第52話 ベンダーニアの罠
第52話 ベンダーニアの罠
「よくきたな…人間」
真っ暗な穴を抜けた先は、いかにも、といった風な「魔界」であった。
「お前がベンダーニアの王、アルゼンだね」
「いかにも、選神・イレズマ」
アルゼンと言われた男はそう答えた。
後ろには9人の男が立っている。
「それでは始めようか、ベンダーニア。君たちの要求は日本という国への侵攻」
「…それでいい」
「我々はそれの阻止、かつ、我々が勝利した場合はこの先永遠に人間界に関わらない」
「よい、まあ、そのようなことは万に1つもないが」
余裕そうな笑みを浮かべアルゼンが答える。
「それで、ルールだが、勝ち抜き戦、という形でいんだな?」
「あぁ」
「OK…じゃあ…各々1人目を出そうか」
「ちょっと待ってくださいイレズマ様」
「…どうした?士郎くん」
士郎が戦いの始まりを引き止める。
「2人…足りません」
「…え?」
その発言に、アルゼンの目が見開かれた。
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「ここが人間界ですか」
「そして、この感じ。どうやら移動は成功したらしいですね」
「彼らの本拠地の真上、でしょうか」
「おや、どうやら人間がいるようです」
黒田は真春を守るように手を広げた。
「…はじめまして。私はベンダーニアの女王、エヌリエス」
真春は目を丸く見開いて体を震わせた。
「お忍びで、遊びに来ました」
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「何の話だ人間」
「ベンダーニア王の側近は10人いたはずだ」
「何の話だ」
明らかに、アルゼンの表情に焦りが見えた。
「俺が調べた限りでは、現在のベンダーニアの戦力のかなめはその側近たちだと」
「…そうだが?」
「…なあ、女王サマはどこだ」
「戦争には参加しない」
「嘘だ」
「は…」
「女王と、そしてあんたと女王の長女は、この国トップの魔女と」
「なぜそんなことを…!!」
士郎の後ろにいる2人の小さな子供を見るなりアルゼンは顔を歪めた。
「知恵の神か…!」
「なあ、どこにいるんだ。この近くにいるなら呼んだ方がいいんじゃないか?」
「…ハンデ、というやつだ。この戦いにあの2人は必要ない」
「それも嘘だ。1,000年以上前の戦争では、相手がどんな小国だろうと娘さんの方は必ず参加してた」
「…」
「相当に戦いが好きなんだろうなあ。で、どこにいるかって聞いてるんだよ…!!」
アルゼンが歪んだ顔を少しずつ、諦めたかのように元に戻していくのと反対に、士郎の額には汗が浮かび語気は強まった。
「…少し出かけている」
「どこに」
少しずつ、少しずつ
「それを聞くか?」
「…っ」
アルバイターズの顔に汗が浮かぶ。
「分かっているのだろう?」
最悪の事態は
「人間界だ」
引き起こされた。
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「…やあ。エヌリエス様、なんの御用か」
ドス
「な…!?」
「我が母に気安く口を利くな薄汚い生物が」
「!?く、黒田さん!?」
黒田の胸を、エヌリエスの隣にいた女の放った短剣が貫いた。
「アズィール!?」
エヌリエスも驚いている。
「いきなり何を…」
「すっ、すみません。ですが母様にこの人間が無礼を」
「っ!」
『なぜか』焦ったような表情で倒れこむ黒田を見るエヌリエス。
(…う、嘘でしょ。なんでここに敵が…!どうしてどうしてどうして…!!!それよりも…黒田さん!)
「神憑変化!!」
真春の腕に注射が刺さり姿を変える。
「!?」
「お前…」
真春が黒田に駆け寄る。
傷口に手をかざし治療術を施す。
(…なんとか閉じた!呼吸は…ある。落ち着いてる。気を失ってるだけ)
「よう、なんだお留守番がいたのか」
「!?」
「お前ら、戦えるんだろ?」
ドッ
「遊ぼうぜ」
アズィールの蹴りが真春の腹に突き刺さり吹き飛ぶ。
「かっ…はっおぇ…」
(痛…息が…死ぬ…死んじゃ)
アズィールグイッと真春の胸ぐらを掴む。
「?なんだあ?弱っちいなあおめえ」
首だけ後ろを振り向き、エヌリエスに話す。
「こいつさっさとぶっ殺して、この世界侵略しましょうよ。母様」
「!?」
(…じ、時間を稼がなきゃ!)
後ろを向いてる間に真春は傷に少し治療術を施し
ゲシッ
「ん〜?」
アズィールの腰に、真春の、威力はゼロに等しい蹴りが入る。
「なーんだぁ」
アズィールの口角が上がる。
ドゴォッ
「やる気あるんじゃーん」
真春の脇腹にまたも、蹴りが突き刺さる。
(し、死ぬ。いやだ、怖い。やだ痛い、痛いよお。死にたくな)
今度は真春の顔を掴む。
「ボロボロになるまで殴ってやるよ…」
「アズィール!」
エヌリエスが叫ぶ。
「は、はい母様!」
「…おやめなさい」
「…はい」
不承不承といった感じでアズィールが真春から手を放す。
ドサリ、と身体が落ちる。
「…すでにその子は虫の息です。ほっておいて進みましょう」
「はい…」
ガッ
真春がアズィールの足首にすがりつく。
「テメェ!!!」
アズィールが足を振り上げる。
「アズィール!!」
顔のおよそ1センチ前でその足は止まる。
「母様!!」
「…剣を。一思いに殺してあげなさい」
アズィールはその言葉に顔をほころばせる。
「はい!」
アズィールが虚空に手をかざすと、そこに剣が現れる。
またも真春の胸ぐらを掴み、立たせる。
「んじゃな」
(あぁ…死ぬんだ)
真春は朦朧とした意識で変に落ち着いて考えた。
(死にたくないなあ)
パリン、と足元から音がする。
乱暴に胸ぐらを掴まれた際に、雅信からもらったお守りが落ちていた。
(あぁ)
アズィールが剣を構え
(ごめん)
轟音と共に振るった。




