一話 CUBE(キューブ)
指先にゆっくり力を入れる。
硬いものを潰すイメージで握り締める。
足の指も同様に曲げる。
手首、足首、肘、膝、首、様々な部位に負荷がかかるイメージをして、同様に力を入れる。
理想の肉体の創造。
ミリ単位での力の掛け具合でそれを作る。
ジムの前で毎日、挑戦者の振り分けをしながらできるトレーニング。
ひ弱な美少年を案内してから挑戦者は現れない。
学校が終わってから日が暮れるまでが挑戦の時間。
日がもうすぐ落ちる。
今日はもう終わりだろう。
椅子と机を片付けてジムに入る。
なにやらジムが騒がしい。
リング中央で倒れている男がいて、キバコさんとカイくんが様子を見ている。
また栗田が負けたのかと思ったが違う。
倒れているのは、チャラ男、阿波瀬 鏡だった。
リングには他に先ほどEランクに案内した美少年が立っている。
なんだかキョトンとして、両手で口元を押さえている。
「なにが、おこった?」
チャラ男があの美少年に負けたとは思えない。
キバコさんとカイくんが二人でチャラ男をリングの下に降ろす。
左目を押さえて右目で見る。
ダメージが大きい。
しばらくは目覚めないだろう。
リングに一人残っている美少年を見る。
戦闘力はやはり1だ。
栗田に勝つことすら難しいはず。
「誰がキョウを倒したんだ?」
栗田と岩男さんが見当たらない。
キバコさんか、カイくんが戦ったのか?
「栗田も岩人形に運ばれて医務室やで」
ジムの入り口付近にケンがいた。両手を組んでリングの美少年を睨んでいる。
「だから言ったろ、Eでええんか? って」
まさか。本当に?
まじまじと美少年を見るが数値は変わらない。
「見てたのか? 二人を倒すとこを」
「ああ、見てたで」
最初、栗田と美少年は互角に戦っていたそうだ。
子供の喧嘩のような泥試合。決着はなかなかつかない。
ジムの皆は見るのに飽きてそれぞれトレーニングをし始めた。誰も注目をしなくなった時、バタンという音がして栗田が倒れた。
「勝手にころんで頭を打った、そう言うたんや」
とにかく一応栗田に勝ったと言うことでキョウとの試合が始まる。
こちらの試合は一瞬でついた。
試合が始まる前、キョウが相手をコピーする前に美少年がキョウのアゴにパンチを入れた。
「一瞬、違う奴が現れたか思ったわ」
アゴにパンチをもらい倒れた所にトドメの蹴り。
チャラ男はどうやって自分がやられたかもわかってないだろう。
にわかに信じがたい。
どう考えても戦闘力1ができるものではない。
「擬態やな。本性を隠しわざと弱く見せとる」
自分の能力からも隠せる擬態。
ありえるのか?
「ケンは、なぜ最初からわかってたんだ?」
そう、ジムの前でケンは忠告していた。
「漫画であんな風に登場するやつがただの雑魚やったことがないからや」
自信満々に言う。
聞くんじゃなかった。
「次はCクラスなのかな? でもゴーレムさんいないから、ゾンビさんなのかな? かな?」
リングの上の美少年が可愛い声でぶりっこしながらはしゃいでいる。
カイくんがチャラ男をキバコさんに任してリングに上がろうとする。
肩をつかみ、それを止めた。
「ごめん、戦闘力を見誤った」
リングに上がる。
上がるときにカイくんに眼鏡を渡す。
無駄なことかもしれない。
無駄か無駄やないか全部見えたらつまらん思うけどな。
ケンの言葉を思い出す。
「あれ? お兄さんがやるの?」
左目を隠す、間近で見る。
変わらず1の数字。
その1の数字がいきなりブレた。
加速度的に数字が上がり一気に3桁になる。
右目に二本の指が迫る。
狂気の笑みを浮かべた美少年が僕の右目を奪いにきた。




