双子座の國、戦いの場所
双子座国に向けてエメラルが見送りに来てくれた。
「宝石の再現、修復の修練は双子座国で行ってください」
「はい!」
「返事だけ良いようにならないで下さい」
「はい!」
「って言うか、本当に君も行くんですか? ダイアン」
「この子二人の監督役は僕なので」
「そうですか、短い間でしたが、楽しかったですよ」
エメラルが手を振りながら見送る。
「あの、これから行く双子座国ってどんな所ですか?」
「気さくな人って感じかしら?」
ホワイトが尋ね、ダイアンが微笑みで返す。
「……強いんですか?」
「そうね、順位を教えないといけないかしら?」
「順位?」
「星座の順位、ああ前もって言うけれど、強さランク表じゃなく、『始まり』は何処かって意味よ」
「始まりって?」
「月の始まり、スタートライン。十二星座全てが「祭りの日」と決めた日。牡羊座国で十二星座人の偉い人が全員集まり、国民に顔を見せ、国々を見回る日。長い祭りの日」
「祭りの日は他国の人も入るわ」
「一番強いのは牡羊座?」
「いいえ、昔は十二星座国の王だったと噂されてるけど、王と言う位は廃止されてるし、純粋な強さを言うなら獅子座が一位に繰り上がってないと変だもの」
「じゃあ、順位って?」
「強さではなく国の発展、技術の「始まり」ってとこかしら」
「技術の発展って何を生み出したんですか?」
「バクの発見」
「え?」
「最初にバクを見つけた国は、牡羊座国の民らしいわ」
「……」
「城壁を作り上げたのは別の国だけど、今もバクの問題は僕たちが率先して行うものだと他国も思ってる筈よ」
「……」
「何か質問ある?」
「一位が牡羊座国なら、最下位は魚座国?」
「ええ、教会を一杯建ててる国よ」
「教会かあ……」
宗教があることに驚いた二人。
夜になる頃に双子座国へとたどり着く。
「双子座国のシトリ、シトリンの星座石のシトリ」
「牡羊座国のダイアン、この子たちは右からヴラド、ホワイト」
「よろしくね、ヴラドにホワイト」
「よろしくお願いします」
二人は声を合わせて、お辞儀する。
「礼儀正しいね、見習おう」
シトリは隊舎へと案内する。
「隊舎で十二星座部隊の隊長「蟹座の君」がいらしている。彼の戦いぶりを見るのも訓練の内だよ?」
ヴラドとホワイトは顔を見合わせる。
隊舎の訓練所。
ローブを羽織った星座人と壁際に立つ黄土色のコートを纏った者たち。
「来い! 射手座の「生まれたて」」
「生まれたて」と呼ばれた彼は槍を構える。
「行きます! 炎槍楽譜!」
槍先から火が溢れ出る。槍を回し、突撃する。
黄土色のコートを纏う、目の前の男。
星座人の対人戦を勝手出た男。
(倒せるとは思わないっ!)
