大きな仕事をしに魔界のある国に行った時のことだった。
正体不明の敵にやられた、というのが大方の意見で、
表向きは夏休みの友達とのキャンプということだった。
旅行先での事故死、という形になっていた。
遺体は当然1つも見つからない。
お兄ちゃんたちは夏休みが終わっても、秋が来ても冬が来ても帰ってこなかった。
アルバイターの遺族はみんなみんな泣いていた。
遺族同士の集まりで私はその人たちを見ることができなかった。
「お兄ちゃんのせいかもしれない」
かもしれないではなく、間違いなくそうだ。
でもそれを言うことは禁じられていた。
それから私たちの家はそう言った業務から外されて5年が経った。
日本の交渉人を選ぶイレズマ様が今年選んだのは、交渉人史上最悪の事件を引き起こした一族の末っ子、私だった。
反対と非難の嵐だった。
それら全てを突っぱねてイレズマ様は私をえらんだ。
そして私は決意した。
兄と同じ状況で
1年間の仕事を完遂し
この家の名誉を取り戻すと。
そして
「異常と関わる者」の中で
出来損ないだった私自身を
変えてみせると。
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「いっそのこと本拠地に直接行ってみない?」
「…本拠地ってのは」
「あれ以来魔力の反応はほとんどなくなったんだけど、ここ」
そう言いながらスマホの地図を指差す霧子。
「幸福の…雨?宗教かなんかですかこれ、怪しいなあ」
「表向きはNPO法人ってなってるんだけど…より精度をあげてこの辺を測ってみたら、この場所から『常に』微弱な魔力が出ているのよ」
「常に…なんにせよ行く価値はありそうだ。だが少し強引すぎないか?」
士郎が霧子に尋ねる。
「あんたのお兄さんと思われる人物を見て以来、あんたなんか焦って見えるぜ」
「っ、そんなことは…」
兄と思われる青年の姿が頭に浮かぶ。
「そんなことはない、わ」
それでも目を見ながら霧子は言う。
「…OK、明日にでも伺おう」
水をたっぷり吸ったスポンジのような雲が空を覆い、雨を降らせるのを今か今かと待っているようだった。




