三話 いばらの王
五歳。
この時にハッキリと俺は人類で一番強いということを自覚した。
すべての毒の免疫を得て鼬 鼻祖の家を後にする。
「また食べたくなったらいつでも来なされ」
将来、この毒飯をまた食べたくなるとは思えない。
二度と食べることはないと思い、鼻祖に頭を下げる。
「五年間、ご馳走さま」
鼻祖は長い髭を触りながら笑顔で俺を見送る。
姿は見えないが隠我 音も同時に出ていく。
明日からは三つの器は一つになる。
振り返らずに産まれてから過ごした家を後にした。
練剛の家に初めて入る。
瓦屋根の大きな屋敷。
離れには道場もある。
産まれたとき両親は俺の顔すら確認しなかった両親と会う。
父と母。
どちらも筋肉の塊のような二人。
顔もそっくりだ。
同じ血族。
父と母は兄妹で子供を作ったのだ。
言葉は一言も交わさなかった。
嫌悪ではない。
興味が湧かなかったのだ。
既に俺より弱い両親に何の感情も湧かなかった。
「王よ」
練剛の主、練剛 凱が五歳の俺の前に跪く。
骸骨のように細い身体は何もしなくても崩れ落ちそうだ。
「これからは王の思うがままに」
何もしなくても筋肉は増えていく。
技を覚える必要もない。
毒も効かない。
五歳でやることがなくなる。
「なあ、じじい」
「なんでしょうか、王」
「さいきょう、つまらんぞ」
凱から返事はない。
ただ静かに笑っていた。
夜、寝るときは毎日、音に話しかけた。
「さいきょうてなんなんだろうな」
音は答えない。
だがそこにいるのは分かる。
「どこまで強くなっても相手がいなければ意味ないよな」
コトンと小さな物音がする。
指で床を一回。
決められた訳ではないがイエスの合図だ。
「音、さいきょうやめて普通に遊びたい」
コトン、コトン。
指で床を二回。
ノーの合図。
「じゃあ我慢するから、音今遊んで」
コトン、コトン。
「けち、バーカ、バーカ」
無音。
「ごめん」
コトン。
いつもくだらない会話をして眠る。
この頃はそれが唯一の楽しみだった。
六歳になり、妹が出来たと聞く。
父は同じだが母は違うらしい。
真っ黒い妹を見る。
別の一族との掛け合わせらしい。
「王の足元にも及びませんな」
凱は虫を見るような目で妹を見る。
牙子と名付けられた妹は鼬の一族に預けられることなく練剛の家で共に暮らす事になる。
牙子を見ると今までにない感情が湧いた。
今までは人に対して強いか弱いかでしか判断していなかったが牙子には違う感情が生まれた。
「なあ、これはなんだと思う」
コトン、コトン。
音にもわからないらしい。
だが悪い感情ではないと思っていた。
それが愛情だと気がつくのは随分後になってからだった。
十歳になる頃には牙子と良く組手をした。
牙子は練剛の力がほとんどなく、黒影というスピードに特化した一族の血を色濃く引き継いでいた。
素早い動きで翻弄しようとするがパターンが一定で避けやすく、当たっても攻撃が軽くダメージがない。
壊してしまわないよう力を入れず叩きのめす。
「ぎゃー」
拳が当たると大袈裟に倒れる牙子。
心配して手を差し伸べると不意をついて襲いかかってきた。
パカンっ
頭を小突く。
「あー、もう、きーらーいー」
牙子はすぐ拗ねて道場を出ていく。
だが次の日にはまた組手を挑んでくる。
平和な日々が続いていた。
このままでも悪くないと思っていた。
十九歳になるまで好き勝手に生きた。
十五歳の時に格闘技の世界大会で優勝し、それから四年連続で優勝した。
この頃の俺はひたすら自分の敵となるものを探していた。
本気で戦える者がいないのはつまらなかった。
だが最強を目指す一族たちは画策していた。
俺の余計な感情を無くすため。
そして、十九歳の夏。
爆音。
墜落する飛行機。
忘れられない日。
終わりの始まり。
俺は子供のように泣き叫んでいた。




