転章 ゾンビ
序章と転章は視点が変わります。
ヒノメ視点。
「な、なにしてんの?」
朝、六時。
ジムに戻ってきたら、キバコさんが男とはぁはぁしていた。
男はジムのマットに倒れこみ、その上でキバコさんがしなだれかかっている。
これはあれなのか、18禁的なあれなのかっ。
「スパーリング?」
キバコさんが首を傾げながら言う。
相当疲れているのかまだ起きてこない。
いやクエスチョンつけられても。
というか、キバコさんの下の男、練剛さんに殴られたゾンビくんじゃないか。
「キバコさん、もしかしてそいつ倒したの?」
「 いや、無理だった。こいつ、面白いな」
屈託のない笑顔。
左目を隠す。
確かにゾンビくんにもうダメージは残ってない。
じゃあ起き上がれよ!
「えっと、君、名前は」
「伏見 甲斐だって」
答えたのはキバコさんのほうだった。
本当になにもしてないだろうね、君たち。
ため息をついてキバコさん達に近づく。
練剛さんからジムの入門書を預かってきている。
「練剛さんは自分が本気で殴るために、君を鍛えたいそうだ」
入門書を見せる。
「三食メシつき、月謝はなし。保護者の許可もとってきた。必要ならここに住むこともできる」
伏見 甲斐はなぜか呆けて天井を見ている。
何だろう。そこになにかあるのだろうか。
「で、カイくん、君はどうするんだ?」
練剛さんは、決して自分からは誘わない。
たとえ、エジソンを超える発明家だとしても、野菜が好きなら八百屋のままで幸せだろうと言っていた。
だが、僕は見てみたい。
練剛さんの拳に耐えられる人類を。
「いままで殴れてもなにも感じなかった。身体の痛みも心の痛みもどこかに忘れてきたみたいだった」
カイくんは上に乗っていたキバコさんをそっと座らせて起き上がる。
キバコさんはまだ回復してないのか、立ち上がらずカイくんを下から見上げている。
「皆、自分を怪物でも見るような目で殴る。自分と違う、異質で異常なものとして扱う。でも…...」
カイくんが再び天井を見た。
つられて天井をみる。
なにもない。
試しに左目を隠し、右目で見る。
なんだ? 人影?
一瞬、学生服を着た男が見えたような気がしたが、すぐに見えなくなる。
天井から朝日が射し込む。
カイくんはキバコさんを見て言う。
「ここは違う」
いい表情をしていた。
河原で初めて彼を見た時、生きているのに死んでいるようだった。
憑き物が落ちたようだ。
練剛さんの本当の目的を知っても、彼は絶望せずにいられるだろうか。
「よろしく」
だが、今は素直に歓迎しよう。
怪物がまた一人やってきたことに。
次回
第二部
模写