踊らない胸
僕の彼女の胸は揺れない。Aカップだから。走っても、ジャンプしても、急ブレーキをかけても、揺れない。「揺れる」というのは観測によって知りうる事象だ。彼女の胸が実際には「微動」しているのだとしても、それが目視によって確認できない限りにおいて、彼女の胸は揺れてはいないのだ。
そのことを彼女に告げると、僕は顔面を引っぱたかれた。
「最低」
確かに、僕の行為にはデリカシーがなかった。しかし、彼女に告げたことは客観性をもった事実なのだ。現に、僕を引っぱたくために、腕を振りかぶってスイングをした彼女の胸は揺れていなかった。
ある芸能人が、AカップのAはAccident(事故)のAだと言っていた。僕はその考え方に納得した。彼女の胸は、事故による副産物だったのだ。あってもなくても胸としての存在感に大差はない。しかし、申し訳程度に膨らんだ、彼女の胸は、主張しているのだ。「わたしは女です」と。現代社会の生き抜いていくうえで、やはり胸の存在(女性性)の有無は大きな差を生む。たとえ、Aカップだとしてもだ。ジェンダー(社会的性差)を表現し、そのアドバンテージを得る。彼女の胸は、女性優遇社会において、無意味ではない。Aカップだとしてもだ。
「つまり、ケンくんは胸のおっきな女性が好きってことでしょ?」
「そうだ」
「何で彼女と付き合うことにしたの?」
「余地があるからだ」
「何に対して?」
「胸に対する期待値だよ。将来、彼女の胸はB,C,Dと成長する可能性がある。彼女の胸が揺れる日が、来るかもしれないんだ。そして、その瞬間を、僕は見逃したくないんだよ」
彼女の胸は揺れない。しかし、いつかきっと、揺らしてみせる。僕の胸は、希望に満ち溢れている。