序章 ウォーキング・デッド
序章と転章は視点が変わります
「八百屋のおっさんがエジソンよりも天才発明家だったとしても、それに気づかなければ、ずっと野菜売ってるだけだよな」
錬剛さんが空を見ながら呟く。
別に僕に話しかけてるのではないだろう。
いつものことだ。
思ったことを思ったまま口に出す。
「もったいねえよな。世界を救う発明を生むかもしれないのに、それを知らずに死んで行くんだぜ。もし俺がそれを知っていたら教えてやるのによ」
本当に残念そうな顔をして唸っている。
実在にいないエジソンより天才の八百屋のために。
身長1メートル94cm
体重135キロ
巨漢の大男。
筋肉が異常に盛り上がっている。
黒いタンクトップが、いまにも弾け飛びそうだ。無精髭を弄りながら飄々(ひょうひょう)と歩く。
錬剛さんが道を歩くだけで、周りの空気が変わる。
とてつもない重圧感で、本当に空気が重くなったように感じる。
夏。
蝉が五月蝿く、僕の肌から汗が流れる。
だが、練剛さんの汗は流れない。
身体が異常な熱気を発しているのか、汗は蒸発して空に昇る。
人間と歩いている気がしない。
「おい、あれ」
練剛さんが指差す先を見る。
河原で、不良学生の風貌をした男達が喧嘩をしている。
いや喧嘩ではない。一人の弱そうな男を3人の不良学生が一方的に暴行している。
「なあ、ヒノメ、あの中にいるかな?」
横で練剛さんが目を輝かせている。
僕が何が? という顔をしていると。
「実は天才格闘家の才能があるのに気が付いてない不良」
本当に子供のようにワクワクしている。
「いないですよ。戦闘力2,2,3。スライムぐらいの雑魚です」
瞬時に戦闘能力を伝えると、練剛さんはため息を吐く。
「ほんっとうに面白くないな、お前は。いまはスライムでも鍛えればキングスライムになるかもしれないじゃねえか」
練剛さんはそう言って不良達に近づいていく。
いつものことだ。
止める気にもならない。
「な、なんだ、おっさん」
いきなり現れた巨漢の男に不良の一人が戸惑いながらも絡んでくる。
その男の肩を練剛さんは、軽く叩いた。
本当に軽く、挨拶するように叩いたが、不良は派手に吹っ飛んだ。
2メートル位先の木にぶつかり、そのまま動かなくなる。
「てめえ!」
「なにしやがる!」
残りのふたりの不良が同時に掴みかかろうとする。 練剛さんはハエでも追い払うように両手で同時に不良達を軽く払う。
一人目と同じように吹っ飛んでいく二人。
地面に激突してそのまま動かなくなる。
「なんだ、おい。軽すぎるぞ。ちゃんとメシを食え」
動かなくなった三人を見て言うが、当然聞こえていない。
「お前もこんなやつらにいじめられるな。俺が鍛えてやろうか」
三人に暴行を受けていた男に練剛さんが近づく。
青白く細い、いかにもひ弱ないじめられっこの典型みたいな男だった。
だが、どこかおかしい。
先程まで不良達に暴行をうけていたはずの男にダメージがない。
服にも顔にも泥がつき、明らかに殴られていたようなのに、体力がまるで減っていないのだ。
もしかして芝居かなにかの稽古だったのか?
いや違う。不良達は本気で殴っていた。
にもかかわらず、HPが1すら減っていない。
もう一度、男を見る。
学生服を着ているから高校生だろう。年齢は16か17ぐらいか。
顔は痩せいて、背は高いが猫背のため高く見えない。
目が死んでいる。
いや、全体的に覇気がない。
そうまるで。
「おまえ、死んでるみたいだぞ」
先に錬剛さんが言う。
「俺はさ。お前みたいなのを殴るやつが嫌いだが、お前みたいにやられてもやり返そうとしないやつも嫌いだ」
男はしゃべらない。
死んだ目で練剛さんを見ている。
「ちょっと気合いれてやるよ。猪木とかがやるだろ。1,2,3、バチーンて」
色々違うが突っ込まない。
それどころではない。
「練剛さん、ちょっと待ってください。そいつおかしい......」
パーン!
袋が破裂するような音がして、男が吹っ飛ぶ。
不良達よりも飛んでいた。
あいかわらず練剛さんは人の話を聞かない。
回転しながら地面に突き刺さるように激突した。
「なんだ、これは」
練剛さんも気がついたのだろう。
違和感。
それはもはや確信に変わる。
「おい、ヒノメ。そいつ、戦闘力いくつだ?」
「測定不能です。二人目ですよ。僕が強さを測れない人間は」
一人目は練剛さんだ。
あらゆる意味で人間の限界を超えている。
そして、地面に倒れている男も。
「叩いた時の感触が普通じゃない。これはどういう仕組みだ?」
叩いた手を眺めている。
不良の暴力とは違う。
手加減したとはいえ練剛さんの攻撃だ。
それでも、この倒れている男には......
「おい、起きろよ」
男がゆっくりと起きる。
まるで何事もなかったように。
体力は1も減ってない。
ダメージがないのだ。
夏の暑さの中、背筋に冷たいものが走る。
まるで幽霊を見たような気分だ。
起き上がった男は青白い顔のまま、じっと練剛さんを見ている。
本当に生きているのか?
「おいこいつ、八百屋でエジソンかな?」
自分でも何を言っているかわかってないだろう。それだけ練剛さんは興奮している。
「俺はさ、生まれてからいままで一度も本気で人を殴ったことがないんだ」
知っている。本気で殴れば生きているものはいない。
ずっとそう思っていた。
だから練剛さんはずっと探していた。
本気で戦うことができる相手を。
「なあ、お前を本気で殴っていいか?」
止めなくてはいけない。
だが、止めたくない自分がいる。
僕が戦闘力を見ることができない二人のモンスターが対峙している。
「いいよ」
ぼそりと男がいったとき、練剛さんの周りの空気がぐにゃりと歪んだ。
これから起こることに自分もワクワクが止まらなくなっていた。