三話 天使にラブソングを
二年前の失態を思い出すと怒りで身体から力が溢れるのを感じる。
それを無理矢理抑えながらリングでドラキュラと対峙する。
二年間抑えてきた。
シスターの真似事をしながら善人ぶりすべての欲を抑えてきた。
この日、この時、爆発させる為に。
ワタシの中で弾け飛びそうな怒りはマグマとなり噴火寸前だ。
「そのままの格好でいいのか?」
「ええ、大丈夫です」
それが合図になった。
ドラキュラの見えない右ストレートがワタシの顔面にヒットする。
パンッ
小気味好い炸裂音がして頬に痛みが走る。
だがアドレナリンが出まくってるワタシは痛みを感じない。
そのままドラキュラに摑みかかる。
パンッ パンッ スパパっんっ
右、左、右。
一瞬でさらに三発くらう。
そして、正面にいたはずのドラキュラはそこにはいない。
パンッ
掴み損なったところにまたパンチをもらう。
早い、もはや人の早さではない。
黒い影がリングを所狭しと素早く動く。
口の中に血の味がする。
屈辱を思い出す。
一度、一度でいい。
次に捕まえたら絶対に離さない。
二年間、コイツを捉える為だけに鍛えてきた。
姿勢をグッと下にする。
タックルを狙う。
アマレス、柔道、合気道。
ドラキュラを倒す為だけに二年間様々な道場に通い詰めた。
パンッ パンッ パンッ
パンチをもらうが動かない。
一瞬の刹那に全てをかける。
サンドバッグのように殴られながら足に力を込める。
見ているのはドラキュラの右足。
二年間の全てを込めて爆発させる。
ボンっ
ワタシは弾丸のようにドラキュラに特攻した。
それでも。
それでもコイツは交わしてくる。
視界からドラキュラの右足が消える。
わずかに残像のように視界の隅に写った右足。
そこに無理矢理右手を伸ばす。
爪がギリギリ引っかかる。
それだけでいい。
「うらアァアあっ!!」
思わず叫んでいた。
爪から指へ、そして手へ。
ドラキュラの右足を掴む。
パパパパパッン
閃光のような連打が顔面に降りかかるが離さない。
これを離したらもう勝ち目はない。
右足を掴んだまま、左足に手をかける。
次にドラキュラの首に右足を引っ掛ける。
ワタシの頭は逆さまになり背後からぶら下がる形になる。
丁寧に折り紙を折るように手順を踏む。
残った左足で背中を押すとドラキュラが弓反りになる。
力を込める。
「ぐっ」
ドラキュラが声を漏らす。
だがまだ倒れない。
右足と左足を持つ手を素早く入れ替え交差させる。
バランスが崩れて倒れこむ。
折りたたむ。
荷物を梱包するようにコンパクトにする。
紐で何重にも固めるように両手足の自由を奪う。
どれだけ暴れても抜け出せない技をこの日の為に特訓してきた。
ドラキュラを完璧に捕獲した。
たとえ、手足が折れても抜け出せない。
ワタシの大きな胸の中にドラキュラの後頭部がある。
首と両腕をまとめてガッチリ右手と左足で固める。
両足は折りたたまれたような状態で左手と右足で絡まるようにホールドしている。
あの時、痙攣しながら暴れるドラキュラを抑えれなかった。
だが、このホールドは抜け出せない。
何があっても離さない。
「終わりだ。このまま締め落とす」
噛まれても離さない。
腕を千切られても離さない。
力を込める。
にゅるん
信じられないことがおこった。
抜けないはずのドラキュラの右手が抜けた。
いとも簡単に。
感触がおかしい。
まるで軟体動物のような柔らかさ。
バカな。
この身体の柔らかさはなんだ。
ゴン
抜けた右手で鼻を殴られる。
鼻血が派手に飛び散る。
ホールドは緩めない。
まだだ、ここからっ。
だが右手に続き左手も抜ける。
馬鹿な、こんな身体の柔らかい人間で技を想定していない。
これほどの身体の柔らかさは経験したことがない。
いや、一人だけ知っている。
「ワタシだ」
思わず呟いた。
ホールドを抜けてドラキュラがワタシを見下ろしていた。
「そうだ。アンタからもらった力だ」
負けを確信した。
絶望。
「アァア嗚呼嗚呼アァアあああぁ!!」
叫ぶ。
叫んで着ているシスター服を自ら引き千切る。
勝つ手段はもう何もない。
それでも終われない。
ワタシの中で何かが壊れた。