それまで直線的な動きだった「生まれたて」。
誰かが、感嘆の声を漏らす。)
コートの男の斜め前にに移動した「生まれたて」は笑っていた。。
相手をゆっくり目で追う相手に「勝てる訳がない、けど笑いそうだ」何故か、己が負けると分かってる戦いに気分が高ぶる。
槍が激突する。
二度、三度ぶつかり合う。
肌がひりつくのを感じ、「もう終わりか?」相手が待っていてくれてることに「いいえ、まだです」と返す。
「生まれたて」は槍を消した。
「――雷武」
「雷武? 雷槍楽譜じゃなくて?」
戦いを見学しているダイアン、ヴラド、ホワイト、シトリ。
「雷武は唯一、槍を用いない体術」
拳を叩きこむローブの彼。と叩き込まれてるコートの男。
「壁際に居るのは小隊たちです。中央で戦ってるのは、先日この国に来た射手座の「生まれたて」で部隊に入る訓練を受けて貰ってます」
戦ってる様子。それをヴラドは、ブラッドストーンの瞳に映し出す。
(戦いの呼吸、テンポを合わせて貰ってる。あ、徐々にレベルが上がって)
それは、鏡だった。
拳と拳がぶつかる。それがマネキンのようで、奇妙で「楽しむ」心は一転。恐怖に染まる。
「ここまで、病的に相手に合わせられるのは「蟹座の君」らしい」
シトリが見つめる先、「蟹座の君」は確かに戦いを合わせていた。
相手が恐怖でめちゃくちゃな、乱暴と言っていい拳の振り方を、寸分違わず合わせて振るっている。
「終了―。他にやりたい奴は」
「はい!」
「おい、ヴラド!」
「良いよー、来い」
「ま、待って下さい!」
ホワイトが止めに入るが、ヴラドは前に進む。
二人に助けるように顔を向ける。
「良いんじゃない?」
「本人の隙にさせたら良いよ」
肩を落とすホワイト。
「……大丈夫かよ」
先程の戦い。合わせる時の相手の顔。
能面だった。
身体だけ鏡で、頭は違う何かに思えた。
戦いが終わった時の感情の切り替え。
陽気な性格が、本性なのか。
戦いで見せた、『顔』が本性なのか。
思わずホワイトは、ローブの裾を握りしめていた。
「蟹座国の『蟹座の君』、そちらは?」
「牡羊座国のヴラド、ブラッドストーンのヴラド」
「お互い名乗り上げた。さあ、始めよう」
瞬間、『蟹座の君』は肌に静電気を流し込まれた感覚に襲われる。
「情報吸収能力」
これは相手の動きを予測し、それに合わせてカウンターを入れる「コピー体術」にはなくてはならない機能、本能。
ヴラドは先程の戦い。射手座と蟹座の戦いを見ていた。
(さっきと同じ戦いっ! これじゃまるで、記憶の焼き直しじゃないか⁉)
人間は同じ行動をすることに慣れる。が、感情は長続きせず、やがてストレスとなって蓄積される。
(過度の負担を掛けてくる! こうなったら)
合わせるのを止めた。
「⁉」
「蟹座が合わせるのを止めた?」
「別に珍しいことじゃない」
誰かに合わせろと強制されて本人はやってる訳じゃない。
好きでやっているのだ。
享楽主義に見え、実は一番それが他者への気遣いの理性。
その仮面、道化を捨て去った下に合ったのは。
『怒り』
陽気な兄を思わせる相貌を捨て、怨敵を目の前にしたかの顔つき。
「……終わりだ」
スタイルが変わったことに対応出来なかったヴラド、拳を叩きこまれ、空中へと身体が浮かぶ。
見下ろすように宙で片目を『蟹座の君』へ向ける。
蟹座の手に握られていたのは、一本の槍。
「水槍楽譜っっ!」
身体に水龍が天井まで叩き付けられる。
天井の壁に埃が散り、ヴラドの落下ともに大量の埃がヴラドを覆う。
蟹座が足音を立てながら近づく。
「何故、防御を、記憶術を使わなかった?」
「……これから、習う予定なんです」
頭をゆっくり起こし、蟹座を見る。
「自分の負けです」
「……」
蟹座は何か考える素振りを見せる。
「ヴラド!」
「大丈夫、自分で立てる」
駆け寄るホワイトを片手で制す。
訓練所を退出するシトリが「本気だったら、身体真っ二つだ」と溜息混じりの笑みを浮かべる。
「……勝ちたかった?」
ダイアンが笑いながら尋ねる。
「自分が勝ったら、この国は滅ぶだろうね」
「フフッ、そうね」
ダイアンの微笑みに、皆一様に頷いた。
「今回行う修練は知ってると思うけど、改めて説明させてもらう」
