序章 鑑定士と顔のない依頼人
序章と転章は視点がかわります
ヒノメ視点
走っている。
ただひたすらに走る。
マラソンのペースではない。
ペース配分を考えずただひたすら走る。
毎朝の日課だった。
学校にいくまでの朝6時から8時まで、ジムのメンバー5人で街中をただひたすら走る。
練剛さんが決めたトレーニングだ。
先頭を走るのはいつも練剛さんの妹、キバコさん。
スピードは誰にも負けない。
戦闘能力もこの中ではズバ抜けている。
ジムでのあだ名は『吸血鬼』。
練剛さんは、ジムのメンバーにモンスターのあだ名をつける。
キバコだから吸血鬼のあだ名をつけたのかと聞いたら、昔からキバコさんは、上手くいかないで頭に血がのぼると噛み付く癖があると言っていた。
しかも、噛みちぎるくらいに強く噛むそうだ。
なにそれ、怖い。
そのあとに僕が続く、続くといっても距離は随分離されている。
ちなみに僕のジムでのあだ名は『邪眼』。
中二病みたいで恥ずかしい。
僕のすぐ後に、岩男さんがいる。
大山 岩男。
練剛さんに次ぐ巨体だ。
あだ名は『岩人形』。
巨体な上に筋肉がゴツゴツしていて岩のように硬い。
練剛さんにやられるまでは無敵の肉体と呼ばれていたが、20パーセントの練剛さんによって無敵の肉体はものの見事に砕け散った。
決っして走るのは得意ではない岩男さんは根性でついてくる。
足音もすさまじい。後ろから凄い地響きが聞こえてくる。
そして、無言。ジムにきて半年くらいだが、岩男さんがしゃべっているのを僕はまだ見たことがない。
なんだろう。凄い重圧を感じる。
「お先に」
その岩男さんを抜いて、青白い顔の男が僕のそばまでくる。
伏見 甲斐。
あだ名は『不死』。
練剛さんのお気に入りだ。
ダメージを受けても直ぐに回復する彼は皆の練習用ザンドバックとして活躍している。
格闘の経験はなく、攻撃らしい攻撃はまだマスターしていない。
走るのも得意ではなく、フォームもめちゃくちゃだが後半に彼はいつも追い付いてくる。
スタミナの回復も異常のようだ。
完全にバテてもすぐに回復するゆえに彼一人だけ最後までペースが変わらない。
それがわかっていても、彼に抜かれるのはいやなものだ。
先輩の意地をみせ、なんとか先行する。
ふと前を見ると、キバコさんが止まっていた。
開かずの踏み切り前だ。
ここは朝から、鈍行の電車が通るため、運が悪いと結構な時間立往生するはめになる。
キバコさんに追い付いた僕達三人は、それぞれ持参したドリンクで喉を潤す。
五人目は姿を見せない。
まだ、遥か後方にいるだろう。
怪物達の中で唯一怪物でない男。
今日も、追いつくことはできないだろう。
踏み切りが開くのを待っていると、キバコさんが目の前のマンションを見上げた。
視線を感じたのだろう。
これもいつものことだ。
踏み切り横の五階建てのマンション。
そこの三階ベランダから男がこちらを見ている。
チャラそうな男だ。
茶髪にピアスをして、いかにも遊んでますと言った感じだ。アロハシャツを崩して着ている。
大学生だろうか。
へらへらと笑いながら、キバコさんに手を振っている。
キバコさんは、興味なさそうに視線をそらし、踏み切りが開くのを待つ。
岩男さんも、カイくんもまるで興味がないか、気がついてないのか、いつも視線すらあわせない。
だが、人の能力が数値で見れる僕は、その男から視線をそらせない。
いつも疑問に思う。
何故あの男は毎日、数値が変わっている?
決っして強くはない。
今日のレベルは河原で練剛さんが殴った不良レベルだ。
だが昨日は、小学生くらいの子供なみのレベルだった。
その前はその中間くらい。
どんな鍛え方をしてもそんなレベルの変動はありえない。
踏み切りが開き、キバコさんが走り出すと男は部屋の中に入る。
なにかの間違いだろう。
疲れからくる数値の乱れ、この時はまだそう思っていた。