一話 ブレイド
幼い頃の一番印象に残っている言葉は「失敗した」だ。
両親が話しているのを、隠れて聞いた言葉。
うちのことを言っているとわかった。
兄貴は、成功した。
練剛家は代々、最強を作り上げてきた。
最強の筋肉を作り上げ、さらに磨きをかけていく。
それは、兄貴で完成を迎えた。
長年の夢だった肉体は兄貴で完成したのだ。
兄貴は王と名付けられる。
練剛 王。
鍛え、練られた剛の者。その中の王。
最強は完成し、すべては終わりを迎えるはずだった。
だが、そこで終わりはしなかったのだ。
人間の欲は果てしない。
最強の筋力と最強のスピード、矛盾する二つをかけ合わせ、さらなる最強を作る。
その為に親父は黒人の血を混ぜる。
そうして生まれたのがうちだ。
だが、そんな夢のような最強は生まれない。
失敗作が生まれたのだ。
「筋肉は主に二種類あってね。赤と白がある。速筋と遅筋といってね。君はね速筋が異常に優れている。瞬発力はあるがスタミナはない筋力だ」
担当医が言う。
「兄貴の筋力は?」
「どちらでもない。新種だね。異常に発達し、鍛えればどこまでも伸びる。人間の範疇を超えた筋肉だ」
兄貴は怪物として生まれてきた。
うちは凡人として生まれてきた。
どうすれば、怪物になれるのか。
小学生年長の頃は、五歳離れた兄貴に何度もスパーリングを挑んだ。
まるでお話にならなかった。
軽くあしらわれる。
スピードに優れているはずの特性なのに、兄貴には当たらない。しかも、すぐにバテる。
泣きたくなる。それ以上に腹が立つ。
なぜ、うちは失敗作なのか。
頭が、真っ白になった。
すべての記憶が飛んでいた。
兄貴の首から血が流れている。
初めて、血を流している兄貴をみる。
そして、口の中に血の味がする。
どうやら意識が飛び、うちは兄貴に噛み付いたようだ。
驚いた目で兄貴は、うちを見ていた。
そして、笑った。
「驚いたな、筋肉の質が変わっている」
担当医は、嬉しそうに言う。
「なにをしたんだ? 王君の血を飲んだ? 噛み付いたのか!」
興奮していた。うちも興奮する。
「うちも兄貴みたいになれるのか!?」
「いや、そこまでじゃない。王君の力のほんの一部だ。鍛えればスタミナがつく程度だ。スピード特化は変わらない」
期待していた答えと違う。
「だが、血を飲んで強くなるなら、君は怪物になれるかもしれない!」
担当医が興奮している。
「そうだ。今度、僕の息子を連れてきていいかな? 鑑定に優れていて、見ただけで人の数値がわかるんだ」
「いい、まだうち、弱いから」
ヒノメと会うのは随分後になってからだ。
血を飲んで強くなるなら、血を飲もう。
その日からうちのあだ名は吸血鬼になった。




