デッド・フライト
日本航空289便墜落事故の唯一の生存者、伏見 甲斐の実家を訪ねる。
青白い顔の母親らしき女性から親戚の家に預けていると言われる。
その親戚の家を訪ねると今度はジムに住込んでいると言われた。
眠矢町の轟山。
そこにある怪物製作所というジム。
怪物というフレーズに送られてきた飛行機の上の怪物を連想する。
なんだ、これは。
なにか例えようのない違和感を感じる。
現実にいながらリアルを感じない。
足元がふわふわして落ち着かないまま怪物製作所に向かう。
ジムを訪ねると伏見 甲斐はサンドバッグを叩いていた。
他に数名、色の黒い女性がリングでシャドウボクシングをしており、巨大な男がベンチプレスをしていた。
「すみません、少しお話いいですか?」
伏見 甲斐は手を止めてこちらを確認すると軽く会釈する。
会うのは二年ぶりとなる。
青白い顔に生気のない歩き方。
ゾンビを連想させるイメージは変わらない。
だが、どこか違う。
なにか目的を見つけたのだろうか。
不思議な力を感じる。
「えっと、確か」
「田中です。二、三確認したいことがありまして」
田中と名乗った時、伏見 甲斐の表情が変わる。
二年前は無表情だった。
同級生に私の息子がいることを思い出したのだろうか。
二人でジムを出て近くの公園に行く。
ベンチに座り、カバンから持ってきたノートパソコン
を開く。
飛んでいる飛行機の右右翼に乗る怪物のような男の画像を見せる。
「これに見覚えは?」
伏見 甲斐は無言で首を振る。
「そうですか」
ノートパソコンを閉める。
反応を見てわかる。
彼は何かを知っている。
「あとこれを」
乗客員名簿のリストを見せる。
リストには280名の名前が乗っている。
だが実際に乗ったのは278名。
後になって2名が体調不良で離陸寸前に降りたことが判明する。
その二人の名前に赤で丸をしている。
練剛 牙子。
陽ノ目 一。
「君はこの二人が飛行機に乗っていないのを確認したかな?」
「わかりません。クラスが違ったので」
二年前は顔も合わせていなかっただろうか。
今はこの二人が彼と同じ怪物製作所のジムにいることはわかっている。
偶然ではないのだろう。
怪物。
唯一の生存者。
事故を免れた二人。
すべてはこの怪物製作所に繋がっている。
「ありがとう。また来てもいいかな」
伏見 甲斐は返事をせずに公園のベンチに座っていた。
奈良県軽沢村の金剛山にある日本航空289便墜落事故の慰霊碑の前に立つ。
空は晴れているが雨が降っていた。
傘をささずにそこに書かれた息子の名前を見ている。
不意に雨が身体にかからなくなる。
背後に能面のような顔をした無表情の女性いた。
白衣を着ている、医者か看護婦だろうか。
自分が濡れるのを構わず大きな傘を私にさしてくれている。
「すみません、大丈夫です」
傘を押して能面の女性に戻す。
「あなたも遺族を?」
女性がうなづく。
まだ若い。母親ではないだろう。姉か親戚か。
「霊、死んだ者の魂の存在を信じますか?」
ぼそりと女性が言う。
「わかりません」
正直に答える。
「妹の魂はここにはいない。死して尚、観測者としてあの者といる」
淡々と話している。
女性からは感情の起伏は感じられない。
「私は妹を解放させる」
そう言って立ち去る。
気が狂っているのかだろうか。
私はそのまま振り返らず慰霊碑を見ている。
「貴方の息子も解放されるといいですね」
後ろから聞こえた声に振り向く。
いるはずの女性がいない。
まるで存在が消えたようにいなくなっていた。
息子など一言も言っていない。
今のはなんだったのだろうか。
白昼夢。
私は霊と話したのだろうか。
自宅に戻ると調べさせていた資料が届いていた。
289便に乗っていた荷物のリスト。
すべての航空便は貨物法により、名称を詳しく書かなければならない。
事故を未然に防ぐため航空危険物を載せないためだ。
そのリストの一つに名称が不確かなものがある。
F
ただそう書かれた荷物。
宛先はアメリカ合衆国。
あの事件以来一度も乗っていない飛行機のチケットを取る。
息子の魂があるならそれはどこにあり、どうしたら解放されるのか。
私はただ自分が解放されるために真実を捜している。
「太郎」
息子の名前を呼ぶ。
当然、返事は返ってこない。
魂は私の側にはいないようだ。




