第64話 士郎の懸念
第64話 士郎の懸念
「おはようございます真春さん」
「おはよう坂上くん」
「怪我の具合は?」
「えぇ、もう大丈夫よ」
そんな言葉を交わしながら雅信が席に着く。
あれほどの戦いの後、翌日、何もなかったかのように彼らは学校にいた。
「柊は…休みみたいですね」
「傷自体はあの後もう一回見てみて、しっかり治療したから大丈夫だとは思うんだけど…」
「新作ゲームの発売日だからだよ」
「湯島くん」
「なんだそんな理由か」
一郎太が口を挟む。
「…そういや士郎は?」
「あいつはいつもギリギリに来ますから」
「それもそうか、と噂をすれば」
顔を真っ赤にして息を切らす士郎の後ろからは教師が入ってくる。
「んじゃ、また後で」
一郎太が自分の席に戻る。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「…ねえ疾風」
「…なんだ」
「昨日のあれは…なんだったのかな」
「…悪いが何にも覚えてねえんだ」
「覚えてない?」
「あぁ、お前がかなり酷くやられた所までは覚えているんだが、どこからか完全に意識がなくなってたんだ」
「…本当に?」
「嘘なんかつくかよ」
「…逆に普段だとどうなの?」
「普段は普段だよ、たまに口出ししたりするじゃねえか…いや昨日はそこからおかしかった…なんだかお前自身の…気迫?に押されたのか声も出なかったんだ」
「そういえば…」
「…これは聞いた話だけどよ、昨日俺たちがした死神憑は普段の神が貸して人間が借りるって構造をぶち壊すんだと」
「…壊す?」
「人間が神の力を奪い取る」
「…奪う。なんか悪いことしたね」
「いや、結果として勝ったんだからいいけどよ。お前だって気づいたんだろ?仲間を攻撃していたこと」
「やめて」
「…悪い」
「あれは、あれは私じゃない」
「…そうだな、正義の味方が友達を攻撃するもんか。だろ?」
「…当たり前よ」
「頼むぜ相棒、今度からは」
そんな軽口を叩きながらも疾風は昨日、自身の頭に流れ込んできたどす黒い感情の渦を思い出しながら、冷や汗を垂らした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「対策が必要になる」
士郎は口を開くとそういった。
「対策ぅ?」
愛羅は怪訝そうにいった。
「死神憑は強力だが、理性が吹き飛ぶ。つまりは俺たちも攻撃を受ける可能性が高い」
「いいじゃねえか、あいつの攻撃であんなにビビっときたの初めてだぞ?」
「いいわけあるか」
「冗談だよ」
茶化す愛羅に対して、士郎の顔は至って真剣だ。
「そりゃまたあーなったら困るけどよ、いざとなりゃ私か坂上が止めればいいだろ?」
「それは…そうだが」
「やけに気にかけるな、あいつのこと」
「…あんたのおかげでもあるんだがな」
「あ?私?」
「あんたと戦っている時の霜村さんは、すげえいい笑顔なんだよ。それに、少しずつ戦闘スタンスがあんたよりになっている、昨日だって理性が飛んでいるとはいえあんなに攻撃的に…」
「そりゃ私のせいじゃねえな」
「…え?」
あっけらかんと言い放つ愛羅に士郎が聞き返す。
「あいつの本能がそういうものだったってことよ。理性が飛んだら現れるのはそこだろ?」
「…なるほど」
「さてあいつはいつまで『正義の味方』サマでいられるかな?」
楽しそうに語る愛羅の横で、士郎の懸念は募るばかりであった。




