三話 π(パイ)
第一部の終わりに幕間を割り込みさせました
ダニエル・タメット。
医者である父は僕の能力をダニエルと似ていると言う。
ダニエルは、数字を色相や感覚と結びつけて理解する共感覚能力を持っている。
彼の説明によると、1から10,000までの数字は各々の形態・色・手触り・感情を持っており、計算の結果導出された数字たちを、直感的に共感覚的な景色であるとみなしたり、素数なのか合成数なのかを読み取ることができるという。
中でも、『289』のイメージを特に醜く、『333』は特に魅力的で、円周率は美しい数字であると評している。
数字の固まりの中の一番小さい数字。
盗賊の喉に僕の拳が突き刺さる。
「お前は」
数字の固まりがバラバラになる。
「289だ」
左目を開ける。
盗賊が崩れおちていた。
同時に僕も膝をつく。
視界ゼロの数字共感覚は脳に多大な影響を及ぼす。
脳に酸素が配給されなくなる。
息を吸う。
心臓が脈打つ。
まだ回復しない。
「まだだ!」
ケンが叫んだ。
何がまだなのか。
定まらない思考回路の中でリングに倒れているはずの盗賊を見る。
いない。
姿が見当たらない。
右目の死角から気配を感じる。
感じたときには喉に盗賊の貫手が突き刺さっていた。
悶絶。
喉をおさえて距離を開ける。
追撃はこない。
美しい顔を歪めた盗賊が同じく喉をおさえている。
「死んだふり、なんだよ」
苦しそうな顔で言う。
狂気が加速している。
何がそこまでさせるのか。
金の為ではないだろう。
「父さんはね、有名な空手家だったんだ」
回復するためか盗賊が話し始める。
「一対一では誰にも負けない。そう言っていた父は闇討ちにあって再起不能になったんだ」
ずっと違和感を感じていた。
そうか。
君の笑顔は。
「戦いは奪ったものの勝ちなんだ。どんな手段でもいいんだ。ボクからもうなにも奪うな」
声はでない。
盗賊にかける言葉もない。
「ボクは全てを奪うんだよ」
笑ったままの顔。
その笑顔は狂気を含み顔面に張り付いている。
父親が再起不能になったときから本当に笑ったことなど無いのだろう。
いいじゃないか。
本当の父親がいただけで。
低姿勢で加速して向かってくる盗賊。
いままでで一番速い攻撃。
再び目を閉じる。
狙っているのは心臓。
そうか、全てを奪うか。
ガードはしない。
向かってくる数字の固まりに向かって全力で打ち込む。
今度こそ、二度と起き上がらないようバラバラに。
『ハジメ、お前はハジメだ』
覚えていないはずの赤ん坊の頃の記憶。
実験として僕を作り上げた父。
初の実験一号として作られたから一。
『産まれる時と死ぬときは似ている。暗い所から出てくるか、暗い所に入るかだけの違いだ』
目を閉じ共感覚を行うと必ず父を思い出す。
『どちらも不安で人は叫びたくなるんだ』
喉が潰されて声がでない。
心が叫び声をあげる。
3.141592635897932384......!!
叫び声は円周率となり脳内に鳴り響く。
二つの衝撃音の後、全ての数字は砕け散った。




