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貴方の音

作者: 飯嶋 文


 「私は貴方に、何が返せるだろう。」



 柔らかな感触の中で目を覚ました時も、この言葉は残っていた。

 遠のく意識の中で、脳裏に刻み付けたこの言葉。

 自戒を込めて、自責を込めて、消えないように刻んだ言葉。

 そのほかに覚えているのは、私の背中を支える強い腕と、悲哀と憤怒と悔恨とを混ぜたような叫び声。

 私はまた、貴方に罪を負わせてしまった。

 私はまた、貴方に借りができた。


 

 早く貴方を探さなきゃ。


 貴方が貴方を許せなくなる前に。

 貴方の罪が過去になる前に。

 貴方がいなくなる前に。


 早く貴方を探さなきゃ。



 突然、私を呼ぶ声がした。私の名前を叫びながら、すごい速さで近づいてくる。

 どうやら怒られているらしい。私が勝手に立ち上がったからだろうか。私が急に歩こうとしたからだろうか。私が不意に転んだからだろうか。

 悪かったとは思う。でもそんなに叫ばなくてもいいじゃないか。

 よく聞こえない。頭に響く。訳が分からなくなる。

 ただでさえ、両の眼が潰れているのに。


 すぐにでも貴方を探したいのに、今歩こうとしてもまた捕まってしまうだろう。まだうまく歩けないから、どうしたって振り払うことはできないだろう。今すぐ貴方のもとへ走りたいのに。

 寝台に連れ戻されるのを、甘んじて受け入れる。情けないことに、今の数分で疲れてしまったようだ。もう起き上がることすらできない。

 これじゃ貴方を探せない。すぐにでも貴方に会いたいのに。すぐにでも貴方を許さないといけないのに。

 不便なものだ。貴方が教えてくれる知恵を、もっとしっかり聞いておけばよかったな。何か起きたらそこで考えようなんて思わないで。


 さっきより、落ち着いた声がする。低くて心地よい声だ。

 立ち上がった理由を尋ねていたから、人探しだと答えた。貴方の特徴も伝えた。運ばれるときに付いていてくれた筈だとも。

 答えは思いがけないものだった。そんな人居なかったというのだ。確かに居た筈なのに。

 探しておくといった声を、もう私は聞いていなかった。貴方が居なかったという衝撃が私の心を占めていた。すべて幻だっただろうか。あれは夢だったのか。

 心に隙間ができたようで、そこを何かが抜けていくようで、周りに誰も居ない気がして、途端に寒くなったようだった。余計に、体が動かせなくなった。空気まで、強張ったように感じた。



 どれだけ寒さに耐えただろう。どのくらいの間動かずにいただろう。

 ふと、左下が暖かくなった。優しい眼差しが、向けられている気がした。

 思わず名を呼んでいた。存在を確かめていた。触れることを求めていた。

 掠れる声で、思うようにならない腕で、貴方を求めた。きっと聞き取ってくれると信じて。必ず掴んでくれると信じて。求められれば何でもすると言ってくれたあの言葉を、信じているから。

 呼ぶだけじゃ足らなければ、欲しいと言うだけで足らないなら、他にも何だってする。だからどうか、私を置いていかないで。


 喉が焼ける。腕が燃える。

 こんなに大変だなんて思いもしなかった。

 誰かを呼ぶことが、誰かを求めることが、思いを口にすることが、言葉を届けることが。

 すごくつらくて、とても苦しくて、その上痛い。涙が出てくる。



 泣くのは嫌なんだけどな。貴方はいつも笑うから。そんなに酷い顔なのかな。

 やっぱり笑った。それにしても笑いすぎじゃない?


 笑う貴方が見えなくても、貴方と眼を合わせられなくても、構わないと今は思える。

 こんなに近くに、私の耳元に、貴方の喉を、貴方の心臓を、貴方の命を、確かに感じるから。


 貴方の音が、此処に在るから。

お読みいただきありがとうございました。


ぼやぼやしすぎてよくわからなかったことと思います。無理からぬことです。私にもわからないのですから。潔く諦めましょう。

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