四話 アンダーワールド
怪物製作所に入るには、幾つかの条件がある。
まずは、兄貴かヒノメの眼鏡にかなうこと。
次に自分の意志で強くなることを願うこと。
世界的に有名な兄貴がジムを作ったことで多数の申し込みがあったが、殆どが試験に受からない。
最初に入門したのは、岩のような大男だった。
高校三年、大山 岩男。
うちの二つ上だがそうは見えない。
なんかオッさんみたいだ。
あかん。メッチャ強くなるとしても、噛みつきたくない。生理的にうけつけない。
プライドは捨てるし、強くなるためならなんでもする。でも、例外ありです。すんません。
次に入門してきたのは、イガグリ頭の小坊主。
高校一年、栗田 凛。
同い年だが、こっちは中学生にしか見えん。いや小学生でもいけるぞ。
これ、血を吸ったら弱くなるよね?
兄貴ふざけてる?
暴れそうになる。
だが、踏みとどまる。
次、次に期待だ。
「僕も今日から鍛える事にしました」
ヒノメが入ってきた。
いや、お前はスカウト頑張れよ。
しかし、ヒノメは中々役にたった。
医師が言ったように、全ての数値がわかるのでトレーニングの効率化にもってこいだ。
兄貴の血のおかげか、最近スタミナがついてきた。
柔らかい身体は、攻撃と守備の両方に役にたつ。
しかし、まだまだまだ足りない。
兄貴の筋力が肥大しているのがわかる。
あの男はさらに毎日強くなっている。
そんなある日、一人の男が運ばれてきた。
青白い顔の男は気絶していた。
というか、首が反対に折れ曲がっていた。
顔面も陥没している。
「これ生きてんの?」
男を背負ってきたヒノメに聞く。
「生きてますよ、たぶん」
兄貴がやったのだろう。岩男の時もそうだった。
最初、兄貴にやられボロボロでやってきたのだ。
「何パーセントでやられたん?」
「75パーセントです」
耳を疑う。
うちでもまだ50パーセントすら出されたことがない。
「それは、本当に死んでないの?」
ヒノメがうなづく。
きた。遂にきたのだ。
うちの怪物が。
深夜二時、サンドバッグを叩いていると扉が開く音がした。
ゆっくりと開いた扉から青白い顔の男が現れる。
曲がった首と陥没した顔面が治っている。
28時間しかたっていない。
ぱんっ すぱぱんっ
気がついてないふりをしてサンドバッグを叩いく。
男は動かない。
こっちをただ見ている。
「綺麗だ」
いきなり男がつぶやいた。
え、なに? うちのことか。いきなりなに言うんだ、此奴は?
思わず、サンドバッグを叩く手がとまった。
顔面の温度が上昇する。
なんか、腹立つ。
「誰、あんた」
極めて平常を装い、話しかける。
「伏見 甲斐」
なんか、フルネームで答えてきた!
「練剛 牙子」
つられてフルネームで返してしまう。
「えっ、キバ?」
「そう、キバコ。あんたはなに?不死身かい?」
「いや、ふしみ、かい」
静寂が訪れた。
ぱんぱんっ すぱぱんっ ぱん すぱん
何事もなかったようにサンドバッグを叩いた。
色々と質問したいが、難しい。
なぜ、兄貴に殴られたのか。
格闘技の経験はあるのか。
どうやって、そんなに早く回復したのか。
なんか面倒だ。
話すのは得意じゃない。
よし、いっそのこと。
「あんたさ、兄貴に殴られて寝てた人だよね」
サンドバッグを打ちながら言う。
「うちも殴っていい?」
カイは、静かに頷いた。
スパパパっ パンっ
サンドバッグを叩くようにカイを殴る。
抵抗はない。
カイはただ殴られるだけだ。
右、左、右、右、左
さらにスピードを上げる。
カイは、ほとんどを受け流すように受け止める。
顔面にくるパンチが当たると同時に首がひねられ、ぐるんとまわる。ボディへのパンチも身体がひねられてねじりかわす。
ダメージを受けてない。
連打をもっと、もっと早く!
「面白い、あんた面白い!」
思わず叫んでいた。
それと同時にスピードもさらに上げていく。
ガッ!
初めてダメージを与えた感触が腕につたわる。
だが、同時に回復しているのもわかる。
いったいいつまで連打すれば倒せるのか。
うちのスタミナが切れるのが先か。
カイが倒れるのが先か。
「は、は」
「ハ、ハハ」
笑い出したのはほぼ同時だった。
「はははははは」
「ハハハハハハ」
闘って楽しいと思ったのは初めてだった。
気がついたら、カイを抱きしめていた。
抱きしめて、首筋を噛んでた。
口の中に血の味がする。
キレて血を吸ったわけではない。
だが、力が流れこむのを感じる。
カイがそのまま倒れこみ、うちが押し倒したみたいになる。
首筋の噛み跡がもう治っている。
カイは、相変わらず無抵抗だ。
なんか言えよ。
こちらも何か言おうとするが、スタミナがキレてハアハアという呼吸音しかでない。
「なにしてんの? 君たち」
そこに都合よく現れるヒノメ。
いや、なんだこれ? ラブコメ展開か。
もちろん、そんな展開にはならなかった。




