第54話 老人と少女
第54話 老人と少女
「…それでは2戦目の準備に取り掛かります」
イレズマが頰に汗を垂らしながらそう宣告した。
慌てて運ばれていったバセルキスの体には10本の矢が刺さっていた。
「金谷!」
1戦目を終えた陽太の元に愛羅がかけよる。
そしてその口から放たれた言葉は
「お前下がれ」
意外なものであった。
「っ、なんでだよ、勝ち抜きなんだからまだやるよ」
「いいから。どうせ頭数一緒なんだから」
「ま、まだやれる。そんなこと言ってあとあと」
「いいって言ってるだろ?まだやりたい奴もいるし、いざとなったら私が帳尻を合わせる」
「…信じていいのか」
「目下の不安はお前に次戦を任せてどうなるかの方だ」
「…悪い」
「気にすることはねえ。腕を上げたじゃねえか」
「…そう言ってくれるとありがたい」
「イレズマさん、というわけでこっちも選手交代だ」
「!…わ、分かった、次の人を決めてくれ」
そう言って陽太と愛羅はフィールドの外へと出て行った。
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「お疲れ陽太君!凄かった…って大丈夫!?」
敵から見えない位置に来るなり陽太は身体中から大量の汗を流し、岩に腰掛けた。
「あぁ…大丈夫。勝ったぜ」
苦しそうな表情をしながらも、その目はその口は笑みを浮かべていた。
その顔は何名かの背筋に寒気を感じさせた。
「トップバッターという緊張と、あれだけ正確に新しい技を放つためには相当の集中と体力が必要だろ」
愛羅が持ってきた水を渡しながら呟く
「そんな状態で2戦目行ってみろ、お前負けてたぞ」
「はは…情けないことで」
「ま、なんにせよ、よくやった。さて次誰行く?私でもいいぞ、そしたら全部勝ち抜いてきてやる」
「私に行かせてください」
そう手を挙げたのは
伊有であった。
「今出てきた相手、腰に剣を下げています」
「…春近、お前もあんまり無茶するなよ」
「無理だったら」
「わかってますよ」
愛羅と士郎の忠告を遮りながら
「私はみんなの強さを信じます。だからみんなも、私の剣を信じてください」
戦いの場へと赴いた。
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「お前…誰だてめえはぁあ!?」
千切れた腕を抑えながらアズィールが喚く。
「名乗る必要もありません」
「ふざけるなぁあぁあぁぁあ!!!!!」
アズィールが剣を構えて、雅信に突進する。
ドグッ
その胸に雅信のつま先が突き刺さる。
「あっ…はっ」
カラン、と剣が地面に落ち、アズィールが気を失う。
「アズィール姉さん!!!?」
エヌリエスの横にいた魔女が金切り声をあげる。
その声がまるで耳に入ってないかのごとく、背を向けて雅信はつかつかと歩きながら気を失っている黒田の横に抱えていた真春を下ろす。
「自分の傷は手当できますか?」
「で、出来る」
「それは良かった…アリスさん!」
「およびで」
笑みを浮かべたのちに、自身の憑神の名を雅信は呼んだ。
「『彼女のそばにただ立っていてください』、お願いできますか?」
「…ええ、これしきのこと」
そういうと、アリスは真春の横に腕を前で組みながら立った。
「ありがとうございます。…真春さん」
「な、なに?」
「目を閉じていてください。今から見せるものはあまり気分が良くないかもしれないから」
「え、なに、どうして」
「よくもアズィール姉さんををおおおおおお!!!!」
真春の言葉をかき消すように、魔女が叫ぶ。
「セルネア!!!待ちなさい!!!!」
エヌリエスの制止も聞かず、セルネアと呼ばれた魔女が槍を手に雅信に突進する。
「喰らえ!『ゼメラルダ』!!!」
何か魔法を唱えたかと思うと、その槍の先端に火が灯る。
しかし雅信は、それをすんでのところで、体を横に回転させて避ける。
それにより、後ろに立つアリスの眼前にゼルメアの槍が迫り
グシャァッ!!
槍が胸に後一歩で触れる、というところで雅信のかかと落としが、ゼルメアの後頭部に炸裂した。
「危ないことをしますわね、旦那様。少し火の熱さを感じる近さでしたわ。私に刺さっていたらどうするおつもりで?」
足元で石畳を砕き、顔から地面に叩きつけられたセルネアを見下ろしながらアリスが苦言を呈す。
「ごめんなさい、後ろ向いてたんで正面向いてカウンターするの間に合わなかったんですよ。あとその呼び方やめてください」
雅信は平然と答える。
すでに足元には動かなくなった魔女が2人。
「さて、あと3人」
雅信が神社の屋根に立つ3人の魔女を睨みつける。
「誰から死にたいですか?」
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「正直な話」
人間とよく似た姿をしながらも、その耳や肌に若干の違いを持った壮年の魔族の剣士が口を開く。
「どんな種族であれ、子供と戦うというのは気乗りしないものだ」
「…」
伊有は口を開かない。
「しかし私は、この国の王に使える軍人だ。命令には従わなければならない」
「…私もまだ死ねない」
「そういうことだな」
その老爺はスラリと、腰から細身の剣を抜いた。
「クライズラだ」
「…春近伊有」
伊有は剣の柄に手をかけて名乗る。
「それでは…始めっ!!!」
イレズマの掛け声とともに2人は動き始める。
円を描くように、ジリジリと。
「はぁっ!」
先に仕掛けたのは伊有だった。
地面を蹴り、クライズラに向かって駆け出す。
2人がすれ違い、お互いに正面に向き直す。
「!?」
「伊有ちゃん!!」
奈美が叫ぶ。
プシイッ
そんな音とともに伊有の脚から鮮血が噴き出した。