シトリが「涙の結晶」を取り出す。
「これを一度破壊し、修復、再現して欲しい」
「分かりました」
二人は両手の中に宝石を閉じ込める。
「ああ、待った待った。触れずにね?」
「え?」
「地面に置いて、やるんだ」
シトリは地面に宝石を置く。
「まず手を翳す」
手を翳し、宝石が影に覆われる。
「情報吸収能力と記憶術カラットを発動させる」
シトリの手は静電気に触れたかのように震える。
宝石が回転し、徐々に面積が縮む。
割れる。乾いた音を立てて。
「そして、再現」
粉となった宝石が、時間を巻き戻るように回転しながら、元の形に戻っていく。
「これが出来たら、次に移れる。さあ、やってみて」
二人は宝石を地面に置き、手を翳した。
先に割れたのはヴラド。
「……やった!」
「破壊は得意なようだね」
「ま、誰にでも向き不向きはあるし」
シトリが目配せするのはホワイト。
「全然割れない」
落ち込むホワイトに「コツ、教えようか?」と親切に申し出る。
「いらない、変な癖つきそうだし」
「ヴラドさん、再現を」
「はい」
宝石を再現する修練に入ったヴラドを横目で見るホワイト。
(再現は得意そうじゃないな)
ホワイトは一度再現を見ている。
自分の身体を修復されていく様を、見ていた。
それは、ヴラドも同じだが、度合いが違う。
首から下の喪失と、粉砕程度じゃ、話が違ってくる。
やっと、小さな亀裂が入る頃にはヴラドは「修復」の修練に入っていた。
此方が見ている事に気づき、得意げに笑う。
「チッ」
舌打ちし、顔を背ける。
なんだよ、なんでだよ。彼奴ばっかり。
思えば、蟹座との訓練もそうだった。
先ばかり歩く、此奴。
負けたくない、負けたくない。気ばかり急ぐ。
乾いた割れる音。
それが聞こえてきたのはヴラドの修練が終わった後だった。
「やっと、割れた……」
「御疲れ」
労いの言葉すら腹立つ。
「次は修復、だな」
宝石が瞬く間に元通りになる。
「速い」
「……凄い、凄いって思っちゃった?」
「うん」
素直に感動するヴラドを見て、「よっしゃあ!」とガッツポーズする。
「二人とも、よく頑張った」
シトリは双子座国の門扉まで三人を送り届ける。
「時に、ヴラドさん」
「はい?」
突然、後ろから声を掛けられ、驚く。
「次の国は、蟹座国」
「『蟹座の君』が待ってる」
シトリが微笑み手を振る。
前を振り向くと、『蟹座の君』が腕を組みながら空を見上げており、視線を感じたのか此方を見て笑い返す。
蟹座国へ着いた時真っ先に案内されたのは、隊舎だった。
「これから、槍の出現、炎槍楽譜を習得してもらいまーす」
「やっと、か」
「やっと、だね」
二人して、「ここまで長かった」と愚痴を溢す。
「まず」
「あの、僕、「カラットの修練」で「土属性」の判定が出たんですが」
「ああ、あれね。アレは属性判定じゃなくて一番自分にとって高い能力であって、君に「炎槍楽譜」が使えないって訳じゃないから」
「そう、なんですか」
「それに「カラットの修練」は手で力を出してるって勘違いするヒトも多いけど、実際は「瞳力」の力も出している」
「……「瞳力」?」
「瞳の宝石。「瞳術」は別の奴が教えるから、いや」
「もしかしたら、一生学ばないかもしれない」
二人は「槍の出現」を訓練する。
「宝石は触って、出現させる訓練をしていた」
「でも、今回は「想像」を出現させる訓練」
「頭の中で槍を思い浮かべて」
眼を閉じ、辺り一面白の精神世界。
「イメージを」
槍を模る。
「世界を繋げる」
風が槍の周りを旋回する。
「……お見事、目を開けて良いよ」
両手には槍が握られていた。
「おおっ!」
隣も驚きで見つめている。
「さあ、「炎槍楽譜」習得の時間だ」
「これを習得すれば、「獅子座国」で実践訓練。仮入隊が決まり、「乙女座国」で書類申請。「天秤座国」で入隊が決まり、晴れて黄土十二星座部隊だ」
「――準備、出来てるかな?」
「はいっ!」
声を合わせて言う二人に。
「返事だけが良いにならないでね」
蟹座の君は呆れたように笑った。
炎槍楽譜を習得した二人は、獅子座国で「獅子座の君」の前で他の「生まれたて」と共に城壁近くへ来ていた。
「これより、実戦訓練へ入る」