四話 博士の愛した数式
人の力で怪物を作り出す。
それが父の目的だった。
特殊な能力をもった者たちのDNAを掛け合わせ、さらに特殊にしていく。
練剛さんの一族にも深く関わっていた。
なんのために怪物を作り出そうとしているのか。
父の真意はわからない。
「お前はここから生まれたんだよ」
無機質な円柱形の試験管。
そこから僕は作られた。
「完全なる怪物を作り出すにはそれを観測するものが必要となる」
それが僕。
完全なる怪物はすでに存在しているのか?
「かぎりなく近い者はいる。だが完全ではない」
練剛さんのことを言っているのがわかった。
父は科学の力であの力を越えようとしている。
「種はまいてある」
父の実験は人の域を超えている。
いったいどんな怪物を作り出そうとしているのか。
父が隠してある実験ノートをある日捜しあてた。
だが頭に警告音が鳴り響く。
それを見てはいけない。
見てはいけない何かがそこにある。
それでもページを開く。
そこには、まるで理科の実験のように淡々と書いてあった。
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実験体 アルファ 以下乙 破壊実験①
アイテム: ごく普通の人間 以下甲
破壊試験の記録:
乙が部屋に運びこまれると甲は叫びだし泣き始めた。甲はすぐさま乙に潰された。
助手のメモ: うん、うまく行かなかった。甲が怯えて戦いにならなかった。乙の戦闘能力はまだ未知数だ……。
実験体 乙 破壊実験②
アイテム: 極端な筋肉増加と興奮剤を薬物投与した、ごく普通の人間 以下甲2
破壊試験の記録:
甲2は乙に対して恐れる様子を見せず攻撃をする。乙は一撃で甲2の頭を叩き潰した。
助手のメモ: うーん......。たぶんもう一度試せばいんじゃないかな。もっと薬物を投与すれば乙と互角に戦えるんじゃないかなあ。
実験体 乙 破壊実験③
アイテム: 助手
破壊試験の結果:
助手は恐怖のために絶叫し実験施設のドアを叩き、部屋から出すよう懇願した。乙はいたぶるようにゆっくり時間をかけて助手を潰した。
メモ: 無能な人間はいらない。時間は無限ではない。
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なんだ、これは。
周りの景色がぐるぐると周りはじめた。
数字が見えない。
完全にだ。
いきなりなにもない空間に放り出される。
僕が求めるものは何だったのか。
最高の数字。最悪の数字。美しい数字。醜い数字。
違う数字ではない。
それは......。
目が覚めた。
いつもの数字が見える世界。
気絶していたのか。
僕はベッドに寝かされている。
起き上がり、辺りをみる。
白い空間、素っ気ない医務室。
「まだ動かんほうがええ」
ベッドの横にケンがいた。
「心臓が少しの間止まってたんや」
盗賊に心臓を殴られ僕の心臓は止まっていたらしい。
「彼は?」
ケンがもう一つのベッドを指差す。
そこに盗賊が寝ていた。
「まあ、引き分けやな」
しばらくどちらも話さない。
沈黙が流れる。
「次は負けないよ」
寝ている盗賊のほうから声がした。
まだ寝ている。
寝言なのか、寝たふりなのか。
僕もケンも追求しない。
「怪物を倒すのはなかなか大変やな」
ケンがぼそりと言う。
「だがいつか全部倒して魔王も倒す」
人の力で怪物を超える。
果たしてそれは可能なのか。
「怪物と戦う者は、自分も怪物にならないよう注意せよ。深淵を覗き込むとき、深淵もまたお前を覗き込むのだから」
ニーチェの言葉を父は好んでいる。
すでに人の道を外れている父は、自分がもう怪物ということに気がついているのだろう。
そして、その父に作られた僕も......。
「君はそのままで」
僕の言葉の意味がわからずケンはきょとんとしている。
少し笑って目を閉じた。




